トーヤ・ヘルトという男
初投稿です。よろしくお願いします。
「獲物が逃げたぞ!!」
「逃げ場をなくせ、確実に追い詰めろ!」
大勢の人間が声を出し、意思伝達により標的を追い詰めていく。
世間一般でいう狩りである、が――
ただしその標的は普通の動物ではない。
「獲物が本陣の方へ向かっています!」
「よし、迎撃の準備をしろ!」
標的が本陣へ向かっているとの報告を受け、その本陣では慌ただしさが増す。
そんな中、年端もいかぬ一人の黒髪黒目の少年が、標的が向かってくるであろう方向に歩き出す。
それに気づいた男が慌てて止めようと声を荒げる。
「お、お待ちください! なにも総大将のあなた様がわざわざ出る必要はありません!!」
「バカいえ、ここは俺がやる。ずっと座っているだけで暇してたんだ。お前らはそこで指くわえて見ていろ」
総大将と呼ばれた少年は男の言葉を聞き入れず、どんどん進んでいく。
男は言葉だけで説得することがかなわないと悟り、少年を力づくで止めようと動くも、タイミング悪く、標的がその少年の前に姿を現してしまう。
その標的の姿形は異形だった。
猪に似てもいるが確実に別物であり、大きさは全長3メートルほど。
口から伸びる牙はありとあらゆるものを貫けるほど、長く鋭く尖っている。
そして何よりも、標的の体全体から黒い何かが――例えるなら、濁りきった色をした煙のようなものが禍々しくあふれ出していた。
そんな化け物が風を切るような速度で本陣に、少年に向かって突っ込んで行く。
「お逃げください――――トーヤ様!」
「たかがB級の魔獣だ。俺の魔法で丸焼きにしてやるよ。調理する手間も省ける」
そういってトーヤと呼ばれた少年は、異形な標的を目の前にして臆することなく詠唱を始める。
「『我が魔力を糧とし・燃え尽きることなく・闇をも焼き尽くす炎にて・我が敵を業火の海に沈めん――――海炎地獄!!!』」
ーーーーーー
魔法国家シール王国
大陸のなかでも一、二を争う豊かさで、広い国土を持つ世界有数の国家。
この国において特筆すべきことは、魔法が発展しているということ。
多くの人々が魔法により、あらゆる方面で多大な恩恵を受けている。
そんな国で、一際変わった貴族家がある。
ヘルト家
かつてシール王国を厄災から救い、英雄と呼ばれた人物が国からとりたてられ、誕生した貴族家である。
その英雄の死後も、多くの優れた魔法使いを輩出し、何度も国の危機を救い、英雄と呼ばれるに足る実績を残したものがこの家から多く現れた。
この功績により、世間からは『英雄家』と呼ばれている。
英雄家の者は生まれつき高い魔力を持ちながら、日々の研鑽を欠かすことなく、強さに磨きをかけ続け、有事の際にはその力を遺憾なく発揮する。
ヘルト家の人間1人の持つ強さが、1つの国が持つ全武力に匹敵するとも言われ、シール王国に住む人間ならば誰もが一度は憧れ、妬み、畏怖する一族。
これはそんな英雄家に生まれた、1人のイレギュラーの物語。
ーーーーーー
【主人公視点】
「――で、結局使用した魔法はまったく通用せず、そのまま魔獣に体当たりをくらい20メートルほど吹き飛ばされ気絶し、目を覚ましたときには魔獣は討伐され、すべてが終わっていたと……旦那様にどう報告する気ですか?」
「いやあほんと、どう報告すれば説教を受けずに済むと思う?」
使用人が淡々と告げた事実に俺、トーヤ・ヘルトは左腕をギプスで固定するといった痛々しい姿で答える。
ここは英雄家本家の次男である俺の部屋であり、俺専属の使用人であるマヤが、先の魔獣討伐で負った傷の治療を施してくれていた。
一番大きい怪我は左手の骨折だが、それ以外にも全身擦過傷に全身打撲と、あまりにもボロボロすぎてかれこれ1時間ほど治療を受け続けている。
見た目完全にミイラ男だ。
「そもそもなぜあのような大技を使おうとしたのですか? ご自身の魔力量の少なさは知っていますよね?」
