泥仕合
準備された舞台に立ったイースは、己の戦うべき相手と向かい合う。
その相手は、敵意を含んだ表情を隠すことなくイースに向けている。
お互い、良く知った中でありながら、関係性は最悪とも言える相手。
「まさか、初戦からあたるとはな」
口を開いたのはイースではなく、対戦相手であるハルク・トールバン。
まさか話しかけてくるとは思わなかったイースは少なからず驚く。
決闘の時のことを考えれば、開始の合図を待たずとも殴り掛かってくることすら予想できたからだ。
そんな想像とは裏腹に、ハルクは落ち着いた様子で言葉を続ける。
「きっと今ごろ、俺たちの紹介がされているはずだ。大方、この勝負はお前のほうが優勢だとでも言われているのだろう」
自嘲するように笑うハルク。
その姿は、決闘の時のハルクとは別人のように見えた。
「もう、お前が平民だからといって侮ったりはしない。思えば俺は……小さなことにこだわり過ぎていた。あの日の自分が、小さく見える。あの時は本当に申し訳なかった」
――いや誰だこいつ
あまりの変わり様に、感心を通り越してドン引きするイース。
どう対応すればいいかわからず、とにかくすぐに試合が始まってほしかった。
『イース選手vsハルク選手の第一試合――開始ィィ!!!』
その願いが通じたかのように、試合開始の言葉が高々と告げられる。
「行くぞ!イース!!」
「ああ、こちらも行かせてもらう!」
お互い身体強化の魔法を使い、全力で走り出す。
フェイントをかける気など毛頭ない。
まるでそう言うかのように、二人は真っすぐ近づいていく。
混じりっけのない若者の闘争心がぶつかり合う、まさにその時――
ステージの中央が爆発した。
~実況席~
『ええええええ!?爆発しましたよ!?ええ!?』
突然の事態に、実況することを忘れてただただ驚くタターニア。
『ちょっと落ち着けよお前。いくらなんでも驚き過ぎだろ』
『いやだって驚きますよ!突然爆発なんてすれば。ほら、選手の二人も爆発に巻き込まれてますし!』
ステージでは、イースとハルクが爆発の影響により、ステージ後方までお互い吹き飛ばされていた。
どちらかの放った魔法でないのは、二人の唖然とした様子を見れば明らかだった。
『何ですかアレ!?』
『仕込みだよ、仕込み。戦いを盛り上げるための』
『……?すいません、意味が分からないんですが……』
『そうだな、どこから説明すればいいか……あれは第1回大会の時だ。今と同じように、一対一での試合が行われていたんだが、二人のメインが奇しくも同じ系統で、そして精神干渉系の魔法だった』
『それが何か?』
『少し予想してみろ。精神干渉魔法同士の戦いがどんなものになるのか』
そう言われ、タターニアはその状況を想像してみる。
精神干渉魔法とは、基本的に相手の精神に直接影響を与える魔法。
何より厄介なのは、感知魔法で警戒していない限り、魔法を使っているのが目で見てわからないこと。
言い換えれば強みとも言える。
そんな魔法同士の戦いになった場合――
『……すごい地味な絵面になりそうですね』
『その通りだ。本人たちからすれば真面目にやっているが、試合が始まっても一歩も動かない。そしてしばらくすると勝手に一人が倒れ、もう一人はいきなり喜びだす。観客からすればみなこう思うわけだ、何だこれ?と』
『ああ~』
そんな光景を想像できてしまったタターニアは、納得するように声を出す。
『そこで当時のいかれた主催者は考えた。ならば、ステージを爆発させたりして派手にしようと』
『発想が物騒かつ短絡的!!』
『言ったろ。いかれた主催者が考えたって。ちなみにこれ以外にも仕込みはまだある。なんなら仕込みによって決着がつく時もある』
『ええ……本末転倒では?』
実際ステージでは、すでに二度目三度目の爆発が起こっている。
『というか、普通に危険じゃないんですかあれ?下手すれば死にますよ』
『大丈夫だ。選手には、外部からの刺激に対応する薄い防御魔法が試合前に貼られている。優秀な魔法使いが使用した特別製のもので、この防御魔法の損傷率が5割を超えたら、その時点で敗北になるって言うルールだ。実際に選手の体が傷つくことは基本ない』
『なるほど、そうだったんですね。てっきり降参したり、気絶したりした方の負けかと思ってました』
『気絶するまでとか、なかなか過激な考え方だな。こっわ』
『後輩を魔獣に食わせようとした人に言われたくありません』
『まあそれはいいとして、徹底的な安全管理がないと、そもそもこんな大会の許可が下りるわけない』
『すごい今さらですけど、よくこの大会を開催するまでこぎつけましたね』
