鶏口となるも牛後となるなかれ
夜。俺は宿屋の部屋で、一人途方に暮れていた。
「馬鹿な……有り得ない……」
何だか数日前にも同じセリフを言ったような気がするが、状況が同じなので仕方がない。
何と俺は、今日だけで20の店にお祈りされてしまったのだ。
お祈りと言う言葉がこの世界の基準的に正しいのかどうかはわからないが、採用されなかったという点では同じである。
大体面接……と言えるほど高尚な感じではないが、俺の就職活動は次のような感じである。
「雇って下さい。この店を大きくしますから」
「方法は?」
「これから考えます」
「帰れ」
ああ! 何と心の狭い店主たちであろうか! 俺の将来性に賭けるという事が出来ないのか! 全く、これだから田舎者は……。
大体、俺はこの世界に来たばっかりなんだから、具体的な方策なんて思いつくはずないじゃないか。だからゆっくり考えながら店を大きくしていこうと前向きな提案をしているのに、その機会さえ与えないとは……。彼らは『蒔かぬ種は生えぬ』と言う言葉を知らないのだろう。
『おお、繋がったわ』
唐突に頭の中に聞き覚えのある声が響いて来た。この感覚は……。
「アルミリアか。久しぶりだな」
目を閉じてみると、脳裏に偉そうなちびっこがふんぞり返っているイメージが浮かぶ。相変わらず暗い部屋にいるみたいだ。
『二日ぶりぐらいじゃがな』
「そんなことはどうでも良い。何の用だ」
『何じゃ、横柄な奴じゃな。折角様子を聞いてやろうと考えたのに』
どっちが横柄なんだか……。だが、こいつには聞きたいことがあったのだ。
「なあ、アルミリア。俺の身体能力は前世の物を引き継いでいるって言ってたよな」
『ああ。それがどうかしたかの?』
「俺って、自慢じゃないけど前世では特別強い男では無かったんだ。だけど、今は盗賊五人を素手でのしちまえるぐらいの実力になってる。これは何でなんだ?」
『ふむ……』
アルミリアは顎に手を当てて考え込む仕草だ。
『断言は出来ん。推測になるが、聞くか?』
「ああ」
『わらわは「世界の違い」じゃと思う』
「世界の違い?」
『そうじゃ。わらわはお主を別の世界から転生させた。その、お主が以前いた世界の環境がここよりも過酷だったのじゃろう』
過酷、と言われてもピンとこないな……。
『難しく考えるな。この星よりも重力が少し重いだとか、空気が少し薄いだとか、そう言う些細な事で人の体の強度と言うのは大きく変わる。
その環境に適合できているお主にとっては何ともなくとも、この世界の人間には辛い環境だ、とかそう言う事も有り得るのじゃ』
そう説明されると、納得できなくもない。つまり、俺はこの世界では何もしなくても一定の実力は保証されるわけだ。
『しかし、お主は何処にいるのじゃ? 盗賊と戦うことになるなど、ロルカ村と言うのはそんなに治安が悪い所なのかの?』
「ああ、俺はロルカ村を出たんだ。今はシリスタと言う町にいる」
『シリスタ? 聞いたことが無いのう』
シリスタも聞いたことが無いのか。まあ、ここも田舎みたいだしなあ……。
『して? おぬしはそのシリスタをやらで何をやっているのじゃ?』
「俺は仕事を始めようと思っている」
『何の仕事じゃ?』
「商人に決まってるだろ」
『何が決まっておるのやら……。折角腕っぷしが強いなら、傭兵でもやればよかろう』
「やだね。俺は将来起業して、一流のビジネスマンになるのが夢なんだ」
『お主は時々よく分からん言葉を口にするのう……して、首尾はどうなのじゃ? 何処か決まったか?』
「それは……」
俺の沈黙の意味を、アルミリアは正しく理解したらしかった。
『駄目みたいじゃな』
「ま、まあな」
『お主、どうせさっきみたいな訳の分からない言葉を使いまくっているのじゃろう?』
「え? ビジネスマンとかワールドワイドとかイノベートとかアントレプレナーとかそういうの?」
『それじゃそれ。意味が分からん』
アルミリアはそう言うが、俺には通じない意味が分からん。
「あのさ。何で俺が生前使ってた言語がそのまま通じるのに、ビジネスマンとかの意識高い言葉は途端に通じなくなるの?」
『説明すると少し長くなるがな……。まずお主の言葉は、正確に言うと「そのまま通じている」わけでは無い』
「どういうことだ?」
『つまりじゃな。お主を転生させるとき、わらわは一つ魔法をかけたのじゃ。意識の共有の魔法じゃ。これが掛かっている限り、お主が言いたいことは、言葉などの媒体に乗せれば勝手に伝わるようになっておる。つまり、お主の言葉と言うより、お主の感情を直接伝えているのじゃな』
「だけど、それだと特定の言葉だけ通じないのはおかしいじゃないか」
『おかしいことはないわ。相手に通じない言葉は、つまりお主自身が意味をよく理解できていないという事じゃ』
「馬鹿な……」
ワールドワイドもイノベートも、ちゃんと意味は知っている。説明しろと言われれば難しいけど……はっ! 駄目じゃねえか! 他人に説明できなきゃ、伝わるはずねえ!
『……納得したみたいじゃな』
「……ああ」
代わりに、直視したくない現実が見つかったけどな。
「つまり、簡単な言葉に言い換えれば、俺も就職先が決まってウハウハ?」
『可能性が無いとは言わんが……お主の場合、その傲慢な性格にも問題がありそうじゃしのお……。大体、お主は何故シリスタとやらで仕事を探しているのじゃ?』
来た! この質問には、俺は格言をもって答えるぜ!
「鶏口となるも牛後となるなかれ」
『何じゃ? それは?』
「俺の世界の格言だ。大きい集団で埋もれるぐらいなら、小さい集団の先端に立てって事さ」
『それがどうした?』
「分からないか? つまり俺は、このシリスタと言う小さい町で頂点を目指すのさ。本当はもっと大きい街で働きたかったが、鶏口となる為にだな……」
『お主は阿呆か』
……何? 何て言いやがった? このちびっこ。
『身の程を弁えよ。お主はこの世界では何の後ろ盾も無い無職じゃ。しかも性格は傲慢と来ている。お主のような者を雇う奴がどこにいる?』
「だ、だが仕事はしないと!」
『鶏口となるも牛後となるなかれ』
「それがどうした?」
『お主は本当にこの言葉の意味を理解しているのかのう? わらわには、そのシリスタと言う町でさえもお主にとっては牛に見えるわ』
「だが、それなら鶏は……」
そこで気が付いた。俺にとっての鶏。もう既に見ているじゃないか……。
「ロルカ村……」
『主にとっては、そこが始まりの場所としては最適じゃろう。本当に鶏口となりたいのなら、考えてみるがよい』
「…………」
ロルカ村を出てわずか二日。俺は、非常に早い出戻りをする羽目になった。