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君のクローンを作っても私を見捨てないでくれますか?

 今日も博士の研究のお手伝いをするために実験室へと向かう。


歩いているのは長い廊下。この施設は博士の私物だ。


巨万の富を十代の内に築き上げ、その資産で自らの研究を行っている。


その界隈では有名な人らしい。ただの大学研究員の僕は知らない世界だ。


ただの大学研究員の僕はなぜここで博士の助手をしているのだろうかと改めて思う。


研究失敗の責任を教授に背負わされ、あれよあれよという間に大学を追い出され。


研究の夢捨てきれず、彷徨い縋った先がここである。


来た時に驚いたのはほぼほぼ自動化された施設であること。


また、人が博士以外いないということ。


施設がハイテクなのはまあ、納得出来る。


お金持ちなんだなという単純な感想が出ただけだ。


ただ、人がいないのはおかしい。あやしい。また騙されたか…


そう警戒したが引き返す場所などないのだから進むしかなかった。


そして、出会ったのだ。彼女と。


簡単な契約を結び働くこととなった。


聞くも涙、話すも涙の物語…と言うわけでもないが、まあそんな感じだった。




 博士は常に実験室で何かしらの研究をしている。


幅広い分野の知識を遺憾なく発揮して行われる実験は圧巻という他無い。


最近は時空跳躍…いわゆるタイムマシンの実現にお熱だ…。


「おはようございまーす、博士。」


 一応、今日はじめて合うので「おはようございます」と挨拶をする。


時刻は午後二時半。


博士はなぜかこの時間を指定して来た。


まあ、何を考えているのか分からない人だが、割りと間違ったことはしない。


…いや、研究に対しては倫理観とかそういう感情的なことは考えていないので人としては間違っているのだろう。


まず、自身で生活をしようとしない。意味がわからないと思うが生活をしないんだ。


やっていることは知識の研鑽だけ…なぜ食事さえ自分で取らないのか…。


失礼だけど、頭だけいい赤ちゃんと言っていいだろう。


「やあ、助手くん。時間通りに来てくれて嬉しいよ。君のそういう所は私好きだよ。」


 博士は僕のことを「助手」と呼ぶ。名前では読んでくれない。


なんでも来る人来る人すぐに辞めていってしまうため名前を覚える必要性を感じなくなったらしい。


僕は助手になって三ヶ月だ。三ヶ月も立てば名前ぐらい読んでもいいと思うのだが…まだ「助手」なのだ。


「はい、博士に言われた時間帯に来るぐらいしか僕には出来ないですから。」


 助手と言っても博士の雑用係なのだ。


雑用係でも理解できない部類の頼みごとも多く、勉強にはなるのでそこまで不満はないが…いや、料理とか洗濯のような家事は勉強になってもなぁ…。


博士といると人の上に立つ人物にはならなければ一生下でこき使われそうだと思ってしまう。


「謙遜は美徳だが、私に出来ないことを君がやってくれているのだからもう少し自信を持ってくれ。私は研究者としては一流だが、人としては破綻しているからな。」


 博士は研究に没頭するあまり餓死しかけたことがある。


とっさに近くにあった特殊環境下に生息する微生物の培地を飲んで一命を取り留めた話を笑い話で聞かされる。培地の成分によって一時期肌が黄土色になったというオチ付きだ。


「自覚あるなら人としての最低限は自分でやってくださいよ…」


 博士の身の周りのお世話も助手の役目なのだ…。


「まあ、そんなことは置いておこう。喜べ、助手くん。タイムマシンが出来たぞ。」


「いや、置いておかな…」


 サラッとタイムマシンが出来たことを告げられた。


「まあ、一方通行なのが欠点だが。」


「いや、博士。」


「とりあえず、私未来に行ってみようと思う。助手くんは付いて来るかい?」


「は?」


 発想の順番をかなりスキップして話を進める博士に僕は「こいつ頭おかしい。大丈夫ですか?」の意味の相槌打つしかなかった。


「博士、僕は一般人ですのでゆっくり順を追って理解したいと思います。」


「ああ、いいだろう。助手くんの理解を待ってやろう。」


 偉そうだが、この方法でしか博士を理解することは難しいだろう。


「まずは、タイムマシンの完成おめでとうございます。安全性は問題ないのですか?」


