ことの始まり
鍋に具材を入れ、無心でかき回す_
吹谷 悠真は今朝まで三人で暮らしていた狭く、でも温かかったはずのリビングを長いこと見つめていた。出来上がったのは三人分のクリームシチュー。でも彼以外の二人はその日中にここに帰ってくることは絶対にないのだ。彼はその事実をすぐには受け入れられず、その場に立ち尽くすばかりだった。
それは一ヶ月ほど前のこと。俺は不快な気分で目が覚めた。体がとにかく重くて動かせない。
「・・・ここは?」
重いまぶたを押し上げ、視線を左右に彷徨わせていると程なくして自分のいる場所を把握した。
ここは病院だ。
でも何故自分が病院にいるのかがどうしても分からず首をひねったところで看護師が入って来た。
「!気がつかれましたか!失礼ですがご自分の名前と誕生日を覚えてらっしゃいますか?」
「吹谷悠真で、10月28日生まれです。」
認知症のテストかと思われる質問に多少疑問が浮かんだもののそんなことは顔には出さず冷静に答えていった。質問に答え終わったようで看護師と入れ替わりに医師が入って来た。
「意識がやっと戻られたようで安心しました。今日には退院できそうですよ。」
とりあえず重病ではないようで息をつくと俺は言った。
「それで、私は何故ここにいるのですか?」
そう言った瞬間、医師の顔が曇った。
「それがよく分からないんです。隣の住民の方から通報があったので手術を行わせていただいたのですが・・・」
そしてごく事務的な口調で医師は言った。
_一年間、貴方は眠り続けていたんです。と_
「い、一年もですか?」
「ええ、正確には来月で一年が経ちます。」
なんということだ。つまり自分は約一年の間、会社を無断欠勤したことになる・・・!そう思って蒼白になった俺の顔をのぞき込んでさも可笑しそうに彼は会社には連絡してあるのでご安心を、と付け加えた。
「ああ・・・そうでしたか。お手数をおかけしました。」
「いえいえ。それはそうと吹谷さん。お一人で大丈夫ですか?」
と、ここまでの会話を退院の準備をしながらしていた俺を見ながら彼は言った。
「ええ、家で家族を待たせていると思うので。」
そう言って俺が立ち上がるとぎこちない笑みを浮かべてそうですか、彼は言った。
「なら安心ですね、お大事に。」
俺は礼を言い、病院を去った。