幼少期編 六話
「ランス、こっちだ。」
「え?でもここ鍵が…。」
みんなと別れ、マリベルについて行く。
しばらくすると、南京錠で閉じられた柵の前で立ち止まった。
マリベル曰く、ここから外に出るらしい。
「そう言えばこの道って非常用ですよね。マリベルさんが鍵を持っててもーー。
俺が言い切る前にマリベルは南京錠に向けて回し蹴りをかましていた。
金属の頭に響くような不快な音と共に、南京錠は砕け落ちる。
「マリベルさんって、凄いんですね。」
俺は半笑いでマリベルに引き攣った笑顔を見せた。
マリベルは一瞬キョトンとした顔をして、すぐに1人で笑い出した。
何事かと焦ったが、そう言えば彼女の作り物じゃない笑顔は初めて見たかもしれない。
こんな形で見れるとは、分からないものだ。
「アハハ。ごめんね。実はこれ、鍵ないの。」
マリベルは笑い涙を手で拭い、地面に落ちている南京錠に向かって指を差した。
鍵がかかっていた(?)道から階段を上がる途中で詳しく聞いたのだが、
ここから上がった先には燃料の入った車とバイクが置かれていて、もし悪用されたらいけない。という事での南京錠だったらしい。
非常時に誰が鍵を持っているか安定しないので、ポロポロの南京錠をわざと付けて盗られるのを守っていたとの事。
余談だが、ボロボロと言っても相当な力で蹴らないと流石に壊れないらしく、私だから出来たとの事だ。
確かにマリベルの蹴りは目を見張るところがある。
よく親父もお母さんに蹴られていたが、マリベルが蹴れば笑い事じゃなくなるだろう。
「ほら、見えたよ。」
太陽の真下に出るかと思ったが、階段を上った先にあったのは1つの部屋だ。
「難しく言って、ガレージだね。そういえば車見るの初めてか。」
マリベルはそういうと少しだけ声を楽しそうにして、大きい布が被さっているのを引っ剥がした。
「これはボスホスっていうバイクメーカーが出してるバイク。私も久々に見たわ。」
マリベルは余程興奮しているのか、何度もバイクを叩いている。
先程の蹴りを見たのでマリベルの力でバイクが壊れないか心配になってきた。
マリベルはバイクを舐め回すように見ると、我に返ったようで普段と同じような凛々しい顔に戻った。
「私は男には乗っけてもらう派なんだけど。…まぁ子供が運転できるわけもないし私がやってみる。」
「任せても大丈夫ですか?」
「そんな可愛い顔しなくてもお姉さんはランスを運ぶわ。それが私のやるべき事だから。」
マリベルは不安そうな顔をしているが、言葉には信念にも似た重みが乗っていた。
その言葉を聞いて、この人なら大丈夫だと思える。
先程の男の言う事が少し分かる気がした。
「ガソリンは大丈夫。問題はヘルメットなんだけど…。」
マリベルはぶつぶつと1人で話しながら俺の方を向いた。
俺は何の事か分からなかったので、とりあえずマリベルに笑い返す。
「……ま、いっか!法無いし。」
どうやら何か決まったみたいだ。
マリベルは俺に手招きをした。
抗う事なく俺はそれに従い、彼女の方に近寄った。
「うわっ!」
突然マリベルが俺に何かを被せてきた。
視界が狭まるし、窮屈だ。
俺は頭に被さっている物を取ろうとしたが、マリベルが邪魔をする。
「これは着けてないと危険なの。」
「分かったよ…。でも、何でマリベルさんは着けないの?」
俺の言葉にマリベルは口を閉ざした。
困った表情の彼女の顔を俺は下から覗き込む。
「私が大事って思うから!ほら!席届かないでしょう。乗せたげる!」
「マリベルさん!ちょっと!」
有無を言わさずに俺を持ち上げ、バイクに乗せる。
視界がいつもより高い。不思議な気分だ。
その後にマリベルがバイクに跨る。
「あの!落ちそうなんですけど、どうしたら…。」
「私にしっかり抱き付いといて。絶対に離しちゃ駄目よ。」
マリベルはそれだけ言うとバイクに鍵を挿し込む。
バイクは大きな音を立てて動き出した。
全身が揺さぶられるような振動が身体に伝わってくる。
「行くわよ!」
「え、ちょっと待って!」
当然のように止まることなく、バイクは壁に向かって走り出した。
半ばヤケクソで俺はマリベルのお腹の辺りにしがみつく。
勢いの乗ったバイクは壁をブチ破って外に飛び出した。
数時間ぶりの太陽の光がマリベルと俺を明るく照らす。
化け物は近くに居ないようだ。
すんなりとバイクは道を高速で駆け抜けていく。
「地下暮らしじゃこんなの初めてでしょ!」
「はい!凄いです!」
バイクの素晴らしさに俺も興奮してしまった。
バイクを走らせる10分程の間、化け物の姿も遠目で何体か見えただけで特に障害ではない。
俺達は鼻唄交じりで目的地に向かう。
しばしの楽しい時間の後、バイクは動きを止める。
目の前には大きな建造物と落とし穴のように建造物の周りにポッカリと空いた大きな穴。
「ふぅ。あっつい。やっと見えたわ。」
マリベルは汗を服で拭う。
俺もビショビショだ。
それに、頭に着けている物のせいで熱が篭り、クラクラとしてくる。
何故そのような状況なのに、すぐに行かないかと言うと、建造物の周りには化け物が大勢彷徨いているからだ。
「何で来るまでには一切見かけなかったのに、あんなにいるんでしょうか…。」
「不老者はああやって群れるの。まるで壁みたいに私達の邪魔をする。ほんと、死ぬんなら大人しく死んでなさいって感じ。」
マリベルは軽口を叩いているが、実際ヤバイ。
このままでは2人共入れずに干からびてしまうだろう。
バッグに少しは食料が水が入っているかも分からないが、あまり期待できない。
それにーーーー
「マリベルさん…。」
「大丈夫。貴方を熱中症なんかで死なせたりしない。……私の希望なんだから。」
霞みがかった俺の頭には、マリベルの言葉はよく聞き取れなかった。
マリベルはアクセルを全開で踏み込み、化け物共に向かっていく。
バイクは器用に化け物共の間をすり抜ける。
しかし、このままでは穴に向かって落ちるだけだ。
「飛ぶわよ!!」
本当にマリベルが恨めしいところは、すでに遅い事。
彼女が叫んだ時には、すでに空中に飛び出していた。
マリベルは俺を抱きしめると、バイクを蹴り捨て、向こう岸に飛び上がった。
「キャァァァ!!!」
バイクは穴に向かって落ちていき、ギリギリ向こう岸に渡ったマリベルは俺を抱きかかえた状態で勢いのまま転がる。
「ゲフッ!」
マリベルが壁にぶつかり、声を漏らした。
俺を抱きしめていた腕の力は弱まり、俺は彼女の腕から抜け出る。
マリベルがぶつかったのは石造りの塀だ。
あれだけの事をしたのだ。
塀から武装した男達が俺達の元に駆け寄ってくる。
「マリベルさん。大丈夫ですか!」
「ええ。勿論。」
俺はマリベルの体を俺は揺さぶると、彼女は砂だらけの顔でこちらに笑いかけた。
彼女の砂に塗れた笑顔が、俺には今まで見た光の中で1番輝いて見えた。