冒険者、聖職者を拾う
とりあえず終わったの。
出された茶を啜る。茶色と黒の中間のようなその液体は。飲み慣れた味ではないが、飲めない味ではない。実に謎の茶であった。
「ふぅ…。」
顔を窓の外に向ければ、美しい景色が広がっている。雑然としながらどこか統一感のある不思議な庭。そこに降り注ぐ暖かな陽の光。少し雲が出てきたのだろうか?ところどころが暗く染まり、より一層舞台を明るく映している。あぁ、なんて穏やかな昼の…。
膝に、重みを感じた。視線を室内に戻せば、目を輝かせた子供達が何事かを騒ぎながら飛びついて来る。茶の短髪の男の子は全身で元気を表現しながら冒険の話をねだっている。銀の髪を後ろで編んだ―体型から多分男―可愛らしい顔をした男のコは猫のように膝の上に寝転んでいる。そいつは俺の右腕を奪い取って自分勝手に遊んでいる。透けるような白い肌、金の髪を頭巾の下に収めて、纏うのはゆったりとした繕いだらけの黒い修道服。服の上から推測するに、多分かなりの体つきだ。目が合うと、嬉しそうに眉尻を下げて、申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、遊んでいただいて…。」
「あー大丈夫ですよ。」(帰りたい。)
すると、やんちゃ坊主共が一斉に騒ぎ出す。やれ話をしろだ、頭を撫でろだ言うのだ。そんな二人を止めるように、股の間から声がする。
「もう、二人ともダメでしょ!ラルフさん困ってるじゃない!」
「あー大丈夫大丈夫。」(帰りたい。)
継ぎ接ぎだらけのソファの上に座った、俺の上に女の子が座っている。紫の髪を肩のあたりまで伸ばした、気の強そうな目つきの少女だ。どうやら俺は彼女の椅子らしくもたれかかられている。尚左膝は前述したように男のコが専有し、少女はを肘掛けにすることになっている。別段、俺が決めたわけではないのだが。
「本当にすみません…。」
「いえ、良いんです。」(帰りたい。)
さて、茶をいただくまでに何があったかを説明しよう。待ち時間の間子供達が、扉の向こうのモンスターを見るような目つきだったので、出来るだけ自然な笑顔で手を振ってみた。そうしたら懐かれた。そして茶が来たので飲んだ。そして、せがまれるままに一つ二つ血生臭くない話をしたらもう離してくれなくなってしまったのだ。
「それでそれで!ダンジョンってどんなとこ!?」
「えー僕、依頼の話が聞きたいよ。どんな場所に行ったの?」
「ほーんとコドモなんだからこいつら…。」
「ほら、喧嘩しない喧嘩しない。あー…そうだなぁ…ちょっと前に商隊の護衛してたことがあってな。
馬鹿な同僚がそこで…」
目を輝かせる二人。耳を澄ませる一人。流れに身を任せる一人。それを微笑ましく見守る一人。廃墟の中では外では思いもしない世界が広がっていた。
「すみません…後片付けも手伝ってもらって。」
「あー、いえ、気にせず。」
心暖まる子供達との触れ合いの時間は、彼女の後片付けを手伝うという口実で抜け出してきた。小さな猛獣たちは今頃どこかの部屋で遊んでいるんじゃないだろうか。さて、こっちは終わったが…。
修道女は柄の欠けたカップを綺麗な布巾で拭いている。
(どー…すっかなぁ…。)
もう、こんなもんじゃないだろうか。そろそろ別れて、そしてもうここには来なければいい。正直な話、面倒事に巻き込まれたくはない。彼女たちには明らかになんらかの事情がある。救貧院だか、孤児院だか、教会だか知らないが。街にいくらでもあるもんだ。なのに、彼女たちはわざわざスラムに住み着いている。関わらない方がいい。いい、んだが。
「……あー…聞いてもいいかな?」
「…はい。その…ちょっと込み入っているんですけど…。」
そう言うと、彼女は歩き出した。ついて行くと、外に出た。裏手の方で日の当たらない、日陰の部分だった。日陰。透けるような肌。絹糸のような金の髪。宝石のような真紅の瞳。
「……ヴァンパイア?」
「…はい。」
彼女が口を開く。鋭い牙が四本並んでいた。
「えぇと…ラルフ様はディルギム教ってご存知でしょうか?」
「あー…そっちの宗教だろ。確か強いやつが最強みたいな。」
彼女は困ったように微笑んだ。
「はい。ディルギム教の教義はただ一つ。"汝、強者たれ"です。私が仕えていた教会では、強者とは周りの者を助けられる者だ、と考え、孤児の保護などに取り組んでいました。」
ダンジョンにいるような、いわゆるモンスターはダンジョンの瘴気だか魔力だかでイカれている。あるのは食うか犯すかの本能だけだ。だがダンジョンの外ではどうか。小賢しく面倒な子鬼族。馬鹿みたいに強い竜族。他にも腐るほど蛮族たちはいる。稀に混血や変わった奴が人族と暮らしてたりするが、大体は人族の敵だ。
「私も…ちょっと前まではある村で見習いとして祭司様に仕えていたのですが…。」
