揉め事
「いやー、やっぱ全校生徒が千人超えるとなるとでけえな。地元の学園とは大違いだわ」
「はい、国のトップ教育機関ともなるとさすがですね」
建国祭にも負けないほどの人の多さと熱気。
そこに集まる人間はみな同じ服を身にまとい、俺とそう変わらない年齢のやつらばかり。
つまりこの場にいる全員が学生ということだ。
サラスティナ魔法学園
王都サラスティナにあるこの国トップの魔法学園。
魔法の研究機関も兼ね備えており、卒業した生徒がそのまま研究機関で働くことも多い。
貴賤の身を問わず、15~20歳の前途有望(一部を除く)な若者が毎年千人近く入学する。
平等な教育をモットーとして、学園内では王家も平民も関係ない――
「なんて建前にはなってるけど、まあ無理な話だわな」
「ですね。実際、ちらほらと自分の派閥を作ろうとしている貴族が見受けられます」
俺とツエルは人混みのなか、新入生が向かうべき場所へと進む。
その人混みのなかに、勧誘活動をしているような姿をちょくちょく見かける。
「上級生の貴族が、新入生を自分の派閥に入れようとしてるんだろうな」
どれだけ治外法権をうたってはいても、貴族社会じゃこうなるのも当たり前か。
うちの親父も貴族としての財力と権力を行使したおかげで、俺が入学できてるわけだし。
しばらく歩くと、一際多くの人間が掲示板の前で集まっていた。
騒がしく、何クラスだなんだという声が飛び交っている。
「どうやら、あの掲示板に所属するクラスが記されているようです」
クラスはA~Dまであり、その中でまた細分化される。
Sクラスとかいう変人が集まるクラスもあるが、まあ俺には関係のない話だ。
「ツエル、俺のクラスがどこかみてきてくれ。あの人混みのなか入んのはごめんだ。あ、あと剣は外して行けよ」
頻繁にそこら中で行われていた派閥勧誘ではあるが、俺はまったく声をかけられることなく素通りできた。
その理由はツエルだ。ツエルが堂々と腰に剣を携えていたため警戒され、いい勧誘除けになっていた。ちなみに校則的には完全にアウトだ。
たださすがの俺も、あの集団の中に剣を携えたやつを突撃させるのはどうかと思い、剣を置いていくように指示する。
「わかりました」
そういうとツエルは剣を手に取ったかと思うと、そのまま手を離し地面に落とす。
その剣は地面に当たることなく、ツエルの影にすうっと吸い込まれるように消えていった。
「へえ、てっきり置いていくもんだと思ったけど……すげえ便利そうな魔法だな」
「はい、私の“メイン”です。また折を見て詳しく説明させていただきます。では見てきますね」
そう言って、ツエルは人混みの中に入っていった。
しかし意外だったな。
マヤにあんな姑いびりばりの洗礼受けたもんだから、俺の傍から離れるの躊躇すると思ったんだけど。
まあこのほうが俺も楽だからいいか。
「おいそこの男、道をあけろ」
学園にいる間、一時も離れることなく傍にいます! なんて言われてもめんどくさいし。
「おい! 聞いているのか!?」
護衛とはいえ適度な距離感が――
「お前のことだ! そこの黒髪の男!」
うっるせえな。なんだよ?