「問題ない。私が作ったのだ。問題があれば完成と認めない。」


「一方通行は問題では?」


「あれは仕様上仕方ないものだ。欠点ではあるが、問題ではない。」


「では、戻ってこれないのに未来に行こうと思うのは何故です?」


「え?今の知識より未来の知識が進んでいるに決まっているだろう?」


「いや、未来が大量破壊兵器や地球の地殻変動、エイリアンの侵略などがあり、文明自体が未来に消失している可能性がありますが?」


「ああ、それなら問題ない。」


「問題ない?それはどういう意味です?未来予知でも先生はしたのですか?」


「いや、先ほど未来の私がここに来て教えてくれたよ。」


「タイムパラドックス!!!!博士何やってるんですか!?アホですか!?」


「落ち着き給え助手くん。」


「いやいや、未来の博士は何を呑気に過去の自分に会っちゃってるんですか!?というか、さっき言った仕様はどうなった!?過去に戻ってるよ!?」


「助手くん、タイムマシンが出来た時点でタイムパラドックスは起きる前提なのだよ。」


「いや、そこを起きないようにするのが開発した人の責任とかじゃ…」


「違うな、開発した人に責任はない。責任は悪用した人にある!」


「どっちも先生じゃないですか!」


「まあまあ、私が『タイムマシンを作ろう!』と考えた時点でタイムマシンは出来ていて、そしてこの事故は起きることが分かっていたのだ。」


「分かってやったなら人為的な事故ですけどね!」


「そして、この事故の歪みを直すために私は未来へ向かうのだ!というより向かわねばならぬ!」


「え?歪んでるんですか?」


「ああ、歪んでいるはずだ。未来の私は事を告げると霧散する様に消えたからな。」


「博士!自分のことを他人事とのように言わないで下さい!」


「まあ、大丈夫だろう。消えたと言うことは新しく出来たということだ。それが『私が未来へ行く未来』だということだ。」


「無茶苦茶ですよ…」


「いや、一般論で言う無茶苦茶はまだ始まったばかりだ。」


「エッ、ナニヲイッテルノデスカ?」


「さて、そこまで言ったところでタイミングとしてはバッチリだろう、入りたまえ、娘達。」


 そういうと僕が入ってきた入り口から子供達が実験室に入ってきた。みんな同じ顔の女の子だ…そして、博士によく似ている。七人もいる…。


「 」


 僕は絶句するしかなかった。


「私が未来へ行く際の懸念事項が何個かあるが、まあ、この娘達が解決してくれるだろう。自慢の娘達だ。」

 

「 」


 僕は絶句するしかなかった。


「ということで娘達よ!母は未来へ飛ぶ!未来の私が言っていた!我が娘に世界を託せば問題はないと!それを信じよう…。」


 博士達(博士のクローンだろう)は一様に僕を見ている。


「いや、助手はやらんぞ!助手は私になくてはならん。私が死んでしまう。」


 博士は何かを悟ったようで僕を庇うように抱き寄せる。

博士達が目を合わせて一人ずつ言葉を発する。


「いや、母様」「私達も死んじゃう」「助手なしとか」「未来が絶たれた」

「母様だけずるい」「助手をよこせー」「生活がかかってる」


 一様に人としての生活が出来ないことを進言する博士達。

すると一人の子供博士が思いついたように


「助手のクローン作るのは?」


 博士と博士達全員が「それだ!」というように目を合わせる。


「いや、博士」


 ここでようやく僕は言葉を発することを思い出した。


「助手くん!頼む!娘達の命がかかっているのだ!許してくれ!」


「いやいやいや!!」


「助手ー」「頼むー」「助けてー」「死にたくな―い」

「こんな子供なんだぞー」「かわいそうだと」「おもわんかー」


 博士達がわらわらと僕のそばに駆け寄ってくる。


「うわ、やめて!服引っ張らないで!というか普通にだめだよ!クローンになった僕のことも考えてよ!可哀想だよ!」


 どうだろうか、もし僕がクローンだと言われたら…替わりはいくらでもいるなんて言われたらとても悲しい。


「ふむ、そうか。ではそれは娘達に聞いてみよう!どうだい?悲しいかい?」


「いや、別に」「そんなには…」「母様の替わりじゃないし」「理解してくれる仲間いっぱいいるから」「逆に嬉しい」「むしろ母様可哀想」「だれも理解してくれない。」


 あれ?そんなに悲しくないのかな?むしろオリジナルが哀れまれている…?


