生誕祭の終わりに
俺とミミカは、その日大いに祭りを楽しんだ。
流石はラオネル最大の祭りと言うだけあり、他国の商人も店を出していたりした。
隣のブリンドル王国や、さらに東にあるロスメルト連邦から来るもいるという。
他国の商人が出品している料理は当然ながら見たことのないものばかりで、俺とミミカは新鮮な味わいに舌鼓を打った。
屋台は食べ物だけでなく、遊戯関連の物も少なくない。
意外と日本と似たようなゲームもあり、輪投げの様な遊びや、小型の弓を使った射撃など、なかなかヴァリエーションに富んだ遊びを楽しめた。
ビルヒジスタに来てから最も楽しいと言っても過言ではない時間だった。
しかし、悲しいかな。楽しい時間は過ぎるのも早く、まさに矢の様に過ぎ去ってしまった。
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太陽が西の山に姿を消していく。もうすぐ日は完全に沈み、夜がやって来る。
往路の端々にもイルミネーション……ではないが、ランプの明かりが灯りだし、夜を迎える準備を始める。
気の早い商人は既に商いを止めて、屋台を片付け始めている。
祭りが終わりに向かうこの時間帯は、何とも言えぬ寂寥感を醸し出す。
「いやあ、楽しんだな、ミミカ。そろそろ帰るか?」
「ええ~、何言ってんのさ、ハルイチ! 生誕祭はこれからが本番じゃんか!」
「んん?」
「忘れたの? 今日は聖女フォリアナの聖誕祭なんだよ?
劇を見なくちゃ終れないよ!」
「ああ、そう言えばそうだったな」
「そうだよー! ミミカ、始めてみるからすっごい楽しみにしてたんだからね?」
抗議をするように腕をぶんぶんと振り回すミミカ。
劇を見ていくとその分店に戻るのが遅くなるが……流石にここで帰ろうと言えるほど俺は無粋な人間でもない。
「はは、悪い悪い。劇ってのはそろそろ始まるのかな?」
「ううん、まだ一刻ぐらいはあるよ。でも、劇は生誕祭の一番の催しだから、場所取りも激戦らしいよ!」
「……この様子だと、一刻程度じゃ前倒しにしても焼け石に水なんじゃないか?」
「と、取りあえず行ってみようよ!」
「そうだな」
何事も、やる前に諦めると言うのはよろしくないよな。
俺とミミカは、生誕祭の劇が披露されるビルヒジスタの中央広場へと急いだ。
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結論から言うと、俺達はあまりいい場所が取れなかった。
劇が催される広場は直径が100m位の円形と言う中々の大きさで、その北の端の辺りに、幅が10m位の舞台が作られると言う感じだろうか。
俺達は、その広場の中にすら席を取ることが出来なかった。人によっては前日から席を取る程のイベントらしく、やはり考えが甘かった。
では俺達が何処にいるかと言うと、大雑把に言えば門の上だ。
この広場には贅沢なことに城門の様にしっかりした開閉式の扉が設けられており、その上はまるで橋の様な足場がある。
普段は立ち入れるような場所ではないのだが、今日は特別に解放されている。
ライブなどに例えるなら、二階席と言った所か? いや、それよりも見づらいな。
うーむ、別に料金を取る催しではない以上、場所取りは自由のはず……。場所取り代行の商売とか結構儲けが出るんじゃないかな。もうありそうだけど。
「あ、ハルイチ! 始まるみたいだよ!」
そんな事を考えているうちに、舞台の準備が整ったらしい。
舞台を照らすように幾つものランプが灯る。10人ぐらいの役者たちが光に照らされた舞台に上り、綺麗な動作で礼をした。
最前列に座る人々が拍手を始めると、喝采は波紋の様に広がっていき、割れんばかりになる。役者が出て来ただけでこの盛り上がりか。どれほど皆がこの劇を楽しみにしているかがわかるな。
拍手の波が落ち着くのを待ってから、代表者らしき壮年の男性が一歩前に進み出た。そして、俺達の位置にまで届くほどの声量でもって挨拶を始める。
「ようこそいらっしゃいました! 紳士、淑女の皆様!