『無駄に力と熱意のあるバカに不可能はないってことだ。それよりほら、試合のほうも大きく動き出したぞ』
『あ、本当ですね。観客の皆様、少し話は逸れてしまいましたが、また選手のほうに注目して実況を行っていきたいと思います!』
~試合ステージ~
『損傷率は18%です』
精神感応魔法によりイースの脳内に直接、防御魔法の損傷率が伝えられる。
「……まずいな」
現状をつい口に出してしまうイース。
すでに2割近く防御魔法が損傷しているものの、イースとハルク、お互いまだ一度も相手にダメージを与えられていない。
ステージによる仕込みだけで損傷している。
特に試合開始と同時に起こった爆発は、10%近くの損傷をお互いに与えた。
ちなみに、ハルクの損傷率はこちらも2割ほど。
状況はイーブンと言ってもいい――というより、何もできていない。
攻撃を仕掛けようとしても、仕込みの警戒をしなければいけない。
さらに相手の攻撃も警戒しなければならないため、お互いうかつに動くことができないでいた。
この現状を変えるにはどうすればいいか、イースは策をめぐらせる。
しかし、仕込みを行った人間の意地悪さが反映されている故か、イースに考える時間を与えようとしない。
イースの後頭部に衝撃が走る。
振り返ると、背後の上空から、無数の魔力弾がイースめがけて降り注いでいた。
「嘘だろ」
イースは必死に避けようとするも、すべてを避けきれるような数ではなく、多少なりとも直撃してしまう。
『損傷率は25%です』
何もしていないにも関わらず、ついに損傷率が敗北基準値の半分にまで達してしまう。
「……出し惜しみしている暇はない、か」
ここでイースは開き直る。
そもそも、こんな状況で策を弄したところで、自分では革新的な案など出せるわけがない。
ならばいつも通り、ただただ速く動き、速く避け、速く攻撃を加えることだけ。
『身体強化&加速魔法』
イースは持てる力を全て使い、魔力弾を全て避ける。
さらに、ハルクの姿を視界にとらえ、攻勢に出るため近づく。
イースが近づいてきたことにハルクも気づき、迎撃態勢を整える。
「きたか、イース」
ハルクとの距離まであとほんのわずかというところまで近づいたとき、イースの足が沈んだ。
「ッ!?」
足元は固い土の地面であるはずが、まるで川の中の土のように緩んでいた。
イースはそれを、直感的にステージの仕込みでないことに気づく。
足が沈んだことにより、バランスが崩れながらも、加速していた勢いはそのままでハルクのもとへと転がっていく。
そんな無防備な状態を、ハルクによって容赦なく殴られる。
「ぐっ」
なんとか体勢を立て直し、ハルクから距離をとる。
しかしまたもや、ハルクの足元が沈む。
すると今度は、ハルクのほうからイースへと近づき、全力で拳を振るう。
イースも今度は殴り返すも、体重の乗ったハルクのものと比べ、軽い反撃しかできない。
さらに追い打ちをかけるように、無数の魔力弾がイースとハルクに降り注ぐ。
咄嗟に円形の通常防御魔法を使用するが、イースはもともと防御魔法がそれほど得意でないこともあって、最初の数発で防御魔法は割れ、何発もの魔力弾が直撃してしまう。
『損傷率は41%です』
ついに規定値まで1割を切る。
イースにとって不幸中の幸いは、魔力弾が降ってきたことによって、ハルクとの距離が一旦ひらけたことだった。
油断した――そうイースは自戒する。
ハルクのメインは液体化魔法。
文字通り物質を液体化させる魔法で、先ほどはあらかじめイースが突撃してくることを予想し、地面を液体化していたのだとイースは考える。
ハルクのメインについては事前に調べていたし、そのメインを用いてどのような策があるかも考えていた。
しかし現状はこのざま。
どこか油断していた。
この一ヶ月で様々なことを経験し、確かに以前よりも格段に強くなった。
けれど、それはハルクも一緒だった。
以前圧勝したことも油断の原因だったのだろう。
試合前に、以前のハルクとは別人だとわかっていたはずなのに。
「ダメだな、俺は」
イースは改めて気合を入れ直す。
もう油断はしない。
ここで躓けば、ツエルと対戦することすら叶わない。
対ツエル用に考えていた策も使う。
目の前の相手を、敬意をもって、全力で倒しに行く。
イースの瞳に、本気の炎が宿る。
Q.なぜ実況なのにタターニアは大会のこと詳しく知らないの?
A.知らない方がおもしろいリアクションしてくれるかなって(タターニアの先輩談)
Q.いかれた主催者って?
A.花屋のエプロンが絶望的に似合ってない女(トーヤ談)