「なんかいける気がしたんだよ。もしかしたら追い込まれて、俺の隠された真の力が覚醒するかも!――なんて思ったんだけど、やっぱそう都合よくはいかないもんだな」
「何度同じことを言ってケガするつもりですか。だっさい詠唱までした魔法はまともに発動せず、せいぜいすかしっぺほどの威力。ヘルトに憧れる少年少女がこのことを聞けば泣きますよ」
「そうやって人は現実を知って大人になっていくんじゃねえか。それにその子供たちも大人になった時に気づくはずだ。一番泣きたいのは俺だってことに」
「トーヤ様が夢見がちなのは現実を知る機会がなかったからですか?」
「いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるだろ」
治療をしながら交わされる俺とマヤの会話。
もしこの会話を第三者が聞いていれば、とても主人と従者による会話だとは思えないだろう。
しかし、俺と俺の専属使用人であるマヤとの関係はこれでいい。
綺麗な碧い髪を腰まで伸ばし、不機嫌な表情がデフォルトのマヤは、俺が物心ついたころからそばで仕えている為、俺としては姉のような感覚に近い。
長年連れ添うにつれ、だんだんとこうやってと砕けた態度に――いや、よく思い出したらこいつ最初から失礼だったわ。
初対面のときの第一声が『弱そう』だったし。
まあとにかく、第三者がいた場合は使用人としてあるべき態度に正すため、特にこれといって問題はない。
「そういえば、治療魔法の使い手はまだ来ないのかよ」
「確かに遅いですね。手配しておいたんですが」
マヤに手当をしてもらってるとはいえ、あくまでマヤは使用人であり、専門知識を持った医者や看護師ではない。
いつまでも腕をつりっぱなしにしているのはつらいし、さっさと魔法で治療してほしい。
なにしろ魔法を発動させるために突き出した左手が、ものの見事に魔獣に激突し、ぼっきりいってしまったのだから。
魔法は出なかったんですけど。へっ。
『トントン』
そんな話をしていると、俺の部屋のドアがノックされる。
やっと来たか。
「どうぞー」
俺の返事を聞き、ノックした人物がドアを開ける。
ドアを開けたのは治療魔法を施しに来た医者ではなく、ヘルト家に仕える使用人の一人だった。
「どうした? 何か用か?」
「トーヤ様、旦那様がお呼びです」
げぇ。
「今すぐ執務室まで来るように――とのことです」
旦那様、現ヘルト家当主――要は俺の親父だ。
堅物を絵にかいたような人物で、俺が執務室に呼ばれるときは十割の確率で説教が待っている。
まったくもって行きたくない。
どうせ今回の件で長ったらしい小言を聞かされるのがおちだ。
「また旦那様から呼びだしですね。三日前にも呼び出されてませんでしたか? 無断外出に加えて賭博場に出入りしてたとかで」
「そりゃ四日前だ。三日前はその怒られた腹いせに、親父が大切にしてた秘蔵のワイン全部飲み干したからだ」
「……なんにせよ、この短期間でそれだけやらかして――相当お怒りなんじゃないですか?」
だよなあ。絶対ぶちぎれてるよなあ……
こうなったら少しでも時間をおいて、怒りがおさまるのを待つか。
幸い?にもケガを理由に時間が稼げる。
「わるいんだけど、まだ治療のほうがすんでなくてさ、親父には後で行くって言っとい――」
「申し訳ありません……トーヤ様がなんとおっしゃろうと、今すぐ連れてこいとのご命令でして」
痛々しい俺の姿を見て、申し訳なさそうに使用人が告げる。
いや、さっきは時間稼ぎだとか考えたけどさ、結構重症だよ俺。
20メートル吹っ飛ばされたんだぜ20メートル。骨折もしてるというのに今すぐ来いとは。
なんてひどい父親だ。
……とまあ愚痴っても仕方ない。
このまま呼び出しを無視し続けていれば、さらにめんどくさいことになるのは経験則でわかっている。
具体的には説教の時間が倍になる。
覚悟を決めて受け入れるか……
耳栓どこやったっけ?