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偽りの英雄  作者: 考える人
第五章 学園の麒麟児
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実況解説



 学園内頂上決定戦は本番当日までに予選会が行われる。

 数多くの参加者の中から8名まで絞られ、その8名が当日雌雄を決す。


 そうして残った8名の中には、前回優勝者カリナ、準優勝者アーカイドを含めた実力者たちが名を連ねる。

 もちろんその中にはツエル、そしてイースも含まれる。


 そんな8名が一堂に会する開会式。

 開会式が行われているのは、10万人近くを収容できる学園内で最大の闘技場。

 本戦もこの闘技場で行われる。


 溢れんばかりの歓声が響き渡り、その歓声で闘技場全体が揺れている。

 その歓声を飛ばす全ての観客たちが注目する闘技場のど真ん中。

 そこにイース含め、8名の本選出場者が揃っていた。


「想像以上だな……」

 

 とても学生主体のイベントとは思えないほどの規模で盛り上がる中、イースは緊張を少しでも和らげようと息を吐くも、体の震えは止まらない。

 まだ前座だというにもかかわらず、自分でもわかるほどイースは浮足立っていた。


「緊張するよねやっぱり。初めてともなればなおさら」


 そんなイースに声をかけたのは、前回優勝者であり、庶民派のリーダーと言われているカリナ・ホルバインだった。

 イースはある問題ごと(・・・・・・)の解決の際、カリナと知り合い、それなりにいい関係を築けていた。


「私も去年は緊張したよ。片田舎出身だった私には、想像すらできない光景だったからね」


「自分も似たようなものなのでよくわかります。闘技場というより、まるで劇場って感じです」


 自身の体も、闘技場も、空気すらも震える異常な現状をイースはそう表現する。


「これに関しては慣れるしかないな。慣れるまではかなり苦労すると思うけど……」


「いえ、おそらく大丈夫です」


「へえ」


「この震えには緊張もありますが、高揚感もありますから」

 

 カリナの心配をよそに、自信満々に言い切るイース。

 やせ我慢などではなく、本気でそう言ってるのだとカリナは感じた。


「どうやら、わざわざ私が話しかける意味もなかったかな? 組み合わせで当たったとしても、なんの気兼ねもなく戦えそうだ」


「はい」


 お互い柔らかい笑顔を浮かべるも、瞳の奥には獰猛な本性が輝いている。

 

 こうして、様々な思惑が交差する学園内頂上決定戦が始まった。








 最初の対戦形式は、一対一の純粋な戦闘。

 そして決勝は、残った4名による乱闘試合が予定されている。


 さっそく一回戦第一試合、記念すべき初戦を戦う選手のうち一人がイースだった。

 試合を控えたイースは、用意された控室で対戦時間が訪れるのを待つ。


 正直なところ、本戦にまでイースが勝ち残れたのは、イース個人の力でだけでなく、友人の協力によるものが大きかった。

 特にカナンには、対ツエル対策を徹底的に手伝ってもらい、なんとか勝算が見えるところまで持っていくことができた。

 仲間に恵まれていたと、イース本人も考えている。

 

