表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りの英雄  作者: 考える人
第一章 学園の問題児
10/158

揉め事




「いやー、やっぱ全校生徒が千人超えるとなるとでけえな。地元の学園とは大違いだわ」


「はい、国のトップ教育機関ともなるとさすがですね」


 建国祭にも負けないほどの人の多さと熱気。

 そこに集まる人間はみな同じ服を身にまとい、俺とそう変わらない年齢のやつらばかり。

 つまりこの場にいる全員が学生ということだ。



  サラスティナ魔法学園

 王都サラスティナにあるこの国トップの魔法学園。

 魔法の研究機関も兼ね備えており、卒業した生徒がそのまま研究機関で働くことも多い。

 貴賤の身を問わず、15~20歳の前途有望(一部を除く)な若者が毎年千人近く入学する。

 平等な教育をモットーとして、学園内では王家も平民も関係ない――


「なんて建前にはなってるけど、まあ無理な話だわな」


「ですね。実際、ちらほらと自分の派閥を作ろうとしている貴族が見受けられます」


 俺とツエルは人混みのなか、新入生が向かうべき場所へと進む。

 その人混みのなかに、勧誘活動をしているような姿をちょくちょく見かける。


「上級生の貴族が、新入生を自分の派閥に入れようとしてるんだろうな」


 どれだけ治外法権をうたってはいても、貴族社会じゃこうなるのも当たり前か。

 うちの親父も貴族としての財力と権力を行使したおかげで、俺が入学できてるわけだし。


 しばらく歩くと、一際多くの人間が掲示板の前で集まっていた。

 騒がしく、何クラスだなんだという声が飛び交っている。


「どうやら、あの掲示板に所属するクラスが記されているようです」


 クラスはA~Dまであり、その中でまた細分化される。

 Sクラスとかいう変人が集まるクラスもあるが、まあ俺には関係のない話だ。


「ツエル、俺のクラスがどこかみてきてくれ。あの人混みのなか入んのはごめんだ。あ、あと剣は外して行けよ」


 頻繁にそこら中で行われていた派閥勧誘ではあるが、俺はまったく声をかけられることなく素通りできた。

 その理由はツエルだ。ツエルが堂々と腰に剣を携えていたため警戒され、いい勧誘除けになっていた。ちなみに校則的には完全にアウトだ。

 たださすがの俺も、あの集団の中に剣を携えたやつを突撃させるのはどうかと思い、剣を置いていくように指示する。


「わかりました」


 そういうとツエルは剣を手に取ったかと思うと、そのまま手を離し地面に落とす。

 その剣は地面に当たることなく、ツエルの影にすうっと吸い込まれるように消えていった。


「へえ、てっきり置いていくもんだと思ったけど……すげえ便利そうな魔法だな」


「はい、私の“メイン”です。また折を見て詳しく説明させていただきます。では見てきますね」


 そう言って、ツエルは人混みの中に入っていった。


 しかし意外だったな。

 マヤにあんな姑いびりばりの洗礼受けたもんだから、俺の傍から離れるの躊躇すると思ったんだけど。

 まあこのほうが俺も楽だからいいか。


「おいそこの男、道をあけろ」


 学園にいる間、一時も離れることなく傍にいます! なんて言われてもめんどくさいし。


「おい! 聞いているのか!?」


 護衛とはいえ適度な距離感が――


「お前のことだ! そこの黒髪の男!」


 うっるせえな。なんだよ?


