第二話 化学の終わり 魔法の始まり 2
目覚めると、金髪の若い女性が俺の顔を覗き込んでいた。
視線に気がつき、横を向くと目が合ってしまった。
「……何ジロジロ見てるんだよ?」
数秒間の沈黙に耐えきれなくなったのか、彼女の方から声を掛けてくる。
沈黙の間に俺が見ていたものは、彼女の顔とチラッと見た彼女の外見の様子だ。
学生の象徴の制服を身に纏っており、ミニスカートにブレザーを着ていた。
チェックの柄のスカートから足元にかけては、ニーソックスを着用しており、まさしく絶対領域と言える様子を表している。
女性の制服姿は同性から見ても、可愛さ補正が効いている人が多い印象だけど、彼女は制服を着ていなくても可愛い女の子だ。
私服姿が見られるところも、幼馴染の特権と言える事だろう。
──無論、遊んだ事がない人もごく稀にいるらしいが……
先程までジロジロと見られていたからか、貧乏ゆすりをやり始めてしまい、顔を赤らめながらも不機嫌さが伺える。
彼女が不機嫌になる時は大体馬鹿にされたり、からかわれた時だ。
「それで、今日は一体何があったの? 貧乏ゆすりまでしちゃって、今日はいつも以上に機嫌が悪いと見える」
「……うるせぇな、あいつら弱い癖に張り合ってくるんだよ。お前もなんかあいつらに言い返せよ。お前ぐらいの力があれば、あんなへっぽこ魔法使い集団、すぐに倒せちまうだろ?」
彼女はイライラした様子で、俺の隣にある椅子に座り込む。
ここのクラスは彼女の在籍しているクラスでは無いのだが、そこを彼女に指摘しても移動する気は恐らく無いだろう。
今日もいつも通り、魔法使いの集団に馬鹿にされたらしい。
こうして俺に愚痴を話してくるが、実際には彼女は手を出していないというし、ある程度の常識は弁えているのだろう。
最も、その時のストレスを俺に発散するのはいただけない事だが、それを言っていてもしょうがない。
さっきから彼女の話す言葉を聞き流し、先程まで見ていた夢を思い出す。
随分と、懐かしくもあるが忌々しくもあった。
あの夢こそが、今の自分を作り出した根源でもあるし、永遠のトラウマの一つでもある。
そう、「現実世界」での思い出だ。
先程から単語に出てくる魔法使いから察する通り、ここは俺の知っている地球ではない。
──俺、いや、正確にいえば私は本来この地球ではなく、別の地球で暮らしていた人間だ。
この世界では、私が今まで住んでいた地球とは違い、科学というものは存在していない。
その理由としては、約百年前にある人物が発見したメィジという物質が全ての原因で、この物質を体内に打ち込む事によって、人体の血液と反応を起こし、人間が魔法を使える様にする代物だ。
このメィジという物質の力は凄まじく、人間が科学と魔法の力を使い、地球の国々を全て自分のものにしてしまおうと多くの国が争いを始める。
これを、魔法大戦と呼ぶ。
そして、この大戦は意外な形で幕を降ろす。
なんと、この大戦に勝利したのはたった一つの小規模の国だったのだ。
その名はディーオ。
魔法が出来たのとほぼ同じぐらいの時に出来た国で、いつの間にかこの国が最も魔法を操る国として有名となってしまった。
結果、多くの国々がディーオの一人勝ちを阻止しようと、戦略を練っていったものの、全てディーオの勝利。
他の国々は体力を削られる一方だった。
停戦を結ぼうと会談を申しこんでも拒否。
ディーオは戦争で戦った相手の国の全ての力を自身の国に併合し、完全な敗北を相手が見せるまで徹底的に潰す。
そんな、残虐な国が戦争で一人勝ちを続けた結果、いつの間にか地球上全ての国はディーオが支配してしまい、科学的な技術や知識は全てディーオの国王が存在を抹消、化学は都市伝説として、今では科学の事を話せば、笑い者になってしまうほどになっていた。
