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第五話 化学の終わり 魔法の始まり 5

「ただいま。母さん、帰って来てる?」


 あれから特訓を続けて数時間後、帰宅にはちょうど良い夕方の時間となり二人で家へと帰宅した。

 途中、リーベとは道が違うのでそこで別れて家へと向かう。

 家から学校までの距離は近すぎず遠すぎずと言った無難な距離。

 魔法学校までの登校時間は三十分ほど掛かり、ある程度早く起きなければ遅刻してしまう時間だ。


「あら、おかえりヒロ。ご飯にする? お風呂にする? それとも、私にする?」


「……うん、そのセリフは俺じゃなくて父さんにするべきだと思うよ。きっと喜ぶからさ」


「あらそう? 私もまだまだいけるわね!」


 私の言葉に母さんはガッツポーズを取りながら鼻歌を歌う。

 これは母さんのいつもの事で、毎回家に帰ると言ってくるのだ。

 普通、四十になろうとしている女性がこれを言ってもあまり心に響かないが、母さんは年齢と釣り合っていない外見をしており、初めて見た人は二十代後半の年齢を疑ってしまうほどだ。


「今日は先に風呂に入るよ。汗でビショビショだからさ」


「わかったわ。風呂の用意しておくから」


 そう言いながら、母さんは部屋の奥へ移動して慌ただしく準備を始める。

 私も靴を脱ぎ捨てて家の中へ入ると、部屋の中からは香ばしい肉の匂いが充満していた。

 どうやら夕食を作っている最中だったらしく、母さんの仕事を増やして少し申し訳ない気持ちになってしまう。


「風呂は十分後ぐらいに出来るからもう少し待っててね。……それより、聞いたわよ。あなた魔術大戦の予選に出るんですってね。貴方、一体何を願うの?」


 お風呂の準備をしてきた母さんが、台所で料理の準備を慣れた手つきで再開しながら、後ろのテーブルに座る私に問いかける。

 どこで知ったのかは不明だけど、私が魔術大戦の予選に出る事を知ったらしい。

 別に隠すつもりは無かったけど、自分からそんな事を言うつもりもなかった。


「願いか……うん、明確に叶えたい願いはないかな。でも、逃げたくないんだ。俺がこの戦いに参加することは、きっと決まっていることだからさ」


「……なに、神族のお告げとか言うつもりなの?」


「いやいや、そんな事を言うつもりはないよ。でも、この勝負には挑んで勝利をしたい。絶対に負けられないって思ったんだ」


 そう、負けられない。

 確かに私には願望機に叶える願いもなければ、戦闘狂のように戦いに明け暮れたいわけでもない。

 ただ知りたいだけだ。

 私がこの世界に来た意味を、私がここで暮らして来た証明を残したい。


「……そっか、貴方も私たちの子ね」


 母さんは箸を置き、台所から私のいるテーブルの前へ座る。

 いつもはのほほんとしている母さんが、こんな風に真面目な顔をしているのはいつ以来だろうか。

 私はそんなどうでも良い事を考えながら、母さんの言葉を待った。


「……いいわ、覚悟は足りないけど。度胸だけは一人前ね。そのまま進んでみなさいな。進んだ先にきっと見えるものがあるわ。それが、貴方の望んだものではなくてもね」


 そんな意味深な事を言う母さんの風格に刺激を受けた。

 いつもの母さんなら絶対に言わない様な言葉、そんな母さんの姿は年相応だった。

 そんな時、チャイムの音が部屋に鳴り響く。


「よし、まずはお風呂に入りなさいな。その汗を洗い流してからご飯にしましょう。今日もとっておきのを作ったから、期待してなさい」


 母さんは立ち上がり、そのまま台所へと戻っていった。

 私も、そんな母さんの後ろ姿を最後まで見てから立ち上がって風呂へと向かった。

 

 お風呂のドアの前で服を脱いでいく中、私は考えていた。


 こんな生活を送るのはやっぱり慣れない。


 今は自然と行える様になったけど、昔は酷いものだった。

 精神年齢は高いのに、外見の年齢は子供のままだった。

 そんな子供の外見のままで行動すれば不審がるので、子供の演技をしていたが、これが案外疲れるものだった。


 更に、私はダメな人間筆頭だった。

 現実世界での私はゲームにアニメとオタク全開だったので、普通の生活というものに慣れるのも苦労した。

 勉強というのも嫌いなワードの一つだった。

 リーベがいなければ、自分はもっと成績が低い事だっただろう。


 そして、何より両親がいなかった。


 現実世界では私の両親は私を庇って死んでしまったから、ほぼ両親のいない時間の方が生きているうちで長かった。

 だから、今でもたまに両親か生きている今の方が違和感が強いと感じる時もある。


 ──このまま、魔術大戦に本当に参加して良いのか?


 何度もそうやって自問自答を繰り返して来た。

 魔法使いに勝てると考える自分もいれば、それでも魔術使いでは勝てないと悲観する自分もいる。


 もしかしたら両親を巻き込んでしまうかもしれない。

 また、目の前で両親を失ってしまうかもしれない。

 せっかくの平和な日々を失っても良いのかと考える自分、幾つもの答えが頭の中にはあった。


 けれど、やっぱり答えは戦いに参加する事だった。

 覚悟は足りないのかもしれない、この様な中途半端な力と覚悟では敗北するかもしれない。


 それでも、諦める事だけはしたくなかった。

 過去に一度、諦めて後悔をした経験がある。

 助けられなくて後悔したこともある。

 同じ事は繰り返したくない、あの頃とは違って自分には守る力がある。

 

 守ればよい、それだけの覚悟を背負って負けられないこの戦いに勝利をする。

 そして、自分の存在意義を証明して、この世界に来た意味を知るのだ。


 全ては、やり直すため。


 過去の失敗を清算して、未来に繋げる。


 そのために私はこの世界にやって来た気がしていた。

 

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