生誕祭に向けて
『フォリアナは旅路の中で、大きい山のふもとの町に立ち寄りました。
その町には、生まれつきとても体の大きい男が一人おりました。
男はとても気が優しい男でしたが、熊かと見まがうほどの巨躯のせいで、村人たちからはとても怖がられておりました。
(中略)
男は子供たちを土砂崩れから守るために、その身を犠牲にしたのです。
村人達は、男の勇敢な行動に感動し、また後悔の涙を流しました。
彼はとても優しい男だったのに、なぜ我々は理解してあげることが出来なかったのか。
(中略)
フォリアナが手をかざすと、男の傷が見る見るうちに塞がっていくではありませんか。
全ての傷が塞がった時、男は目を覚ましました。
村の人々は口々にフォリアナを称えました。
フォリアナは彼らにこう説きました。
「人を見かけで判断してはいけません。人の心はそんな物では判断できないのですから」
人々は己の今迄の行いを悔い、大男と普通に接するようになりました。
決して特別扱いをすることなく、当たり前に、同じ村に住む者として。
それは、大男が、心から望んでいたことでした。
こうして、大男と村人たちは、幸せに暮らすことが出来るようになったのです』
***
……どうだっただろうか。フォリアナの旅路のエピソードの中から、適当に一遍抜粋してみたのだが。
別に、特別面白くない話を抜粋したわけじゃないぞ。どの話も似たような物だ。
フォリアナが村を訪れ、問題が起こり、フォリアナが解決し、それっぽいことを言う。
まるで水戸黄門のような安心感に、俺は読書の最中に四回寝落ちした。
それは兎も角、個人的に意外だったのは訓話が思いのほか多いと言うところだろうか。
俺は敬虔な仏教徒でもクリスチャンでもないので、地球の宗教にだって詳しいわけじゃない。
だが、それらの経典においても、意味の分からない話や何が言いたいのかわからない話はあったと思う。だが、フォリアナ教にはそれが無い。
まあ、俺が買ったのは子供向けの経典らしいから、分かりにくい話はカットされているのかもしれないが……。
ただ、レイラなんかに聞いてみたところ、この本には大体の主要なエピソードは収録されているらしい。
異世界の宗教だからな。地球と違うところがあるのは当たり前と言えば当たり前なのだが……。
さっきも言ったが、フォリアナの旅路は全体的に面白みに欠ける。はっきり言って、フォリアナの生誕からドラゴン説得までの流れの方がまだ面白いぐらいである。
フォリアナの生誕は毎年劇として演じられると言うが、もしかしたらそれは宗教的に重要という事よりも、エンターテイメントとして面白いという意味なのかもしれない。
それなら、以前俺が言った『マンネリ』は『定番』と言う言葉に置き換えられる。
……奇をてらえるほどに俺には知識があるわけじゃない。ここは一つ、それで行こう。
俺は方針を固め、従業員の中でも特に信頼している男性を俺の仕事部屋に呼んだ。
アダムと言う初老の男性で、以前は貴族に使えていたという。
だが、その不運にもその家は取り潰しにあってしまった。ラオネルの領土にありながら、独立戦争ではブリンドル側に与したのが理由らしい。結局ブリンドルから見捨てられ、かといってラオネルで受け入れられるはずも無く、無念の没落である。
そうして行き場を無くしていたところを、俺が雇い入れたと言う訳だ。
「お呼びですか、支配人」
アダムが礼をして、部屋に入って来た。
彼は貴族に仕えていただけのことはあり、マナーなんかは完璧だ。
白髪と白髭が落ち着きを感じさせる清潔な男性で、お客さんの受けもすこぶる良い。
「よく来てくれたね。ま、座って」
「失礼します」
俺より40近く年上の男性なんだけど、俺は敬語は使わないようにしていた。
店長と言う立場故、そっちの方が良いとレイラに言われたのだ。
これが正しいのかどうかは別として、取りあえずアダムは不満に思っていないらしい。
彼の場合、仕えていたのは年下の貴族だったらしいからな。
「呼んだ理由は大体わかってるかもしれないけれど……」
「生誕祭の事でしょうか?」
「正しく。別に大々的に屋台を出したりはしないけどね。特別な料理を出すぐらいなら、悪いことじゃないかと」
「畏まりました。しかし、宜しいのですか?」
「何が?」
「リネット様や、ミミカ様は……」
アダムが気にしていることが分かった。
今まで新メニューと言えば、リネットとミミカがメインになって作っていたからな。その二人の反感を買わないかと恐れているのだろう。
「大丈夫。今二人は、生誕祭に向けて別の準備をしているところだから」
「……何やら、大変だったようですね」
苦笑など受かべながらアダムは言った。
リネット達が店を開ける理由を、アダムにだけは説明したからな。
大体の理由はわかっているんだろう。
「あの二人が自分で言い出したことだからな。別に不満は出ないよ。
むしろ、あの二人には極力仕事を振りたくない。だから、頼めるね?」
「畏まりました。微力を尽くします」
本当に腰が低い男だな。
「今回は、生誕祭に合わせた商品を売り出す。基本的には、劇の定番である『聖女フォリアナの誕生』に合うようにしたい」
「成程」
「俺の方で考えて見たんだが、ナブダルの特産品を取り寄せて見るのはどうだろうか?」
「……賛同しかねますな」
思いのほかはっきりと、アダムは首を振った。
「理由は?」
「支配人の意図はわかります。一般的にはナブダルは聖女フォリアナの出生地と言われていおりますからな。しかし、それに納得していない者もおります」
つまり、『フォリアナはラオネルで生まれた』とか、そう言う主張をするやつらもいるという事である。
「そう言う連中は、配慮しなければいけないほど多いのかな?」
「数の問題ではありません。そのように少数派にありがちなことなのですが、少々思想が過激なのです。もし、店で騒ぎ立てられたら厄介です」
「面倒だな……。つまり、経典の内容で絶対に正しいと言い切れること以外には言及すべきではないと」
「あくまで私個人の意見ですが、そう思います」
もしかしたらアダムの心配は杞憂なのかもしれないが……。
ただ俺はラオネル……というか、この世界の風俗に関しては全く知らないからな。
参考にしておいて間違いはないだろう。
「例えば、聖女フォリアナが村を出る際に最後の晩餐として食べたものなどは如何でしょう?」
アダムの提案は、俺にとって少し驚きだった。俺の買った本にはそんなこと書いてなかったからな。
「その献立ってわかってるのか?」
「一応は。ただ、パンや肉の種類などの組み合わせのみで、地域が特定できるような情報はありませんが。ですが、むしろ好都合ではありませんか?
組み合わせを、こちらの都合のいいように変えることが出来るのですから」
大人しそうな顔して、結構ドライなことを言う男だった。
「わかった。その線で行ってみよう」
***
それから生誕祭まで、俺はアダムを中心にして従業員たちと新メニューを考案した。
時々リネット達にも手伝ってもらいはしたが、やっぱり彼女達には自分の屋台の準備に集中してもらった。
その甲斐あってか、全員が満足の行く準備が出来たようだ。
そして、生誕祭が始まる。
最近、満足のいく内容が書けているとはいいがたいです。
読者の方には本当に申し訳ないのですが、3日に1回ぐらいまでペースを落とさせてください。