やかましい声のした後ろを振り向くと、俺に声をかけたやつも含めた大勢の人間がいた。
おそらく数ある派閥の一つだろう。
周りにいる奴らが取り巻きで、リーダーは取り巻きに囲まれて真ん中にいる、あの金髪の鋭い目をしたやつだな多分。
「でっけえ声出しやがって、何の用だよ」
「だからさっきから道をあけろと言っているだろ!」
俺の言葉に、取り巻きの男は声を荒げる。
掲示板見に来てるってことは、こいつら全員俺と同じ1年のはずだろ。
なのにもうこんな集団を引き連れてるとは。
勧誘活動が順調のようで。
どうせ偉いとこのぼんぼんなんだろうが、さっそく偉そうに育ってやがる。
俺が立っている場所は人混みから少し離れた所で、そんなに人が多いわけではない。
何が言いたいかというと、少し横によければ集団だろうと普通に通れるだろ――ということだ。
「横によけりゃいいだろ。真っすぐにしか歩けないのか? 不便な足を持ったもんだ。いや、不便なのは頭か? いるよな、魔獣にも真っすぐにしか進めないやつ。なーに安心しろ。人とは学べる生き物だ。いいか? ミギムク、サンポアルク、ヒダリムク、ソノママススム、オーケー?」
少しバカにしたように話すと、取り巻きは信じられないといった顔になる。
「貴様! この方が誰だかわかって言っているのか!?」
そういって取り巻きは中心の男のほうに手を向ける。
知るかボケ、この国にどんだけ貴族がいると思ってんだ。
まともにパーティーにも参加しない俺が見たことあるわけないだろ。
「誰だろうが関係あるか、一応学園内は治外法権ってことになってんだ。自分の領地ではお山の大将でいられたかもしれねえけどな、学園内には学園内のルールがあんだよ。平民が貴族に対してクソを顔面に塗りたくろうが、そこで適用されるのは不敬罪じゃなく停学処分が関の山だ。そんなんじゃこの先、学園で生活しにくいだろうぜ」
まあ私貴族なんですけど。
正直なところ素直によけてやってもよかった。
ただ取り巻きの態度が気に食わなかったんだ。
後悔はしていない。
「お前……! いい加減に――」
「いい、やめろ」
取り巻きの言葉を、これまでずっと静観決め込んでいたリーダーらしき男が遮る。
リーダーらしき男は集団の中から抜け出し、俺の目の前まで移動すると、表情は一切変えることなく俺と目を合わせた。
まっすぐこちらを射抜いて、微塵もブレることのない瞳が向けられる。
このとき、大勢のギャラリーが俺と金髪の男を興味深そうに見つめていた。
ーーーーーー
「どういうことですか!?」
「いや、どういうことかって言われるとまあいろいろあってね」
学園内において、主に新入生の担当を務める教師が集まる教室、いわゆる職員室。
ここで多くの教師が、入学式のための準備を黙々と進めていた。
しかしそんな中で、学年主任に突っかかる女教師が1人。
彼女の名はエルナ・キュフナー、今年から学園で働く新任教師である。
立場の弱い新任教師にもかかわらず、学年主任相手にエルナが突っかかっているのは、大げさでも何でもなく、それが彼女にとって命にもかかわる問題であるからだ。
エルナはもともと、一番もめごとの少ないBクラスの中の一つを担任として担当するはずだった。
それが今朝学園に来るといきなり、問題児ばかりが集まり、担当したくないクラスナンバー1であるSクラスに担当を変えると言われたのだ。
過去10年でSクラスを担当した人間のうち、12人が教職自体を辞め、5人が行方不明、1年間持った人間はたった1人という学園に存在する唯一の魔境。それがSクラス。
そんなクラスの担当は絶対に避けたかった。
「実はね、Sクラスを担当するはずだった先生がいなくなっちゃったんだよ。風が私を呼んでいる――と書いた置き手紙を残して……」
あまりにもふざけた理由だが、そこに対してはエルナも深く突っ込まない。
彼女も元はこの学園の生徒であり、Sクラスが生徒だけに限らず常識外れだということは、身をもって知っていたからだ。
