生誕祭本番 リネット&ノア編
レイラやミミカから話は聞いていたが、生誕祭は想像以上の盛況ぶりだ。
俺は昼休みの時間を使って街を巡りながら、そんな感想を抱いた。
ビルヒジスタは全体的に人口密度の高い都市ではあるが、今日は格別だな。
流石に身動きが取れない程ではないが、気を遣っても人と肩がぶつかるぐらいではある。
通りには本当に幾つもの屋台が並んでおり、歩いているだけで食欲を誘う臭いが鼻孔をくすぐる。
俺はその中でも特に興味を引かれたものを2,3個ほど購入して食べてみた。
串に肉と野菜を刺して焼いた物、パンに肉を挟んだ物、後は葡萄を絞ったジュースなど。
どれもこれも中々旨い。立ち並ぶ店が多いせいではずれも多くありそうだと思ったが、意外とどれも安定しているのかもしれない。
歩きながら食事を終えたので、すぐに終わってしまった。
昼休みはまだまだあることだし、リネット達の店を見に行ってみようか。
俺は彼女達から渡された出店場所のメモを広げた。
ここから一番近いのは……リネットか。
別に、このメモは来てほしいという意味で渡されたわけじゃない。非常時の連絡用の物に過ぎない。だが、来るなと言われたわけでもないからな。
公平をきすために買い物は出来ないが、様子を見るぐらいならいいか。
俺はリネットの屋台に足を向けた。
リネットの屋台は、外部北東のブロックにあった。
「どうぞ! 見ていってください!」
リネットはいつになく明るい笑顔で客の呼び込みをしていた。
思えば、彼女も随分と変わったものだ。
ロルカ村にいた時は、接客業をやっていた割に人前に出るのが苦手なようだった。
それが今では、その何万倍もの大きさの都市で堂々と客の呼び込みをしている。
俺の所感では、ガリアスあたりで大きく成長したような気がする。
……さて、感慨にふけっている場合じゃないな。
「やあ、リネット。調子はどうだい?」
客が丁度切れた時を見計らって、俺はリネットに声を掛けた。
「あ、ハルイチさん! 来て下さったんですか。ご覧の通り、悪くないと思いますよ」
自分で言うだけのことはあり、リネットの店は繁盛しているようだった。
少なくとも、ここ一帯では一番客が多い。
リネットが扱っている商品は、彼女の錬金術を活かして作られた装飾品の類だ。
今回のコンセプトは、やはり聖女フォリアナ。彼女の逸話にまつわる装飾品を模したものを幾つも作り、それを売り物にしている。
フォリアナをモチーフにしているだけのことはあり、そのほとんどは女性向けのアクセサリーだ。
だがその対象は、女性と言うよりカップルである。
祭りにおける装飾品とは、基本的に『男性が女性にプレゼントする物』だからな。
浮かれた雰囲気の中、二人の仲をもっと距離を縮めたい男は愛する女に贈り物をする……ポエミーに言うとこんな感じか。
だが、これが意外と難しい。『女性が欲しがる』だけじゃなく、『男性が恋人に贈りたくなる』デザインでなければいけない。
だから、やたらキャピキャピしてはいけないし、かといって無骨でもいけない。
中々バランスが難しいが、リネットはその辺りをちゃんと考えている様だ。
商品を一つ手に取ってみる。
これは銅細工の指輪か。銅と言っても十分に研磨されたような輝きを放っているし、天使の羽をイメージしたらしいデザインも秀逸だ。
これは珍しく男性向けなのか、ちょっとサイズが大きかった。
「ふふ、気に入って頂けました?」
「ああ。良いデザインだな」
「お一つどうです?」
「悪いけど、それは駄目だ。他の三人に悪い」
しかしリネットは、にっこりと笑って答えた。
「あはは、違いますよ。お金は頂きません」
「でも、良いのか?」
「ええ。ふふ、いつもお世話になってるハルイチさんへの、ちょっとした恩返しです」
「何も勝負の最中にしなくたっていいだろう」
「いいんですよ。こんな機会でもないと、出来ない事ですから」
そこまで言われると、受け取らない方が野暮だろう。
「ありがとう。大切にするよ」
「ええ、大切にしてください」
冗談めかした笑顔でリネットが笑う。
俺は今貰った指輪を早速身に着けて、その場を後にした。