「あれ、じゃあいいのかな?」


「よし、いいな。娘達よ、聞いたな!助手くんは了承してくれたぞ!私達が生きるために助手くんが必要という事を!あと、私は哀しくないぞ!!」


「おっしゃー」「本人の了承きたー」「これで生きられる」「未来への希望見えた」

「言い逃れは出来ぬ」「言質取った」「じゃあ、もういいよね?」


「よし、本人の了承も得たところで、入って来給え、助手くん達!」


「エッ」


 そういうが早いか、また実験室の入り口から子供達が入って来た。みんな同じ顔の男の子だ…小さい頃の僕によく似ている…七人もいるよ…。


「いやー、七人の私の子供を作ったのはいいんだが、世話する者の事を考えてなかったのだよ。なので急遽、助手くんの子供七人を作った。」


「 」


僕は絶句するしかなかった。


「助手ー」「私の助手―」「お腹すいたー」「だっこしてー」

「残念だったな」「父様は了承したな」「これからもよろしく頼む」


 博士の娘達は僕の僕達(僕のクローンだって…)と話をしている…

僕の子供達はこちらを見ているが、一様に諦めた様な目で僕を見ている。


「あ、あああ…」


 僕は膝から下の力が入らず崩れ落ちるしかなかった…。罪悪感で目の前が真っ暗だ。


「しょうがない」「知ってたよ」「こうなるしかなかった」「父様に落ち目はない」

「こういう運命だったんだ」「もう起きてしまったことだ」「それに不幸ではないよ」


 僕達がヘたり混んだ僕の肩に手をかけて一言ずつ言葉をかけていく。


「まあなんだ…事後報告になって申し訳ない。君がそこまでショックを受けるとは思わなかった。」


「一般人にはキツすぎる仕打ちです…」


 勝手にクローンを作られていたなんて…


「さて!助手くん!これで後方の…過去の憂いは断てた!一緒に未来に行こう!」


「いや…僕はこの子達…僕達に償いをしなきゃ…一緒に一生暮らさなきゃ…すまない、すまない。」

 僕達は不幸ではないと言っていたがそれでも今後のことを考えると僕は幸せになってはいけないような気がする。償わなければ…。


「ふむ、これは重症だな。すまないが助手くん達よ、説得してくれないか。」


「いや、気持ち分かる」「正直ひどい仕打ち」「頭おかしい」「もっと理解するべき」

「反省して下さい」「言いたいこと言われた」「父様には同情する」


「ああああああああああああ」


「こら!助手くんが壊れてしまってるぞ!どうしてくれる!」


「そうだそうだ」「父様に何をする」「ひどいじゃないか」「助けてあげてよ」

「助手達の父様だろ」「私達の父様でもある」「私達の助手がー」


 僕側と博士側に完全に二分された僕達と博士達。

元々二人なので二分されるのは当然だろう。

そして、僕達の気持ちが暖かすぎて涙が出てくる。僕のせいでクローンとして不幸な人生を歩まざる得ないのに僕に味方してくれる。


「父様、泣くな」「男だろ」「博士に笑われるぞ」「悲しいのは分かる」

「嬉しいのも分かる」「父様の子だからな」「あと、不幸じゃないと言っている。」


 僕の心の読んだ答えが周りからかけられる。

僕達と博士達は「クローン」とあえて口には出さない。

きっとクローンという無機質な者ではないと言いたいのだと…思う。

不幸でもないと言っている。

クローンと口に出さず、クローンと認めなければ。

自分達は作られた人ではないと。

作られた者ではないと。自らの意思で行動していると。


僕の勝手な妄想じゃないか…そんなはずないのだ。僕が都合よく考えているだけだけだ。


でも、僕に触れる僕達の手は強くて暖かい。

これも勝手な妄想だと思うが、「信じろ」と言っている気がする。


「いかんぞ、娘達。この状況はいかん」(ヒソヒソ)

「大変だ」「助手と対立」「死あるのみ」「生命の危機」

「和解せねば」「これが世界の危機」「未来に行く理由か…」


「えっ?」

未来に行く理由?