さらに、それぞれの国の名前も変化をしてしまい、言語もディーオ語という独自のものに強制的に変更されてしまう。
こうしてここの世界での地球は、科学がなくなって、完全に魔法の世界として君臨する様になった時代。
つまり、もし魔法が当たり前の世界にやってきたというのが正しい表現だ。
無論、これ以外にも現実世界の地球とは違う点が多いが、少なくともこの場で考察する意味はないだろう。
しかし不可解な点として、こういう世界に行くときはだいたい定番で、死んでからの神様を経由しての転生が当たり前なはずだった。
だが、自分は現実世界で死んでからこの世界に来たとは、全く思うことができなかった。
自分は、トラック引かれたわけでもなければ、病気で急死したり、寿命で倒れたわけでもない。
普通にいつも通り、ネトゲやアニメを楽しむオタクの日々を送っている最中に、ネットゲームで寝落ちしてしまい、ふと目を開けると自分は何故か赤ん坊になっていた。
この出来事は、自身のおどろいた出来事トップ五に入ってもいいぐらいである。
あれから何度思い返して見ても、自分が死んでこの世界に来たとは思えないし、結局全てが謎のままこの世界に来て、もうすぐ十七年が経とうとしている。
現実世界での私の年齢も十七歳なので、現実の私と同い年になってしまった。
両方の年齢を足せば三十四歳と、完璧におばさんである。
時の流れとは恐ろしく鋭いのか、私の事を見ておじさんと呼ぶ失礼な人もいる。
外見は完璧に十代の姿なのに、何故おじさんと呼んだのか不思議である。
結局、何度考察しても私がこの世界に訪れた理由は、未だに不明のままだ。
「──おい。……おい! 話聞いてるのかよ?」
ふと気が付くと、頬を膨らませたままの不機嫌な彼女がこちらを見つめる。
自身の考えを整理する事を優先してしまうばかりに、先程から愚痴を話す彼女の話を右から左へ、ずっと聞いているフリをしていたがバレたらしい。
「いや、ごめん。話半分しか聞いてなかったよ」
「全く、お前はいつもそうだ。自分が馬鹿にされている時も、何食わぬ顔でそのままスルーしやがる。大人の対応しているのもいいけどよ、そのまんまだとお前、いつか痛い目見るぞ?」
そう警告しながら彼女──リーベはこちらの事を呆れた顔で見てくる。
リーベは口は悪いけど、これでも俺の事を心配している事は知っている。
口は悪いけど、根はきっと優しい……はずだ。
「さあ行くぞ女男。今日も特訓だ」
「いい加減その呼び方やめてくれないかな? 個人的にはかなり迷惑なんだけど」
この女男、という呼び方は不名誉だけど、今の自分の状況を表すのにぴったりな言葉だ。
まず、私は本来の現実世界では女だった。
けど、異世界では男になってしまった。
言葉にするのは簡単だけど、経験している人物として言わせて貰えば、違和感がとてつもなく強い。
言葉遣い、態度や振る舞いは当然の事だけど、トイレに行く時なんかも最初はとても辛かった。
何が辛いのか言及するのは避けるが、とにかく辛かったのである。
「お前はいつも女みたいなんだよ。たまには男らしい所見せやがれ。そら、もうすぐ魔術大会の予選あるから、そこでかっこいいところでも見せてくれよ」
「……努力するよ」
あくまで努力、この程度の言葉に留めたのが気に入らないのか一瞬目を睨ませるも、直後呆れたようにため息をつく。
「……もう、いいさ。おし、じゃあ外行くぞ」
リーベはずかずかとまるで野郎みたいな歩き方で、ドアを荒々しく閉める。
その様子を見ていた近くの人は、乱暴に扱われた扉の方をビクッと肩を震わせながら見つめていた。
「……お前も、人の事言えないけどな」
私は独り言を呟いた後、座っていた椅子をしまって彼女の元へ小走りで向かう。
一週間後に控える魔術大会の予選に向けての特訓をする為だ。