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生誕祭本番 ミミカ&レイラ編

 生誕祭も今日で4日目。

 まあ、1日目は有って無いような物だから、体感的には三日目ぐらいだけど。

 ビルヒジスタの人口密度も、さらに上がってきている気がする。

 やっぱり祭りに全日程参加するのは大変だから、途中から来る人とかもいるのだろう。

 俺はそんな人で溢れる中央部を抜け、北のブロックへと向かっていた。

 ここにはミミカがいるはずだ。

何故『はず』かと言うと、ミミカのいる場所は一定ではないからだ。

 ミミカは他の三人と違って、決まった位置に店を出すというスタイルでは無い。

 人の集まる場所に行き、そこで芸を披露して御捻りをもらう。常に人の多い場所に移動できるのは、ミミカならではの強みだ。

 一応ミミカからは行動の予定表を貰っているが、これはあくまで予定だ。

 人が少なければ別の場所に移動するだろうし、儲けが多ければ動かない事も有るだろう。

 最悪、会えない事も有るかとさえ考えていたのだが……。


「さあさあ、御立合い! 私はワーナー一座出身のミミカ。これから私と、このドラゴンの子供のアルが、とってもとっても楽しい芸の数々をお見せします!」


 ミミカの元気のいい声が聞こえて来た。

 有名なサーカス団である『ワーナー一座』の看板まで使うとは……随分と強かになったものだな。それに、『ドラゴン』を強調するような話し方。

これなら遠くにいても見に行ってみようと思ってしまう。やはり、人を呼び込むことにおいては俺の仲間の中でもミミカがずば抜けている様だな。

 事実、俺の周りにいた人々も、速足で声が聞こえてきた方に向かい始めた。

 せっかくだから、俺もその波に乗ってミミカの方へ歩く。

 ミミカが何処にいるかはすぐにわかった。なにせ、人が一際集まっているからな。

 ……ミミカがそこにいるのはわかったのだが、ここからじゃ見えない。客が多すぎる。

 