「あれ?」

「ばれた?」「ばれた??」「ばれたかも?」「ばれたよ」

「でもいずれ言うこと」「しょうがない」「むしろばらした」


未来に行く理由がこれ?

この子達の為に出来ることがあるのか?


「助手くん、落ち着いて聞いてくれ。未来から来た私は言っていた。『複製はいかん、生命の危機。未来に行って、過去に行き私自身を救え』と。」


「つまりどういうことですか…?」


「解釈と想像を加えて起こったことを考えるとだな。」


一呼吸置いて博士は話始める。


「クローンの研究により自身のクローンを作った私は娘達の生活の為に助手のクローンを作製した。しかし、そのことを知った助手は私を見限り(グスッ)助手くん達と研究所を出て行ってしまい(グススッ)私は一人で生活できずに…娘達と…うわーん!いやだよー!助手見捨てないでくれ―!」


 話の途中から泣き出してしまった博士は僕の服に縋り付いてくる。


「割りともう見限ってますよ。」


 もう博士と呼ぶ必要もないかも知れないな…。


「いやー!助手ー!ま、待ってくれ。まだ、方法はある。今の話でわかっただろう?未来に行って過去に行ってタイムパラドックスで」


 必死に説得してくる博士。ちょっと面白いというか今までの意趣返しも踏まえて少し意地悪したくなった。


「いや、べつに僕と僕達は博士達と一緒にいる必要はないはずです。困るのは博士達だけですよね?」


「そうだね」「愛想尽きた」「やっぱりひどいよね」「利己主義」

「父様についてく」「博士は天才だから」「大丈夫だよね」


 僕の意図を汲み取ったのか一緒になって博士をいじめ始める僕達。さすが僕、わかってる。


「ま、待って」「助手ー!」「ほんとうに見捨てる?」「だめだー!」

「絶望」「謝るから」「行かないで」


それぞれ担当の助手なのか迷わず一人ひとりに縋りにいく博士達。


「どうする?」

 一人の僕が代表で僕に聞く。

僕達が僕を見ている。別に恨みだとか絶望だとか期待だとかそんな目線ではない。

ただ、判断を委ねている。

許すのか許さないのか。

僕が聞きたいぐらいだ。それでいいのか僕達。僕なんかに選択を委ねて。

いや、僕だからこそ任せたのだ。

僕がクローンでもきっと任せてしまうのだろう。

結果は分かっているのだろう。

なんだよ、こいつら見た目は子供だけど僕よりしっかりしてるじゃないか。


「許すよ、そして未来に行こう。僕達の為に。」


「今は不幸じゃない」「不満もない」「苦痛もない」「困ってもない」

「嫌じゃない」「だからと言って」「納得はできない」


「間違っていると僕は思う。だから、未来に行こう。そして過去に行って博士を止めよう。」


「助手くん…」

「すまない」「ごめんね」「申し訳ない」「許してくれるのか」

「希望を見た」「助かった」「じゃあ、頑張ってね」


「私が改めて聞くのもおかしいけれど、本当にいいのかい?戻ってこれる保証はないよ?」


「大丈夫です。未来の博士は今の博士に会ったんですよね。なら戻ってこられる保証は無くても可能性はあります。未来に行って可能性の有無さえ分からないよりはマシです。」


「結構きっぱりと決めることが出来るんだね。助手くん。少し見直したよ。」

「僕は考えを改めましたよ…」

「そんなぁ~」

 博士はヨヨヨと傷ついた様に倒れこむ。


助手歴3ヶ月にして未来に飛ぶことになった。片道切符だ。

持ち物は生活力皆無の女の子。

目的は過去の博士を止めること。


無茶苦茶だ。笑えてくる。

でも、


「助手ー」「お腹すいたー」「疲れたー」「おんぶー」

「お風呂ー」「着替えー」「す、少しは自分でやって…み…やっぱ無理」


「はいはい」「今オムレツ作るから」「肩揉むよ」「どこいくの?」

「入るのは自分でね」「着替えは用意するよ」「もう少しだから頑張ってみよう」


僕にはこの子達の未来(運命?)がかかっている。


それに、

「助手くん」

「なんですか博士?」

どうにも見捨てきれない人だから


「君のクローンを作っても私を見捨てないでくれますか?」

「だめです。」

 だめなものはだめです。

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