私はトレイラー一座の座長を務めております、マック・トレイラーと申します!」
そういって座長はもう一度上品な礼をして見せる。
「へー、今年はトレイラー一座なんだ。意外と際物を連れて来たなあ」
「ミミカ、知ってるのか?」
「そりゃあ、一応同業者みたいなものだったし。何でも、実力は確かなんだけど、劇に変なアレンジを加えたりするから、賛否両論になることが多いらしいよ」
「よくそんなのを連れて来たな」
「今までが逆に刺激が無さすぎたんじゃない?」
確かに、トレイラー一座と聞いて、盛り上がりを増したものもいる様だ。勿論不安げな顔つきの者もいるが。
「本日は卑しくも聖女フォリアナ様の生誕の再現を演じさせていただきます。
それに加えて、アリアスの町の巡礼、ミハラの町の救済、そして旅の終わりを演じさせていただきます」
演目は特に普段と変わり映えしないのか、そこかしこから落胆のため息が漏れる。
しかし、次に座長が放った一言が、観客たちに大きな反響を呼んだ。
「なお……今回はロット版の解釈で公演させて頂きます!」
団長の言葉に、客たちがざわめく。
隣に立っているミミカも、驚いたように目を丸くしている。
「なあ、ミミカ。ロット版ってなんなんだ?」
「えぇ? ハルイチ、そんなことも知らないの?
フォリアナの旅に同道していたと一部で言われている、『エミリオーネ・ロット』が記した聖女フォリアナの記録だよ」
「それに基づいた劇を演じるってわけか。でもそれって、何か問題なのか?」
「問題と言えばそうかもね。何せ、ロット版は現在最も普及している聖書の内容とは全く違うんだから」
んん? 何だかおかしいな。
確かこの世界の聖書はフォリアナ自らが記した自分の旅の記録と、旅の中で回ったと言われる町に残る記録を照らし合わせて創られたはず。
だったら、旅に同行していたロットとフォリアナの手記に差異が出るわけがないと思うのだが。
「そんな事が有り得るのか? だってそのロットっていうのは、フォリアナと一緒に旅をしていたんだろう? 何で内容に差異が出てくる?」
「だから、ロットっていうのは別に同行者でもなんでもなくて、ただフォリアナ様の手記を勝手に改変して売名しようとした不敬の輩だって主張も根強いんだ」
「……成程、よくわかったよ」
しかし、よくそんな不確実な文献を基にした劇をやろうと思ったな。
客の中には罵倒の言葉を投げる者や、退席する者がすでに出始めている。
「御静粛に!」
団長は一際声を張り上げていった。
多分に威圧的な色を帯びたその声音に、客のざわつきが少し収まる。
「私共が今回ロット版を選んだ理由といたしましては、ただ偏にお客の皆様に新鮮な楽しみを感じて欲しいからにほかなりません!
聖女フォリアナを辱める心づもりなど微塵も持ち合わせていないことは、最後まで劇をご覧いただければご理解いただけると存じます!」
中々に凄い自信だな。
その言葉を聞いてなお退席する者も少なからずいたが、客の興味を引くと言う意味では一定の効果を上げたらしかった。
概ね静かになった客席を満足げに見回した団長は、ようやく劇の始まりを告げる。
「では皆様、開幕でございます!
本日は心行くまで、お楽しみいただきますよう!」
その声を合図に、一度すべての照明が落とされた。
気付けば太陽は既に沈み切っており、今は月明かりだけが広場を照らしている状況だ。暗闇の中で、俺の目が暗順応するより前に再び照明が灯る。
舞台の背景は、質素な木造の家に代わっていた。
そして、その家の中に一人の若い女性がいた。女性は両腕に赤ん坊を抱えているらしく、あやすように体を揺らしていた。
その場面を説明する為に、ゆっくりとした女性のナレーションが広場に響く。
……思えばそのナレーションの内容こそ、俺がこの世界の真実に触れる最初のきっかけになったものだった。
『遥か遥か昔の事。ここ、ナブダルの地で、一人の女性が生を受けました。
その者の名は……』
――フォリアナ。フォリアナ=アルミリア。
そう。聖女フォリアナのフルネームは、俺をこの地へと召喚した賢者、アルミリアと同じだったのである。