「さあ、次はアルがミミカのラッパに合わせて踊ります!」


 そして、ミミカの吹くラッパの音が聞こえてきた。

 それとほぼ同時に、観衆から『おお!』『可愛い!』『凄い!』などの声が聞こえてきた。きっと、宣言通りにアルが踊っているのだろう。……見えないけど。

 人をかき分けて見に行くことだって出来ないわけじゃないだろうが、やめておこう。俺はミミカの芸を見る機会はこの先何回もあるだろうからな。

 今日しか見られないかもしれないお客さんたちの邪魔はしたくない。

 ま、まだ昼休みは結構あるし、気長に待つか。

 俺は近くの屋台で串焼きの肉と飲み物を買ってきて、ミミカの客たちがあげる歓声をBGMにして食事に勤しんだ。


 体感で大体30分ぐらいだろうか。

 ミミカの芸が一通り終わったらしく、彼女を取り囲んでいた人々も解散し始めた。

 声を掛けるチャンスだ。

 人混みをかき分けてミミカに近づく。そこで気が付いたのだが、ミミカは見たことの無い中年男性に熱心に声を掛けられていた。

 何の話をしているのかわからないが、ミミカはちょっと困ったような表情で首を振っている。

男に害意はなさそうだけど、俺も行った方が良いだろうか……などと逡巡している間に、話は終わった。男性は肩を落としてミミカから離れていった。


「やあ、ミミカ」


 俺が声を掛けると、ミミカはパッと笑顔を甦らせた。


「あ! ハルイチ! 来てくれたんだ!」

「やっぱりどうしてるか気になったからな。ところで、さっきの男性は?」

「ああ、あの人ね……なんかさ、ミミカの事を雇いたいって言ってきたの」

「随分と熱心だったな」

「うん。断るのに苦労しちゃったよ……ミミカの腕を買ってくれるのは嬉しいんだけどね。

 もー、これで三回目だよ」


 何でもなさそうに言うミミカだが、それって結構すごいことじゃなかろうか。


「随分と評判が良いんだな」

「まあねー。ほら、見て見て、今回もこんなに貰っちゃった」


 ミミカが集金に使ったシルクハットを見せてくれた。

 中に入っているのは銅貨、銀貨が殆どだが量が多い。ノアの一日の売り上げ位なら軽く上回ってそうだ。


「1日に何回ぐらいやってるんだ?」

「10回くらいかな。1回の時間を短くして、回数を増やすようにしてるの。そっちの方が回転が良いから」


 確かにそっちの方が効率が良いだろうな。特に人が多い日だし、少数をじっくり楽しませるより、多くの人に見てもらう。合理的な発想だ。

 だが、心配なこともある。実際の公園の時間が短いと言っても、それ以外の時間を休憩に当てられるわけじゃない。むしろ、街の中を移動する時間が殆どだと思われる。


「疲れないか? そんなにやって」

「ちょっとね。ミミカもそうだけど、やっぱりアルに無理はさせられないし」


 確かに、アルもいつもに比べれば少し疲れているように見える。


「ああ。勝負とは言っても、そこまでムキになるような物でもない。無理はしないでくれよ」

「えへへ、りょーかい!」


 一応注意はしてみたが、ミミカだってそこら辺はわかってるだろうしな。実際にはそんなに心配してない。

 さて、ミミカもそろそろ移動を開始するみたいだし、長々と引き留めるのも悪いな。


「それじゃ、頑張れよ」

「ハルイチもねー!」


 あんまり話す時間は取れなかったが、ミミカが順調だと確認できただけでもよかった。

 さて、俺も午後の仕事、頑張らないとな。


***


 生誕祭五5日目。

 まあ、1日目は有って無いような以下省略。

 俺の店の方も益々の盛り上がりを見せており、かなり忙しい。やっぱり客の入りが普段の比じゃないからな。

 流石にちょっと疲れも出てきたが、レイラの所だけ行かないというのもな。

 いや、俺が行ったからなんだって話ではあるんだけど、気分の問題だ。

 そのレイラだが、前述したとおり中央部に露店を出している。店から一番近いので、最後のに残しておいたのだ。

 俺はレイラがいるという広場にたどり着いた。

 ここは別に特別な用途が無い、唯の広場だ。普段は昼時なんかに飯を食べている若者や、散歩をしている老人がポツポツ見受けられる感じか。

 だがその広場も、今だけは多くの人と活気が集まっていた。

 レイラはそんな中でも少々静かな一角に露店を構えていた。

 俺が見た時は丁度、一組の男女と向き合って絵を描いているようだった。

 レイラはまるで剣を振るうときの様な真剣さで筆をキャンパスに走らせている。


「出来たぞ」


 レイラはおもむろに立ち上がり、男女に絵を差し出した。

 遠巻きに眺めていただけなので、レイラが何を描いたのかはわからない。

 だが、絵を見たカップルが明るく笑っているところを見ると、きっといい絵を描いたんだろう。

 カップルはレイラに何枚かの銀貨を渡して去って行った。

 丁度いい。行ってみるか。


「よお、レイラ」

「ハルイチか。来てくれたんだな」


 レイラは筆を置いて俺に向き合った。


「さっきのは? 何か描いていたみたいだけど」

「簡単な似顔絵だ。生誕祭の記念という事で、何か特別な物が欲しいと言う人は多い」


 確かに、自分の似顔絵なら世界に二つとある物じゃない。

 レイラは芸術品を見る目もあるが、自身も結構画才があるのだ。彼女の描いた物なら喜ばれるだろうな。


「そんなこともやってたんだな。俺はてっきり、絵とか楽器を売るだけかと思ってたよ」

「私も最初はそのつもりだったのだがな。少し見込み違いがあった」

「どんな感じで?」

「商品の数が少なすぎた」


 ああ、そりゃそうか。楽器は兎も角、絵は大量生産できるような物じゃない。


「いい絵を集めた自信はあった。しかし、やはり最初は高値をつけすぎていたらしく、全く売れなかった。経過を見つつ値段を下げたら、ある瞬間に一気に売れてしまった」


 商人あるあるだな。何だかよく分からないが、人の欲求を一気にくすぐるラインと言う物が世の中にはあるらしい。

 レイラの場合、その少し上ぐらいで止めておくべきところで、見誤ったという事か。


「まあ、それでも結構な値段では売れたのだ。稼ぎとしては悪くない。

 だが、どうにもな。残った楽器だけを商品にして生誕祭を過ごすのは、酷く退屈な気がしたのだ。

 だから私も自分で絵を描いて売ろうと思った。

 とは言え、これは特別に儲けを意識したものでは無い。私は絵を生業にしているわけでは無いし、高い金はとれない。どちらかと言うと、私自身の絵の練習を兼ねた趣味の範疇だ」


