金と宗教
「あら、あの屋台は一体何を出しているのかしらね」
メリリースさんは歩く速度を速め屋台に近づいていく。
人混みの中でなければ、走っているんじゃないかと言うぐらいのはしゃぎっぷりだ。
凶は生誕祭6日目。約束通りに俺はメリリースさんと祭りを回っていた。
俺とメリリースさんは、関係を言葉で表すならば『知人』以上のものでは無い様に思う。
それでも俺は一応男。彼女をエスコートしようと、ある程度の計画は立てて来た。
だが蓋をあけて見れば、メリリースさんは、奔放な態度で俺をぐいぐいと引っ張っていく。
年上の、それも理知的な女性であるメリリースさんの意外な一面だ。
予想外ではあったが、別に不快という事も無い。俺は自分のプランを捨てて、彼女に合せるようにして祭りを回っていた。
「へえ。この屋台では貝類を扱ってるんですって。バター焼きみたいよ」
「美味しそうですね。食べて見ましょうか」
「そうね。でも、他にも色々と食べたいものはあるのよね。ねえ、ハルイチ君。半分こしましょうか」
「いいですよ」
半分という事は、出費も半分かな。
俺はそう思って財布を取り出そうとしたのだ。
「ああ、いいわよ。私が言い出したことだし。ここはお姉さんが奢ってあげる」
……こういう場合、どうするのが正解なんだろうな。
言っちゃ難だが、貝のバター焼き一つ分の出費位、今の俺なら痛くも痒くも無い。
それはメリリースさんだって知っているだろうし、また彼女もそれは同じだ。
メリリースさんは年上だ。だから奢ってもらうのはおかしくない。
でもメリリースさんは女性だ。俺が持つ方が恰好がつく。
…………色々考えたが、俺は結局財布を仕舞った。
メリリースさんがそう言っているんだから、好意は素直に受け取っておこう。
正直、『私が払う』『いや俺が』なんていうやり取りは億劫なことこの上ない。
そんな事を考えていたら、メリリースさんは既に貝を受け取っていた。
大きいホタテのような貝で、貝殻がそのまま皿の様に使われている。
その中心には空に見合った大きさの貝柱が乗っており、バターで焼かれた香ばしい風味を漂わせている。
「それじゃ、頂きます」
メリリースさんが払ったのだから、当然先に食べるのはメリリースさんだ。
貝と一緒に受け取ったフォークで、メリリースさんは貝柱を切り取り、口に運んだ。
「……予想以上ね」
妙に神妙な表情で呟くメリリースさん。
普段から良い物食べてそうな気はするが……まあ、祭りの中で食べる物ってのは特別美味しく感じるものだしな。
「半分頂いたわ。残りはどうぞ」
「有難うございます」
残った半分をメリリースさんから受け取る。
こっちは全部食べていいみたいだから、切ったりしないでそのままかぶりつく。
……うん、美味いな。ホタテの調理法のマイベストは醤油焼きだが、塩で味付けされたらしいこいつも悪くない。そもそも、この世界に醤油ないし。
「美味しいですね」
「ええ。私、初めて食べたわ」
「初めてなんですか?」
「ええ、意外?」
「そうですね。メリリースさんはビルヒジスタに住んで長そうだし、生誕祭で何回かは食べてるものかと」
「確かに私はこの街、長いけど……だからって、ねえ。
生誕祭は100、200……軽くそれ以上の数の屋台が出ているわ。さらに、それは毎年場所を変え、商品を変える。全て網羅するなんてとても無理。毎年毎年、新発見の連続よ」
そう言うものか。
ってか、よくよく考えれば、ビルヒジスタ在住の人の意見を聞いたの初めてだな。
そう聞くと、別の側面からこの祭りの盛大さがわかる。
そして、それはひいてはフォリアナ教と言う宗教の権勢そのものともいえる。
「やっぱり生誕祭……っていうか、フォリアナ教って凄いんですね」
何気なく零した一言。だが、メリリースさんは、待ってましたとばかりの表情を浮かべた。
「ふふ、その通り。フォリアナ教っていうのは、とても影響力があるの。どれくらい影響力があるのか、具体的に見てみたくない?」
随分と変な誘い文句ではあるが……メリリースさんの声音は真剣味を帯びている。
もしかして、これが本題か。
メリリースさんが、目的も無く俺を誘うとは考えにくい。
彼女は、俺に何か見せたいものがある。それなら、今の若干強引な話題転換も、納得がいくと言うもの。
用件はわからないが、生誕祭の中で見られるものなら危険もあるまい。
「興味深いですね。教えて頂けますか」
「そうこなくっちゃね」
俺の考えは正しかったらしく、メリリースさんは得意げな笑みを浮かべた。
***
俺達はビルヒジスタ外周部、南ブロックに来ていた。
ここは一言で表現するのが難しい、珍妙なエリアである。まあ、逆に言えばその一言で説明がつくともいえる。つまりは渾沌としたエリアなのだ。
公園の中に住居が立っていたり、堂々と売春宿が表通りにあったり、酒場の隣に教会が有ったりする。
「ここはビルヒジスタで一番最後に開発された土地なの。……いえ、開発されたわけでは無いわね。街からあぶれた人間が勝手に住み着いて、気が付けば街になっていたという感じらしいわ」
メリリースさんも直接その発展を目にしてきたわけじゃないのかな。それなら、意外と歴史があるのかもしれない。
「それで、ここで何を見せてくれるんですか?」
「とっても興味深い光景よ……うふふ」
メリリースさんは、前述した酒場の隣の教会に入って行った。
酒場の隣の教会……いかにも生臭い雰囲気だな。
訝しみながらも、俺も続く。
「私は戦争で多くの人を殺めました! ですが、仕方が無かったのです! 上官の命令に背けば、私が危なかったんです! 神よ! どうかお許しください!」
