幼少期編 三話
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「暑い。」
初めての外だ。
火に近付いた訳でもないのに身体が灼けるように暑い。
それに、この今踏んでいる地面、サラサラとしているけど、素足では踏めないくらい熱くなっている。
「君、飛び出したら危ないよ。」
エレベーターから続々と男女が下りる。
取り外そうとした銃を再び肩に抱え、バッグを背負っている。
飛び出した俺に近寄ると、男の1人が俺に手を差し出した。
「一緒に行こう。」
「……うん。」
彼の差し出した手を握り、ついて行く。
彼は周りを見渡すと、一際デカイ建造物を指差した。
「多分だけど、みんなあそこにいるよ。こういう時の避難経路はちゃんとあるからね。」
彼はそういうとニコニコしながら俺に笑いかける。
しかし、手を握っている俺には分かるが、手汗と手の小刻みな震えが隠せていない。
歳も自分より10歳年上なくらいだろうか。
「お兄さん、気を遣わなくて大丈夫です。」
「そうか…。君は強いね。」
彼はそういうと俺に苦い顔をした。
どうやら読みは当たっていたようだ。
俺は彼に手を引かれながら、建造物に向かって歩いた。
「…僕はね。半年前に外の仕事を始めたんだ。」
向かう途中、手を繋いでいる彼が話しかけてきた。
周りにあの化け物がいないかと周りにキョロキョロと見ながらも、俺は彼の言葉に反応していた。
「いつもはまだ狙いが甘い。って言われるから、いつもは戦わないんだ。みんなを助けるだけ。」
俺は黙って彼の話に耳を傾ける。
「だけど、今日久しぶりに銃を握ったんだ。…散々だったよ。いつも後ろから見てるのに、実際自分が前に出て不老者を見たら、殆ど動けなかった。」
光が遮れるとこまでは来たという時に、彼は立ち止まった。
手を握っていた俺は後ろに引っ張られる形で前に進めなかった。
「どうしたんですか?」
俺は彼の顔を見る。
彼の顔は光で照らされているのに暗く見えた。
そして俺から手を離し、自分の背負っていた小型の銃を持った。
「……僕は本当に卑怯な奴さ。」
そういうと彼はマガジンを取り外す。
取り外したマガジンには、まだ弾が4〜50発は残っていた。
それを見て、彼は目に涙を浮かべた。
「僕はまだ戦えたんだ。中には弾を撃ち尽くしてなお、ナイフ1本で不老者に挑んだ人達もいたのに。そして、君の父さんもだ。」
彼は銃を再度肩に背負うと、俯いたまま拳を握り締めていた。
そして、子供の俺に対して頭を下げる。
周りから見れば、彼の姿は自分の身の為に逃げた卑怯な者として映るかもしれない。
「お兄さんが頭を下げる事はないです。自分が1番大切になる事って、ありますから。」
その言葉に彼は体をぐらつかせたが、頭は下げたままだ。
「お兄さんが卑怯とは思いません。僕もエレベーターを抜かす人を見て、本当はお母さんと一緒に乗りたいと思いました。生きたいって思うのは当たり前の事です。」
「……だけど、僕はローゼンさんさえ見殺しに。」
「…父さんも自分で決めて母さんとあぁなったんです。それに…お兄さんはこうして僕の為に話してくれたじゃないですか。」
彼は頭を上げた。
顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
服の裾で彼は自分の涙で拭った。
「君は不思議な子だ。僕なんかより、ずっと強い。」
「そんな事ないです。早くみんなのところに行きましょう。」
俺は彼に手を差し出した。
その手を彼は照れくさそうに受け取る。
そして、建造物の中まで一緒に手を繋いだ。
建造物の中には、100人以上の人間が押し込められていた。
見覚えのある、地下で一緒に暮らしていたみんなだ。
「子守か、ランド。似合うじゃないか。」
「違います先輩。この子をここに連れてきただけですよ。」
彼と同じように銃を背負った髭面の男が、彼に対して話しかけた。
恐怖から解放されて安心したのか、髭面の男はちょっかいをかけているようだ。
彼は若いし、立場も弱いから的にされるのだろう。
「僕はここまでだ。詳しい説明はみんなに一斉にするから、君はお友達を探してくるといい。」
「ありがとうございました。えっと…、ランドさん。」
名前で呼ぶと彼は安らいだような表情で俺に手を振った。
俺は手を振り返し、彼の場所を後にする。
100人以上もいるから見つけるのも一苦労だと思っていたが、元気が無く、みんな意気消沈して静かな中、煩い声が聞こえる。
声を頼りにすると、いた。ドードだ。
「ドード!ドードのお母さんも大丈夫だったんだね。」
「部屋が脱出口に近かったからな!みんなより安全に出れたんだ!そういえばランス、父さん見てないか?」
「ドードの父さん?どの人か分からないよ。会った事ないし。」
ドードはその言葉に明らかにテンションを落としていた。
分かりやすいやつだな。
「大丈夫だって、みんな生き残ってるよ。」
「そうか…そうだな!」
迷いも消えたようで再びいつものドードに戻った。
テンションの上げ下げが大変そうだな。
「そういえば、ランスの母ちゃんはどこだ?」
「えっと…。それは…。」
思わず口を閉ざしてしまった。
それに対し、ドードは首を傾げている。
いつかは分かるだろうし、今話したほうが良いのだろうか……。
「……実は、母さんは。」
「こら!ドード!……ごめんなさいね。言わなくても良いのよ。」
「いきなり何すんだよ!いてぇよ母ちゃん!」
俺が重苦しく話そうとした時に、ドードのお母さんは俺の返答を待っていたドードに向かって拳を入れた。
ドードは涙目になりながら、何故殴られたのか必死に考えていた。
…母さんと親父の最期を考えると、その気遣いが逆に心に来るのだが。
このままでは結局重苦しい雰囲気になるので、慌てて話を変える。
「アッシュは大丈夫だった?」
「うぅ…アッシュなら大丈夫だったぞ。さっき見たから。」
頭を痛そうにさすりながらドードは話す。
俺はその言葉にほっと胸を撫で下ろした。
彼も大事な友達だ。
無事だったのは素直に嬉しい。
「じゃあ、アッシュの方に挨拶しに行って……。」
「おい、みんな聞いてくれ!」
アッシュの方に向かおうとした時に、部屋中に大きな声が響いた。
見た事がある男だ。
そういえば、一緒にエレベーターに乗っていた1人だ。
しかし、みんなの反応は薄い。
てっきり俺の親父が俺達を誘導すると思っていたのだろう。
「隊長のローゼンは職務を全うした!代わりに俺が安全なところまでみなを送り届ける!」
その言葉にみんなが混乱した。
絶望に顔を染めた人までいる。
そんなことは他所に、男は俺達に聞こえるように大きな声で叫んだ。
「下水道を通り、地下通路を抜ける!新しい避難所に避難するんだ!10分後には出発する!準備して欲しい!
男はそう叫び終わると、銃を持った男女達の中に紛れていった。
地下は安全じゃないとさっき感じたみんなからは焦りと恐怖が隠せていない。
混乱の中、とりあえず俺はアッシュを探す事にした。