 謙遜にも聞こえるが、多分レイラは本気で言っているんだろう。

 彼女の場合は『絵が上手』のハードルがかなり高いからな。

 だが、俺としては安心だ。商売が上手く行ったという事もそうだが、彼女自身が生誕祭を楽しんでいることが確認できた。

 勝負にとらわれ過ぎず、普段できないことに挑戦する。理想的な時間の使い方だと思う。

 それに、当初の目的であった経営者としての観点を身に着けてもらうという目的も、ある程度は達せられそうだしな。


「あの、済みません。似顔絵を描いてもらえるのって、こちらでよろしかったですか?」


 そんな時、女の子の三人組が声を掛けて来た。


「ああ。少々金は頂くが、丁寧に描かせてもらうぞ」


 レイラは女の子たちに向き合って対応する。

 相変わらず口調が偉そうだが、少女たちは気にした様子も無くはしゃいでいる。


「じゃ、じゃあ! 三人一緒に描いてもらってもいいですか?」

「構わない。そこに座ってくれ」


 女の子達は、レイラの指示された椅子に座り、思い思いのポーズをとる。気取りすぎでちょっと笑えるが、レイラは真剣な顔で筆をとった。


「邪魔しちゃ悪いし、もう行くよ」

「ああ、来てくれてありがとう、ハルイチ」


 女の子達から視線を外さず、言葉だけでレイラは応えた。

 本当に集中してるみたいだな。

 俺はそれ以上何も言わず、レイラのもとを離れた。


***


 太陽が西の地平線に沈んでいく。もうすぐ夜が来るな。

 あの後、俺はレイラの露店から帰って、ずっと自分の店で働いていた。

 流石にもうピークは過ぎているので、客の数もまばらだ。

 もうすぐリネット達も戻って来るかも知れないな。

 ……しかし、あの4人が思い思いに活動できているようでよかった。

 皆も楽しそうだったし、きっと学べることも多いだろう。ノアだけちょっとあれだったけど、彼女も何か学ぶだろう。うん。

 成り行きみたいなものとはいえ、時間をあげて良かったかもな。生誕祭が終わったら、またゆっくり話を聞いてみよう。


「失礼するわ」


 ……っと、ちょっと考え事にのめり込み過ぎたか。

フロアの方にお客さんが来た。まあ、お客さんの対応は他のスタッフがやってくれるからいいんだけど。


「不躾な訪問で申し訳ないけど、ハルイチさんはいらっしゃるかしら?」


 何故かそのお客さんは俺の名前を出した。それに、どこかで聞いた声のような気がするんだよな……。


「メリリースが来た。そう言えばわかると思うわ」


 あっ……! そうだ、メリリースさんの声だ。

 わざわざスタッフの手を煩わせる必要も無いな。

 俺は厨房を出て、フロアに足を運んだ。


「お久しぶりですね、メリリースさん」

「あ、ハルイチ君。急にごめんなさいね」

「いえ。それより、何か御用ですか?」


 俺が問うと、メリリースさんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「デートのお誘いよ」


 何処まで本気かわからないが、言いたいことはわかった。


「これからですか?」

「いえ。明日にでも、どう?」


 明日、か。仕事はあるが、全く時間が作れないわけでもない。


「構いませんが、どうかしたんですか?」

「いえ、他意はないわ。ちょっとあなたに、そうね、ビルヒジスタの事を知ってもらおうと思って」


 どう考えても何かあるんだろうな。

 だが、それをここで聞いたって答えてもらえるとも思わない。


「分かりました。昼の休みの間で良ければ、お付き合いします」


 俺は自分の空き時間をメリリースさんに伝えた。


「わかったわ。ありがとう。明日、楽しみにしてるわね」


 メリリースさんは、なんだか上機嫌なままに帰って行った。

 ……何を考えているんだろうな。

 楽しみなような、不安なような……。

生誕祭はもうちょっと続きます。

次話は少し本筋と言うか、世界観に関わる話を書けたらと思います。

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