***
今日も俺は昼休みを利用して祭りを見て回っていた。
生誕祭の正式な日程は9日間。と言っても、初日は夜に開催が宣言されるだけなので、実質的には8日間みたいなものか。そこから最終日を除いた、約7日間。これがリネット達の勝負の期間である。
一日一人に会いに行くとしたら、4日で回れるな。
今日、俺は中央部周辺をぶらついていた。ここに出店しているのはレイラとノア。
俺は今日はノアの方に行くことにした。
深い理由はない。ただ、レイラの方が店に近いので後回しにしたのだ。多分4日目ぐらいから俺も疲れが出るから、近い所を残しておこうと思っただけ。
閑話休題。ノアの店は、中央部の中でも無機質な街と言うか、工房などが立ち並ぶ一角に構えていた。
……はっきり言って、流行ってない。今の俺なら、その理由は一目でわかる。
一つ。立地条件が悪い。
確かにこの区域にも屋台が立ち並んでいないことも無いが、数が少ない。そのせいで、人も少ない。当然客も少ない。
一つ。扱っている商品が悪い。
ノアは自作の工具なんかをメインに取り扱っている。だれが華々しい祭りの最中に工具を買うと言うのか。どんだけへべれけになっても、まず買わない。
一応子供向けらしき木細工のおもちゃも置いているけれど、それが一層アンバランスさを際立てている。何処の層をターゲットにしているのかよく分からない。
こいつ、かなり商売が下手だな。まあ、だからガリアスでは貧乏な生活を送ってたんだろうけど。
客が切れるタイミングなんて見計らうまでも無い。俺は遠慮せずにノアに声を掛けた。
「ノア、調子は……良くなさそうだな」
「ああ、ハルイチさん。見ての通り。閑古鳥の大合唱だよ」
ノアはちょっと疲れた顔で応えた。
「なにが悪いのかな……? 良い品揃えだと思うんだけどなあ」
品揃えは良くないだろう。良いのは品質だ。
一つ一つの商品の価値は高い。ノアの職人としての腕は確かだし、ここに並んでいるのはそのノアが一つ一つ丁寧に作った品々だ。
だが、ノアは致命的に客の需要と言うものをわかっていない。
『品質』と『品揃え』という言葉を混合して使っている当りからもそれは窺える。
「ねえ、他のみんなはどうかな? 盛り上がってる?」
勝負である以上、やはり他の店の売り上げが気になるところらしい。
「俺はまだリネットの所しか行ってないけど、少なくともノアの10倍以上は売り上げがあると思うぞ」
詳しい数字はわからないが、概算でそんな感じ。
いや、本当はもっと開きがあるけど、一応気を遣って。
「そっか……リネットさんが……。やっぱりあれ、失敗したかな……」
「何かあったのか?」
「いやさ。リネットさんがボクに提案して来たんだ。『二人で魔法瓶を作って売りませんか?』って」
魔法瓶は二人の共同開発だからな。リネット一人で販売するのは気が引けたんだろう。
「作る過程の大変さから考えて、取り分はボクが7、リネットさんが3で良いって」
「凄く親切な提案じゃないか。何で断ったんだよ?」
「勝負なんだからさ。一人の力でやりきるべきだと思ったんだよ」
……ノアの場合、真面目と言うよりは頑固だよな。別にそこまで細かいルールなんて決めてないんだから、やればよかったのに。
ちゃんと二人で納得して取り分を決めたなら、ミミカやレイラだって文句は言わないだろうし。
「でも、ここまでボクの店が流行らないとはね。せめてリネットさんの力だけでも借りるべきだったかも……」
魔法瓶があったって、ノアの店は流行らないだろうけどな。だが、リネットの店の方で売れたら、その分はノアの方にも流れてくるわけだし。少なくとも、今よりは恰好がついただろうな。
「まあ……頑張れよ」
俺は頭を抱えるノアの店を後にした。
しかし、リネットとノアでも明暗がはっきり分かれてるな。
レイラとミミカはどうなっている事やら。
流石にノアよりはましな状況だと思うが……見に行くのが楽しみになってきたな。
生誕祭はもう少し続きます。四人の勝負だけでなく、フォリアナ教に付いての掘り下げも、もう少しできたらと思います。
今後のストーリーで間違いなく重要になるので。