 ところがそんな頼りになる仲間たちは、イースの応援のために選手控室まで訪れたにもかかわらず、イースそっちのけで一人の女性を取り囲んでいた。


「え、お姉さんなんですか!?」


「うわっ! すごい美人!! かわいい坊やとか言いそう!」


「おっぱい大きい」


「そ、そんな次々話したら迷惑だよみんな……」


 上から順に、生徒会長のエマ、Sクラスの飛び蹴り少女フェリシア、同じクラスの魔眼持ち少女ローゼリッタ。

 そして最後に、フェリシアと同じ1年のSクラスであるレギーナ。

 いずれもイースが入学してからの間、事件に巻き込まれながら親交を深めてきた者たち。


 その4人の少女に囲まれるのは、イースの姉(という設定)であるナディアだ。

 次々とかけられる言葉にかなりうろたえており、目線でイースに助けを求める。


「みんな、そんな詰め寄らなくても後でちゃんと紹介するから」


「ご、ごめんなさい。私ったら」


 イースの言葉で我に返ったエマは、反省の態度を示す。


「会長さんてば、イースくんの年上ポジション取られそうだからって慌ててる~」


「やはり同級生こそ至高」


 一方、まったく申し訳ないとも思っていないフェリシアとローゼリッタ。


「黙りなさい! 別に誰も慌ててないわよ!!」


 二人の挑発にエマが乗り、ギャアギャアと騒ぎ出す三人。

 止めようにも、どう止めていいかわからず慌てるレギーナ。


 もはや4人の頭の中に、イースの応援という目的は消え去っていた。


「……いつもこんな感じなの?」


 お世辞にも仲が良いとは言えないイースの知り合いたちに、ナディアが疑問を口にする。


「ええ、まあ……」


 イースの返事通り、このように罵り合いをしていることが常で、イースもよく手を焼いている。

 

 しかし、そんないつも通りの友人たちを見て、かなり気持ちが落ち着いたのも事実だった。


「イース選手! そろそろ準備のほうお願いします!」


 大会係員が控室に入り、イースに入場の指示を出す。


「では、行ってきます」


「がんばって」


 決戦に臨むイースに、優しい笑顔でナディアはエールを送る。




「会長さんにお姉さんキャラは無理ですって。これからはポンコツキャラでいきましょう。やらかしがちの会長さんにはぴったり」 


「ポンコツ」


「フェ、フェリちゃん、いくらなんでも、ポンコツは言いすぎだよ。た、確かに、ポカやることは多いけど。せ、せめてドジっ子キャラ――」 


「上等よあなたたち! 年上の偉大さを見せてやるわ!!」


 



「……いいの? あれ」


「しばらくすれば収まるんでほっとけば大丈夫です」


 口喧嘩からリアルファイトに発展しそうな4人を無視して、イースは決闘の場へと向かう。






ーーーーーー









『さあついに始まります! 第4回学園内頂上決定戦! お前ら、血沸き肉躍り骨が震えだす戦いが見たいかー!』


 決闘場に設けられた実況席で、少女が観客の歓声を煽る。


『1回戦第1試合、記念すべき初戦の実況は音声拡散魔法の使い手であるこのわたくし、タターニアがお送りします。会場の隅っこにお座りのみなさんもご安心ください! 私の魔法でしっかりと音声をお届けしちゃいますよー!』


 テンションの高い実況につられてか、会場はどんどん熱を帯びていき、地面が揺れるような歓声が響き渡る。


『そしてさらに、今大会では1試合ごとに特別ゲストを解説としてお呼びしております! それではさっそくご紹介しましょう! 記念すべき開幕第1試合目の実況者は~!』


 実況のタターニアはわざとらしくタメをつくり、今までも十分大きかった声をさらに張り上げて紹介する。


『言わずと知れた最強の代名詞、世界中にその名を知られる一族の一員であり、そのすべてが謎につつまれていたにもかかわらず、去年の魔人討伐により一気に天下へと名を轟かせたあの人! もうここまで言えばおわかりでしょう――トーヤ・ヘルト様だー!!』


『どうもどうも』


 タターニアからの紹介を受けたトーヤは、最低限の返しだけですます。

 それでもトーヤが言葉を発しただけで、会場はさらに盛り上がりを見せた。


『今回はよろしくお願いしますトーヤ様』


『よろしく、聞いてて気持ちのいい実況だな』


『恐縮です!』


 実況席でトーヤとタターニアが並び、彼ら二人の声がタターニアの魔法によって会場中に拡散される。

 試合を見ながら、その実況と解説が直接聞けるというのも、観客たちにとって楽しみの一つである。


『それでは選手の入場までしばしお待ちください。始まるまでの間、大会の開催にご協力くださったスポンサー様の広告が映像付きで流れますので、そちらをお楽しみください』


 そう言ってタターニアは音声拡散の魔法を一度とめる。

 すると会場の中心で、魔法による映像が音声と共に流れだす。

 