「それでなんで私なんですか!? 普通Sクラスなんてもっと経験豊富な教師が担当するべきでしょ!」
「だってSクラスなんてどの先生方もやりたがらな……ゲフン。新人だからこそ、こういう厳しい環境で経験を積んで――」
「おい」
一瞬漏れた学年主任の言葉に、エルナの声が冷たくなる。
「ハハハ、大丈夫だよ。さ、さすがにそんな頻繁にもめ事が起こるわけでもないし……」
焦ったように話す学年主任。
そんな彼をあざ笑うかのように、廊下から興奮した生徒の声が職員室まで届いた。
「おい、聞いたか!? 新入生が今年入学してくる王子相手に喧嘩売ったんだってよ!」
「聞いた聞いた! 今まさに一触即発の事態だって!」
「見に行ってみようぜ! 掲示板の前でやってるらしい!」
そう言って何人かの生徒がその場から去っていく。
そんな生徒達の会話が聞こえた職員室のなかは、ただただ気まずい空気が流れる。
「…………」
「…………」
誰もしゃべろうとせず、しばらく職員室は物音一つたたなかった。
ーーーーーー
金髪の男が、手を伸ばせば触れられるほどの距離まで近づく。
身長はほぼ俺と同じくらいの大きさだが、俺のほうが少しでかい。
そんな金髪野郎が、俺を無機物を見るような目でこちらを見つめる。
その目の奥に、なんの感情も宿していないような冷たい目。
おそらく一般人なら、この時点ですでにたじろぐほどその目は冷たかった。
だが、俺はそんな視線には慣れている。
マヤからよく向けられるゲスを見るような目は、こんなものとは比較にもならない。
だからそういう目を向けようと、俺には敵対心を煽る結果にしかならない。
というわけで、さらに煽っていくスタイルで行くことにする。
「なんだ? 取り巻きの無礼を謝罪でもしてくれるのか?」
そんな俺の発言に、さらに周囲のざわつきが増す。
「確かに、この学園内において不敬罪などの言葉は存在しない……」
おっ、意外だな。
肯定してくるとは思わなかっ――
「正式にはな。そして、学園外でそのルールは通用しない」
まあそんなわけないか。
ようするに正式に罰することはできなくても、
「裏でこそこそ卑怯なことでもしようってか? さすがお貴族様、やることが陰険ですねー」
俺もその貴族なんだけどな。
「……好きなように解釈すればいい」
「なるほど、じゃあ面と向かって正論を言われて言い返せないから、パパの権力借りてやり返してやる!――という結論に至ったと解釈させてもらおうか」
「……」
金髪の男の態度は最初となんら変わりはない。
ただ俺に向けるその目が無感情ではなく、明確な怒りを持っていた。
「……貴様、名はなんという?」
わざわざお礼参り(仕返し)してきそうなやつに名前教えるわけねえだろ。
といっても、どうせいつかはばれるだろうけど。
その時に俺がヘルト家だと知ったら、こいつは一体どんな反応をとるのだろうか?
フフフ、考えるだけで楽しみだ。
「まず自分から名乗ったらどうだ?」
「……まあいい」
名乗らねーのかよ。
金髪の男はあきれた、というような態度をとりながら続ける。
「どうやらよっぽどの世間知らずらしい。一つ忠告しといてやる。噛みつく相手は選んだほうがいい」
一応貴族だけはあるらしく、なかなかの迫力がある。
まあ説教時の兄貴と比べてしまうとあれだけど。
「ご忠告どうも。けど俺、相手によって怒り方は変えない主義なんで」
それができる立場に生まれてきたっていうのもあるんだけど。
「そうか、せいぜい貫き通せるようあがくんだな」
そう言って俺の横を通っていく。
取り巻き達も金髪の男の後を追う。
最初からそうしていれば何の問題もなかったというのに。
まったく無駄な時間をとった。
周りのギャラリーも、言い争いが終わったのがわかるとすぐに散っていった。
しばらくすると、掲示板のほうからツエルが戻ってくる。
「お疲れ、どうだった俺のクラスは」
まあSクラス以外だったらなんでもいい。
親父も金だしてるらしいしその辺は――
「Sクラスでした」
…
……
………
…………え?
ブーメラン