冒険者、街中を散策する
私の筆が囁くの、ファンタジーにしようって。
宿を出たのは昼前だった。ちょっとした依頼をこなした後一杯飲んでいたら近くの飲んだくれとやけに気が合って、気付けば閉店まで飲み明かし、宿に帰ってぐっすりおねんねしてたらこんな妙な時間に起きてしまった。
依頼をするには時間が遅いし。どこかに潜るには準備がない。よく組む連中もこの時間は寝てるか、出てるかのどっちかだ。やけに眩しい太陽に急かされて街中を歩く。石畳の道の上には、早めの飯に向かうやつに、もう呑んだくれてる同輩。薄汚い布で乞食をやる連中。馬車に乗った気取った御者にその馬。声を張り上げる店主たち。右も左も見慣れない光景ばかりだ。
考えてみれば、日暮れ頃か日の出頃しかこの街を歩いたことはなかった。金が欲しくて冒険者になり、ダンジョンの近いこの街に来て。金があれば夜の街で使い、金がなくなれば朝からダンジョンに潜るか依頼をする。この街に来てもう何年かになるっていうのに、なんだか初めて来た街のようだ。
「どーすっかなぁ…今日。」
なにか食うには、そこまで腹が減ってない。宿で寝るには眠気がない。艶街に行くには金がないし、そもそも開いちゃいない。どこかへ急ぐ人混みに急かされるように街を歩く。自然と足は人のいない方へと向かって行く。人通りは減っていき、やがてガラの悪い連中が屯する通りにまで来てしまった。
そこには酔っぱらいとラリった連中しかいなかった。連中はへらへら笑いながら好き勝手に気持ち良くなっている。幸か不幸か、俺の酒は抜けていて、ここでも居心地の悪さしかなかった。
どれだけ歩いただろうか。道を右へ左へ、時折行き止まりにぶつかり、舌打ち一つして道を引き返し。気付けば見知らぬ場所まで来た。頭の中のこの街の地図を開く。金持ちは北区、冒険者は西区、スラムは東区。街壁が近くに見える。その上に見張り塔が見える。ここはどこだっただろうか。周りには薄汚れ、穴の空いた壁が並ぶ。死人かほとんど死人が道の上で寝転んでいる。たまに腐った木の扉が見れる。大体はどこからか拾ったであろう板材が積まれているだけだ。
「スラムの…外れの方だな。そんくらいだ。
……案外、平和だなここ。」
やたらと高く、乱雑に建てられた家らしき瓦礫の間を歩く。太陽の光は家に遮られて道まで届かない。腐敗臭漂う道の上で、元気なのは小蝿くらいなもので、なんだかここでも追い立てられているような気分だ。
「どこ行こうかねぇ…。日は高く、腹は足りて、ナニは低く、懐は足らず。……はぁ。」
ふと、日陰が途切れていた。道の先には低めの塀が見える。惰性で動き出した足が光へと向かう。邪魔な落し物を蹴飛ばし、怒った小蝿を手で叩きながら、頭は空っぽの帽子置きに成れ果て、口は呼吸するだけの穴になった。足だけは動いている。ただ動いていた。
「うおっまぶしっ!」
日光に襲われた哀れな目を手で庇いながら、辺りを見れば低めの塀が途切れ途切れに廃墟を囲んでいた。煉瓦の塀の間には木の枠があり、たぶん誰かが作ったのだろう。そこまで新しくはないが…壊れていないし、補修したらしい跡もある。丁寧に補修されているが…下手だ。野営で多少経験があるから分かるが、これだとちょっとした衝撃でバラバラになる。
「っと、そんなことは別にいいんだ。補修されてるってことは人がいるわけだ。人がいるとすれば…。」
目線は廃墟へと向けられる。二階建ての所々穴の空いた建物だ。多分元は誰か金持ちの家だったんだろう。塀があり、建物の周りには庭のような広い空間がある。そういえば、誰かが草むしりでもしてるんだろう。そこまで長い草は生えちゃいない。
「スラムの廃墟か…。鉄板はどっかのゴロツキの隠れ家…、大穴はギルドにあるとかいう闇の部隊の秘密基地ってところかな?」
ここで、俺は実に愚かな決断をした。慎重の上にも一つ慎重を付ける性質の俺が、好奇心に釣られて気配を消しながら廃墟へと向かったのだ。
廃墟に近付くと、声がした。そっと壁に背を預けて耳を澄ませる。恐らく数人。声が高い。女…いや、子供だ。それが一、二、三。あと…女だ。優しげな声がする。恐らく女と子供…親子か?夫から逃げてきた…?いや、それなら街の中央に救貧院があるし。そういう店だってある。少なくともスラムのど外れで廃墟生活しなきゃいけないような理由は…いや、理由があるとするとなんだろうか…?
と、ここまで考えてやっと頭が温まってきたらしく、あることに気がついた。
(俺、何してんだ…?暇つぶしの散歩で変なもん見つけたまでは良いが…それで他人の事情に踏み込むほど馬鹿じゃねぇだろ…。よし、さっさと帰ろ。少し腹も空いてきたし。宿の近くの食堂に行こう。あそこのスープが最高なんだ。ミンチにした肉の塊が入っていて、これがまた噛むと肉汁が溺れそうなほど出る。そこを辛いスープで飲み込んで、追いかけるように酒を呑む。そうだ、そうしよう。)
目を閉じて、料理を味を思い出しながら、一歩廃墟から離れる。おや、なんだか音がした。目を開けると、足元では背の高い草が折れていた。気配を感じて振り返れば、怯えた目が六つ。ほんの数分前の自分にこう言いたい。もう少し日光浴をしてろって。
とりあえず、中に入らされた。
外で聞こえた通りの面々、子供が三人。男の子が一人の女の子が二人。大人が一人。くたびれ、繕い跡の多い修道服を来た女だ。子供達は二階へ行く階段からに隠れ、時折頭を出しては引っ込めている。修道女はと言うと、立ち竦んでいる。
そして、恐る恐るといった表情で修道女は口を開いた。
「あの…あなたは、この家の持ち主の方でしょうか…?」
「……は?」
「い、いえその…私たちは空き巣などではなくて…あの、誰も住んでないようでらしたし…草も茂っていたので…誰の物でもないのならきっと神様が私達に与えてくださったのだと……。」
修道女が申し訳なさそうに頭を下げる。おお神よ。お前がこんな面倒なことをしたのか。眉間によった皺を揉みながら、出来るだけ優しい声で口を開いた。
「えーと…その、とりあえず。ここは別に俺の家じゃねぇよ。
住みたいってんなら…まー勝手にすればいいんじゃないか?」
「えっ!そ、そうだったんですか…。」
修道女は両手を合わせ、胸に当てると、深く息を吐いた。
「よ、よかった~。追い出されちゃうかと思いました…。」
どうでもいいけど胸大きいなこいつ。
「じゃ、俺はこれで…。」
「あっ!いえ、良ければお茶でもどうぞ!ご迷惑をお掛けしてしまったようですし…。」
「えー…あー………ハイ。」
やけに元気になった修道女に手を引かれて添え木付きの椅子に座らされる。そして、修道女が嬉しそうに手を振ると、子供達も歓声を上げて階段から降りてきた。もう、諦めよう。
私の筆が囁くの、思ったより長くなりそうだし続きはwebにしましょうって。