「はぁ~~なんとかなった~~~~」


 緊張が解けたように脱力し、どっと汗を噴き出す。

 先ほどの実況時とはまるで別人のタターニアがそこにはいた。


「おいおい、まだ前座だぞ。そんなんで最後までもつのか?」


 からかうように告げるトーヤに対し、タターニアはそのトーヤを涙目で睨みつける。


「そりゃ焦りもしますよ! 本番2分前までトーヤ様が来ないんですから!! 私まだ1年のペーペーなんですよ!? いきなり超ど級のトラブルに対処するなんてマネ、涼しい顔してできるわけないじゃないですか!?」


「けどちゃんと来ただろ? 安心しろ、俺は約束をちゃんと守る男だ」


「リハーサルの約束は破りましたけどね!」


 タターニアの怒涛の非難も、トーヤはどこ吹く風と受け流す。

 反省しているような態度は微塵もみられない。

 実況席の背後で待機していたタターニアの先輩たちも、まあトーヤ様だしといったような様子で、どこか諦めムードだ。


「とにかく、お願いですから問題を起こさないでくださいね」


「わかったわかった。できる限り大人しくしといてやるよ。俺のことは置物か何かだと思っててくれ」


「いや解説してください。何しに来たんですか」


 容赦なくトーヤに切り込んでいくタターニア。


 大会の数日前、トーヤと実況席に座ることを知ったタターニアはそれはもう緊張していた。

 あのトーヤ様とペアで実況解説を行うなんて――そんな思いがあり、まともに話せるかどうか自信のなかったタターニアだが、予想とは違った意味でもはやトーヤに対する緊張は存在しなかった。


「タターニア、そろそろCMが終わるわよ」


「はい!」


 先輩から声をかけられたタターニアはもう一度しっかりと気合を入れ直す。

 会場の中心では、予定していた最後のCMが終わりにさしかかっていた。


「本番5秒前、3、2、1」


『はいみなさん、各企業気合の入った広告はお楽しみいただけたでしょうか!?』


 先ほどまで取り乱していたタターニアだが、プロ根性で笑顔を浮かべ声を張り上げる。


『それではさっそく――』


『CMついでに、俺の書いた五王の森に関する冒険をまとめた本が来週発売されるからぜひ買ってくれ』


『さっそく――と言いたいところですが、もう一度CMに入りまーす!』


 そうしてタターニアは魔法を止める。




「トーヤ様ぁ!! スポンサーとかの利権に関わるんで勝手な宣伝しないでくださいよお!!」


「マコトニモウシワケナイ」


「確信犯……後で色々と請求しますからね!」


 トーヤの説得を諦めたタターニアは、また実況のために魔法を発動させる。





『さあ、今度こそ選手たちの入場へと移りましょう! まずは一人目、1年Aクラス、生徒会に所属しているということで、1年ながらすでに学園中にその名を知られ始めているスーパールーキー、イース・トリュウ選手ー!!』


 紹介を受け、会場のゲートの一つから制服姿のイースが現れる。

 開会式での緊張が嘘のように堂々としたその態度に、トーヤもほおと一息漏らす。


『かなり珍しい1年での本選出場、生徒会においていくつかの事件を解決に導いているその実力は確かでしょう』


『へえ、そうなのか』


『大体がトーヤ様関連ということで有名ですけどね!』


『…………?』


 タターニアの言っていることは事実なのだが、トーヤにはまったく心当たりがなかった。

 

 事件を事件とも思っていないためである。


『イース・トリュウ選手ですが、この選手の強みは何でしょうか?』


『まあメインの加速魔法だろうな。それに加えイースの戦闘基本魔法はかなりレベルが高い。身体強化との組み合わせは、相手にとって脅威になるはずだ』


『なるほど、イース選手の武器はその速さといったところでしょうか』


 よかった、ちゃんと解説はしてくれてる!――そんな当然のことに、タターニアは内心喜びであふれる。


『俺のほうがすごいけどな』


『解説が張り合わないでください』


 やはり一言余計ではあるが。


『次にイース選手の対戦相手が登場です! こちらも同じ1年でありながら本選出場という実力の持ち主、そしてあの名門貴族トールバン家の次男――ハルク・トールバン選手ー!!』