教会の奥、声の日々からするとおそらく礼拝堂の方から、男の声が聞こえて来た。
何が言いたいのかよく分からない文言だな。懺悔したいんだが、言い訳したいんだか。
「丁度いいわ。覗いてみましょう」
小走りで進メリリースさんにペースを合わせ、礼拝堂に急ぐ。
少しだけ扉を開けて見てみると、そこには大方予想通りの光景が。
礼拝堂の中には、20人近い人がいた。
その中心では小太りの中年男性が膝をついて祈っており、その眼前では聖職者らしい男が中年男性の頭に手を置いている。
「よく告白なさいました。人の命を奪う。許されない事ですが、貴方の真摯な祈りはきっと主もお聞きになります」
聖職者は若い青年だった。笑顔を浮かべているが、何となくひどく胡散臭い。その言葉と言い、立ち振る舞いと言い、全てが。
「ですがもし、貴方が本当の意味で安らぎを求めるのなら、主に明確な形で感謝をするべきと思われます」
「はい。心得ております。こちらに」
やり取りの意味がよく分からなかったが、続く光景ですぐに把握した。
懺悔していた男は、ジャラジャラと音のする布袋を聖職者に差し出す。
聖職者はそれを受け取り、代わりに一枚の紙切れを渡した。
「この札は、主が貴方をお許しになった証です。もしなくすような事が有れば、その庇護は絶対のものではなくなります。ご注意を」
「有難うございます」
……金で許しを請う、か。
こう言ったことは地球でもあったらしいな。所謂『免罪符』の販売だ。
「神父様。次は私の懺悔をお聞きください」
「いや、次は俺が……」
今まで黙って見守っていた人々が、我先にと告解したがっている。
妙な光景だ。
「もう十分。行きましょう」
メリリースさんが小声で俺に告げて来た。
確かに。恐らくメリリースさんが見せたかった光景は十分堪能した。
俺達はこっそりと、教会を後にした。
***
中央部に戻る道すがら、俺は先程見た光景に付いてメリリースさんに確認していた。
「あれは、やっぱり神の名を語って集金している……ってことですよね」
「その理解で結構よ」
……また、えらく微妙な問題だな。
俺はフォリアナ教のみならず、地球の宗教に対しても敬虔な信仰心を持ったことは無い。
そんな俺だから、さっきの光景には一種の詐欺のような感想を抱いたが、告解している本人はいたって真剣であった。
あれを詐欺と断言することは出来ないよな。だから宗教は難しい。
「あれは詐欺よね」
……と思ったのだが、メリリースさんはその踏み込みにくい領域に一気に突っ込んだ。
こうなると、俺も言いたいことが言える。
「俺もそう思います」
「分かってもらえて嬉しいわ。宗教って敵に回しづらいから、はっきり言える人が少ないのだけど……やっぱりハルイチ君に見てもらって正解だったみたいね」
「俺を見込んでもらったのは嬉しいですけどね。ですが、俺にあれを見せてどうしようっていうんですか?」
まさか、あれを止めろって事じゃないだろう。
本人たちが納得している以上、あれは別に被害者がいるような物じゃない。下手に首を突っ込むような事案とは思えなかった。
「あれはね、ほんの一角よ。生誕祭と言う時期、そして混沌とした南区だからこそちょっとした規模で行われていたけど、ラオネルのどこでも同じようなことは行われているわ。
そして、そうやって集めたお金の一部はフォリアナ教の中心部に動く。すでに、結構貯めこんでいるはずよ。問題はここからなのだけど、そのお金が何に使われるのかよ」
「何に? そこまで考えてませんでした。生臭い牧師たちの酒代か何かですか?」
「そうだったら平和だったんだけどね。
どうやら、次のコンクラーヴェの為の資金の様なの」
コンクラーヴェ……俗っぽく言えば、宗教のトップを決める選挙のことだ。
「現教皇のニコルは、近いうちに生前退位を表明しているわ。恐らく、自分の派閥であるレオン枢機卿に後を継がせるつもりでね。でも、それに主席枢機卿であるブノワは反発しているのよ」
……派閥争いか。仮にも宗教団体なんだから、もっと穏便にやれないものか。
「現在の状況はブノワ派が優勢。やっぱり教皇を世襲制か何かと勘違いしているようなニコルに反発を覚えるものは多いもの。
焦ったニコル派はなりふり構っていられなくなった。それでついに、実弾を使い始めたの」
実弾……金の事か。
「ニコルはブリンドル寄りの人間よ。ラオネルが王国じゃないのも、最終的には彼のせいね。逆に、ブノワはラオネル寄りの人間と言えるわ。まあ、これはニコルに反発しているだけでしょうけど……理由なんかどうでも良いわ」
メリリースさんの言いたいことが分かった。
「つまり、ラオネルに住む者としては、ブノワがコンクラーヴェに勝つことが望ましいと」
「そう言う事」
「そして、その為にはさっきみたいな強引な集金を止めるのが、助けになるってことですね」
「物分かりが良くて助かるわ。具体的な方法はこれから詰めるけど、すこし協力していただけないかしら?」
「わかりました」
取り敢えず、今はこう答えておこう。
後でメリリースさんの言った事実関係を確認し、その上で改めてどの程度協力するかを決めて行こう。
「ありがとう。助かるわ」
俺の意図を知ってか知らずか、メリリースさんは笑顔で応えた。
それにしても、今度は宗教ね。戦い……と言う表現が正しいのかはわからないが厄介話になりそうだった。
済みません。
最近、リアルが急に忙しくなったので、今までより更新速度がかなり落ちます。
それでも週に一回以上はする様に頑張りますので、よろしければお付き合いください。