「――思い出したぜ。確か先週、領主が賊を討伐しに行ったって話があった。」
「…はい。祭司様も、村の人達も…。」
よくある話だ。蛮族の巣を見つけ、領主や冒険者がそれを討伐する。
――生き残りに会ったのは、初めてだが。
そっと、腰の剣に手を当てた。目撃者を消すために彼女は襲ってくるだろうか。それとも復讐のために。どちらにしろ…殺り合うことになるかもしれない。背中に冷や汗が流れる。ヴァンパイアは蛮族の中でも高位の連中だ。俺を含めた大体の冒険者が奴らと出会えば、まず死ぬ。そんな連中だ。
生き物としてのスペックがまず違う。力が強い、動きが早い、魔力が多い、体力が多い、数え上げればキリはない。だが、一つ言えるのは。殺り合っても俺は勝てない相手だ。
そっと、剣から手を離した。
「恨んでる、のか?」
彼女は少し考えて言った。
「いえ。負けたのは私達が弱いからです。そして、弱い者がどうなろうともそれは仕方のないことです。」
彼女は言った。いっそ冷徹なほど。恐ろしいことに、彼女は心の底からそう思い、こう言っているのだ。
("異"種族ってのは…こういうことか…。)
食べる物も、考える事も、姿も違う。違うってことはここまで恐ろしいのか。
彼女は顔を伏せる。何を考えているのか。何をするのか。思わず握った拳から汗が流れ落ちる。怖い。何が起こるんだ。
「……それで…その…私達は村から逃げて。ここまで辿り着いて…。」
「俺が、来たと。」
小さく、頷いた。顔は見えない。だが、肩が震えていた。何故だ。――怖いのか?
何が?――俺が?
どうして?――あぁ、そうか。
(子供達、か。)
彼女が顔を上げる。美しい顔だった。毅然とした覚悟が宿っているその表情は、まるで決意した女神のようですらあった。
「私は…どうなろうとも構いません。でも…あの子達だけは見逃してください。
そのためなら、私は何でもいたします。」
知っていることがある。見目麗しい"異"種族は売れるのだ。貴族のような一部の金持ちは、高い金を出して隷属の首輪を付けた"異"種族を買うのだ。噂程度だがその扱われ方は酷いほどだと聞く。なるほど、彼女は高く売れそうだ。それこそ一財産が出来るほどに。
だけれども。
「それで…あいつらが人を襲うかもしれねぇだろ。」
「いいえ、そんなことはさせません。
ですから…どうか、お願いします。」
修道女の吸血鬼は頭を深く下げる。思わず、天を仰いだ。空は雲に覆われていて、厚い灰色の壁だけが目に映る。どうしろっていうんだ。何をすればいいんだ。
あぁ、今日はなんてツイてないんだ。
息を吸った。
こいつらは敵だ。恐ろしい蛮族で、人族を襲う。とんでもなく強い。高く売れる。上手くやれば小さいのだって売れるだろう。そうすれば金が手に入る。大金持ちになる。それは俺の目標だ。
息を吐いた。
茶が美味しかった。子供達は暖かかった。暖かかったんだ。そして彼女は、とても優しく微笑むんだ。
「……あー…分かった。」
「そ、それでは…っ!」
修道女の顔が跳ね上がった。その顔には希望があった。子供達は助かるのだと。その顔には絶望があった。もう自分は助からないのだと。
なんだかその顔に腹が立った。もう知ったことか、今日の俺はいつもの俺じゃないんだ。頭は帽子置きで、口はただの穴、舌はピンクの置物で。だから後のことを考えず、ただ言いたいことだけを言う。
「いいか。お前はここであの子供達の面倒を見てるんだ。」
「――えっ?」
初めて見る表情だ。ざまぁみろ。可愛い顔じゃないかクソッ!
「スラムの中なら領主も気にはしない。ここにゃ混血も住んでるしな…。上役にきちんと金さえ出せばなんも言われねぇよ。」
「お、金ですか…?
でっでしたら私が!」
その口を手で遮った。柔らかい唇が手の平に当たる。
「俺が出す。」
「で、ですが…。」
「何でもするんだろ?じゃ俺の言葉に従え。
なんか出来るだろ身を売る以外に。」
「え…ええと…お掃除と…お祈りと…えと…ええと…。」
「お前神官なら魔法使えるだろ、どんなのが使える?」
「私は…ちょっと傷を治すのと…武器に祝福を与えて威力を上げるのと……ええと…その、後は思いっきり殴るくらいしか…。」
「はい、じゃ冒険者な。決定。」
「え、えと…あの…。」
何が何だか分からないという顔をする修道女。仕方ない一言でまとめてやろう。
「ここに、住め。金は、一緒に稼ぐ。
分かったか?」
「は…は、はいっ!その…あの…わ、私…私…!」
途切れる言葉を零しながら彼女が抱きついてきた。その体は小さく細く、そして震えていた。その小さな肩に手を回して。あの子供達にしたように頭に手を載せた。二度三度、優しくぽんぽんと叩く。声を張り上げて泣く彼女を抱き締めながら、天を仰いだ。
もう空には雲はなく、ただ広い広い青い空が広がっていた。
なんだろう。ソード・ワールドっぽい。