 やかましい声のした後ろを振り向くと、俺に声をかけたやつも含めた大勢の人間がいた。

 おそらく数ある派閥の一つだろう。

 周りにいる奴らが取り巻きで、リーダーは取り巻きに囲まれて真ん中にいる、あの金髪の鋭い目をしたやつだな多分。


「でっけえ声出しやがって、何の用だよ」


「だからさっきから道をあけろと言っているだろ!」


 俺の言葉に、取り巻きの男は声を荒げる。


 掲示板見に来てるってことは、こいつら全員俺と同じ1年のはずだろ。

 なのにもうこんな集団を引き連れてるとは。

 勧誘活動が順調のようで。


 どうせ偉いとこのぼんぼんなんだろうが、さっそく偉そうに育ってやがる。


 俺が立っている場所は人混みから少し離れた所で、そんなに人が多いわけではない。

 何が言いたいかというと、少し横によければ集団だろうと普通に通れるだろ――ということだ。


「横によけりゃいいだろ。真っすぐにしか歩けないのか? 不便な足を持ったもんだ。いや、不便なのは頭か? いるよな、魔獣にも真っすぐにしか進めないやつ。なーに安心しろ。人とは学べる生き物だ。いいか? ミギムク、サンポアルク、ヒダリムク、ソノママススム、オーケー?」


 少し(・・)バカにしたように話すと、取り巻きは信じられないといった顔になる。


「貴様! この方が誰だかわかって言っているのか!?」


 そういって取り巻きは中心の男のほうに手を向ける。

 

 知るかボケ、この国にどんだけ貴族がいると思ってんだ。

 まともにパーティーにも参加しない俺が見たことあるわけないだろ。


「誰だろうが関係あるか、一応学園内は治外法権ってことになってんだ。自分の領地ではお山の大将でいられたかもしれねえけどな、学園内には学園内のルールがあんだよ。平民が貴族に対してクソを顔面に塗りたくろうが、そこで適用されるのは不敬罪じゃなく停学処分が関の山だ。そんなんじゃこの先、学園で生活しにくいだろうぜ」