 タターニアの紹介と同時に、イースの現れたゲートとは反対側のゲートから、ハルク・トールバンが登場する。

 こちらも緊張しているような様子は一切ない。

 対戦相手であるイースを、静かに睨みつけていた。





「あの……トーヤ様、資料にある『12の男』って異名、どういう意味か分かります?」


 タターニアは資料を見ながら、疑問に感じた点をトーヤに尋ねる。


「『1分で12回負ける男』の略称だ」


「ひっでえ異名だなおい!」


 魔法を止めてから尋ねたタターニアは自分の英断を褒めつつ、資料を作製した人間を恨む。






『え~ゴホン、資料によりますと、イース選手とハルク選手のお二人は以前に決闘を行っているとのことです。その時はイース選手の圧勝だったとか』


『ああ、俺もその場にいたが、瞬殺ってのはまさにこのことって言うような勝負だった』


『そのこともあってか、下馬評はではイース選手が圧倒的に有利なようです。しかし! その下馬評をひっくり返す要素がこのハルク選手にはあります! なんとここ一ヶ月の間、トーヤ様に修業をつけていただいたとのこと!! トーヤ様、これは事実でしょうか?』


『事実だよ。正直最初は乗り気じゃなかったんだけどな』


『ならなぜ修業をつける気になったのでしょうか?』


『……』


 そこで一度トーヤは黙る。

 今までの適当な態度とは違い、その表情は真剣そのものだった。


 そんなトーヤを見て、タターニアはただならぬ理由があることを雰囲気で察す。


『昔の俺はさ、なんでこんな家(ヘルト家)に生まれちまったんだって……ずっと考えてる時期があったんだ』


『もしかして……その境遇がハルク選手と似ていたってことでしょうか?』


『いや、これはただの自分語りだ』


『後にしてもらえますぅ!?』


 もはや魔法を止めるのも忘れて叫ぶタターニア。

 相手がトーヤでなければ間違いなく手が出ていた。



『特に理由があったわけじゃねえよ。あまりにも必死だったから手を貸したくなっただけだ』


『ちなみにどのような修業を?』


『実践あるのみ。ひたすら危険度Bクラス以上の魔獣と戦わせた』


『魔獣とですか!?』


『そ、次から次へと魔獣の巣穴に放り投げるっていう、ヘルト家(うち)でもよくやってる修行法だよ』


『ハルク選手、よく無事でしたね……』


『一回まったく動かなくなった時があって、マジで死んじまったと思ってそのまま魔獣に食わせて死体処理を――』


『一旦CMに入りまーーーす!!!』


 再度、会場の中心で広告が流れ始める。






「トーヤ様ァ! 私達の言葉を、他国含めお偉いさんが大勢聞いてるんですよ!?」


「いや大丈夫だって、俺もお偉いさんだから」


「そう言う問題じゃなくて!!」


 タターニアの怒号が魔法無しにもかかわらず、実況席付近で響き渡る。


 一方、背後で控えている関係者の動きもかなり慌ただしかった。


「ちょっとどうするのよ! まだ試合始まってないのに、予備のCMかなり使っちゃったわよ!」


「だから俺はトーヤ様を呼ぶの反対だったんだよ!」


「この資料内容でトーヤ様を呼ばないわけにはいかないだろ!」


「だから言ったじゃない……あの人もSクラスだって」


 普段は頼れる先輩たちが、想定外の事態に責任のなすりつけ合いを行っている。

 見たくなかった先輩の姿を見てしまったタターニアは、実況の疲れも相まってもう何とも言えない気分だった。


「お、行ったことない店の広告だ。インでも連れて今度行ってみるか」


 ケンカ原因の張本人である人物がのんきそうにしているのを見て、思わず出かけた手をなんとか抑える。


「タターニア、そろそろ……」


「……わかりました」


 ケンカの輪から外れた先輩の一人に、CMの終わりを告げられる。




 力なく返事をしたタターニアは大きく息を吸い、魔法の効果範囲を限界まで広げた。

 そして審判の動きを確認すると、力の限り大声で叫ぶ。


『イース選手vsハルク選手の第一試合――開始ィィ!!!』


 それはもはや、やけくそ気味に発せられながらも、非常に気合の入った合図だった。


 

 ようやく、本戦が開幕する。



最近過去話をちょくちょく修正していってます。ですが展開について大きな変化はないので、見返す必要はないと思います。

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