 まあ私貴族なんですけど。

 正直なところ素直によけてやってもよかった。

 ただ取り巻きの態度が気に食わなかったんだ。

 後悔はしていない。


「お前……! いい加減に――」


「いい、やめろ」


 取り巻きの言葉を、これまでずっと静観決め込んでいたリーダーらしき男が遮る。

 リーダーらしき男は集団の中から抜け出し、俺の目の前まで移動すると、表情は一切変えることなく俺と目を合わせた。

 まっすぐこちらを射抜いて、微塵もブレることのない瞳が向けられる。



 このとき、大勢のギャラリーが俺と金髪の男を興味深そうに見つめていた。






ーーーーーー







「どういうことですか!?」


「いや、どういうことかって言われるとまあいろいろあってね」


 学園内において、主に新入生の担当を務める教師が集まる教室、いわゆる職員室。

 ここで多くの教師が、入学式のための準備を黙々と進めていた。

 しかしそんな中で、学年主任に突っかかる女教師が1人。


 彼女の名はエルナ・キュフナー、今年から学園で働く新任教師である。

 立場の弱い新任教師にもかかわらず、学年主任相手にエルナが突っかかっているのは、大げさでも何でもなく、それが彼女にとって命にもかかわる問題であるからだ。


 エルナはもともと、一番もめごとの少ないBクラスの中の一つを担任として担当するはずだった。

 それが今朝学園に来るといきなり、問題児ばかりが集まり、担当したくないクラスナンバー1であるSクラスに担当を変えると言われたのだ。

 過去10年でSクラスを担当した人間のうち、12人が教職自体を辞め、5人が行方不明、1年間持った人間はたった1人という学園に存在する唯一の魔境。それがSクラス。

 そんなクラスの担当は絶対に避けたかった。


「実はね、Sクラスを担当するはずだった先生がいなくなっちゃったんだよ。風が私を呼んでいる――と書いた置き手紙を残して……」


 あまりにもふざけた理由だが、そこに対してはエルナも深く突っ込まない。

 彼女も元はこの学園の生徒であり、Sクラスが生徒だけに限らず常識外れだということは、身をもって知っていたからだ。


「それでなんで私なんですか!? 普通Sクラスなんてもっと経験豊富な教師が担当するべきでしょ!」


「だってSクラスなんてどの先生方もやりたがらな……ゲフン。新人だからこそ、こういう厳しい環境で経験を積んで――」


「おい」


 一瞬漏れた学年主任の言葉に、エルナの声が冷たくなる。


「ハハハ、大丈夫だよ。さ、さすがにそんな頻繁にもめ事が起こるわけでもないし……」


 焦ったように話す学年主任。

 そんな彼をあざ笑うかのように、廊下から興奮した生徒の声が職員室まで届いた。


「おい、聞いたか!? 新入生が今年入学してくる王子相手に喧嘩売ったんだってよ!」


「聞いた聞いた! 今まさに一触即発の事態だって!」


「見に行ってみようぜ! 掲示板の前でやってるらしい!」


 そう言って何人かの生徒がその場から去っていく。

 そんな生徒達の会話が聞こえた職員室のなかは、ただただ気まずい空気が流れる。


「…………」


「…………」


 誰もしゃべろうとせず、しばらく職員室は物音一つたたなかった。






ーーーーーー

 





 金髪の男が、手を伸ばせば触れられるほどの距離まで近づく。

 身長はほぼ俺と同じくらいの大きさだが、俺のほうが少しでかい。

 

 そんな金髪野郎が、俺を無機物を見るような目でこちらを見つめる。

 その目の奥に、なんの感情も宿していないような冷たい目。

 おそらく一般人なら、この時点ですでにたじろぐほどその目は冷たかった。


 だが、俺はそんな視線には慣れている。

 マヤからよく向けられるゲスを見るような目は、こんなものとは比較にもならない。

 だからそういう目を向けようと、俺には敵対心を煽る結果にしかならない。

 というわけで、さらに煽っていくスタイルで行くことにする。



「なんだ? 取り巻きの無礼を謝罪でもしてくれるのか?」

 

 そんな俺の発言に、さらに周囲のざわつきが増す。


「確かに、この学園内において不敬罪などの言葉は存在しない……」


 おっ、意外だな。

 肯定してくるとは思わなかっ――


正式(・・)にはな。そして、学園外でそのルールは通用しない」


 まあそんなわけないか。

 ようするに正式に罰することはできなくても、


「裏でこそこそ卑怯なことでもしようってか? さすがお貴族様、やることが陰険ですねー」


 俺もその貴族なんだけどな。


「……好きなように解釈すればいい」


「なるほど、じゃあ面と向かって正論を言われて言い返せないから、パパの権力借りてやり返してやる!――という結論に至ったと解釈させてもらおうか」


「……」

 

 金髪の男の態度は最初となんら変わりはない。

 ただ俺に向けるその目が無感情ではなく、明確な怒りを持っていた。

 

「……貴様、名はなんという?」


 わざわざお礼参り(仕返し)してきそうなやつに名前教えるわけねえだろ。

 といっても、どうせいつかはばれるだろうけど。


 その時に俺がヘルト家だと知ったら、こいつは一体どんな反応をとるのだろうか?

 フフフ、考えるだけで楽しみだ。


「まず自分から名乗ったらどうだ?」


「……まあいい」


 名乗らねーのかよ。

 

 金髪の男はあきれた、というような態度をとりながら続ける。


「どうやらよっぽどの世間知らずらしい。一つ忠告しといてやる。噛みつく相手は選んだほうがいい」


 一応貴族だけはあるらしく、なかなかの迫力がある。

 まあ説教時の兄貴と比べてしまうとあれだけど。


「ご忠告どうも。けど俺、相手によって怒り方は変えない主義なんで」


 それができる立場に生まれてきたっていうのもあるんだけど。


「そうか、せいぜい貫き通せるようあがくんだな」


 そう言って俺の横を通っていく。

 取り巻き達も金髪の男の後を追う。


 最初からそうしていれば何の問題もなかったというのに。

 まったく無駄な時間をとった。


 周りのギャラリーも、言い争いが終わったのがわかるとすぐに散っていった。



 



 しばらくすると、掲示板のほうからツエルが戻ってくる。


「お疲れ、どうだった俺のクラスは」


 まあSクラス以外だったらなんでもいい。

 親父も金だしてるらしいしその辺は――


「Sクラスでした」


 …

 ……

 ………

 …………え? 





ブーメラン

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