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聖女フォリアナの軌跡

 当たり前と言えば当たり前なのだが、街における教会の規模は街の規模に比例する。

 規模だけじゃないな。備品の豪華さ、聖職者の質と言ったものも必然的に町のレベルに合わされていくことになる。

 これは仕方の無いことだろう。何せ、平均所得の低い地域で豪華な備品なんて飾っていた日には、三日と待たずに盗まれる。教会から盗むなんて随分と罰当たりな奴だが、食うに困った人間の前では、信仰心など役には立たない。

 逆に、裕福な街の教会はとことん裕福である。備品が盗まれたり、壊されたりと言ったことはまずあり得ない。それに加えて、信者たちは高額の寄付をしてくれる。

 俺が今日訪れたのも、そんな風な所謂『潤っている』教会だった。

 まず規模が凄い。外観を見るだけでもそこらへんの大型の店と変わらない大きさだとわかる。

 中に入ってさらにびっくり。礼拝堂は中学、高校の体育館ほどの広さもあった。これなら、大人でも4,500人近くは収容することが出来るだろうな。

 内装も見事の一言。まず目に付くのは、天井付近に置かれているいくつものステンドグラス。恐らくはフォリアナ教に置いて重要であろうシーンが再現されたそのグラスは、差し込む光と相まって非常に美しい。

 それだけでなく、置いてある長椅子、燭台、机。一つ一つに至るまで、どれも相当な金が掛けられていることがわかる。最近は俺も物の良し悪しが分かるようになってきたから、間違いないな。

 ただ、そんな素晴らしい礼拝堂も、今は殆ど人がいなかった。散歩のついでに立ち寄ったらしい老人が5、6人ほど椅子に座って船を漕いでいるだけだ。

 平日の早朝だから当たり前だけどな。今日は別に集会がある日でもないし。

 まあ、好都合ではあるな。俺は、礼拝堂の前の方で本を読んでいるシスターに近づいて行った。

 足音が聞こえたのか、シスターは本から顔を上げてこちらを見た。

 随分と若いシスターだ。童顔ではあるが、スタイルなんかから判断すると俺と同じぐらいか、ちょっと下くらいかな。

 黒い修道服に身を包んでいるせいで分かりにくいが、シスターは結構肉付きが良いみたいだ。意外と良い物を食べているんだろうか。

 こんな所にも、教会間の格差は現れるんだから面白い。


「お早うございます。本日は如何なさいました?」


 シスターは飾り下の無い笑顔を浮かべてそう言った。流石は聖職者。下手な客商売より背的な笑顔である。


「お早うございます。えっと、私はハルイチ・ヤザワと申すものです。本日は、フォリアナ教への理解を深めたいと思って参ったのですが……」


 こんな漠然とした言い方で良いのかと思ったが、シスターは満面の笑みを浮かべて応えてくれた。

 

「まあ、それは素晴らしいです! 私はシスターのカトリーヌ、私に出来る事なら、何でもさせていただきますよ!

 ハルイチさんは理解を深めたいと仰ってくださいましたが、具体的にはどのようなあたりでしょうか? 節などで仰っていただければ有難いのですが……」

「あー……申し訳ありません。私はどうも、記憶を喪失したらしく、フォリアナ教に関する一切の知識を失ってしまったのです」

「まあ、記憶を……それはお可哀想に」


 本当に気の毒そうに言ってくれるカトリーヌ。一切疑わない当りもシスターらしい。


「ええ。ですけど、今度生誕祭があるじゃないですか。私もその催しを楽しみたいのです。その為に、フォリアナ教の知識を持っておいた方が良いかと思いまして」


 かなり俗っぽい理由だが、無理に取り繕うよりはいいだろう。


「分かりました。ならばこのカトリーヌ、全身全霊でもって、ハルイチさんにフォリアナ教の解説をさせていただきます!」


 ちょっと大げさなまでの意気込みでもって、カトリーヌは話し始めた。


「ご存知だと思いますが、生誕祭と言うのは聖女フォリアナ様のご生誕を祝いするために催されます」

「ええ。流石にそれぐらいは知ってます。ですが、聖女フォリアナと言うのがどのように生まれ、何を成したのかなど、全てを忘れてしまいまして」

「畏まりました。では、フォリアナ様のご生誕からお話しいたしましょう。

 まず、フォリアナ様がご生誕なさったのは、現在より約1400年から、1500年ほど前のことであろうと言われています。

 フォリアナ様は、たくさんの星が降る夜。とある地域の貧しい村で生まれました」


 なんだか随分と曖昧な部分が多いな。正確な出生が分からないのは仕方ないのかもしれないが、地域もわからないものなんだろうか?


「その貧しい村っていうのは何処にあるんですか?」

「正確なことはわかりません。この大陸の何処かであるとは言われていますが、色々な国が『自国の生まれである』と宣言してはばからないので。

 ですが、一番一般的な解釈としては、現在は『ナブダル』と呼ばれる都市であると言われています。ここは、今は独立した都市として扱われており、フォリアナ教会によって管理されています」


 また複雑な話になってきたが、案外宗教なんてそんなものかもしれないな。


「フォリアナ様は、お生まれになった時には既に二本の足で立ち、言葉を話す事が御出来になりました。大変素晴らしいことなのですが、当時の世界ではどうも受け入れがたいことだったらしく、残念ながら迫害の対象となりました」


 今の世界でも受け入れがたいことだと思うけどな。


「当時フォリアナ様の村は、近隣に住むドラゴンから生贄を要求されていました。時節ごとに一人、『若い娘を差し出すように』と。

迫害の対象だったフォリアナ様は、10歳になった時、当然の様に生贄に選ばれました。

ですが、フォリアナ様は他の娘の様に取り乱したり、泣き出したりすることは無かったのです。フォリアナ様はご自分の使命を理解しておられたのでしょう。

 フォリアナ様は生贄としてドラゴンに捧げられましたが、見事にドラゴンを説き伏せ、生贄など要求しないことを約束させたのです」


 自分の使命を理解してたんなら、もっと早くドラゴンを説得すればよかったのに。

 ……こういう細かいことを気にするのはよくないな。宗教関連の話をしている時は特に。


「フォリアナ様は村の中でまるで英雄の様に扱われるようになりました。

 手のひらを返したように自分を慕う村人達を、フォリアナ様はお許しになりました。

 『自分を迫害したのは、無知によるものであり悪意によるものでは無い。ならば神も貴方方を許されるであろう』と。

 こうして村では英雄の様に慕われるようになったフォリアナ様ですが、その村に留まる事はありませんでした。ドラゴンを説得した際に完全に自分の使命にお目覚めになったフォリアナ様はこの世界を救う為に旅に出たのです。

 フォリアナ様は大陸を巡り、貧しき人、病める人、罪に苦しむ人、様々な人をお救いになられました。

 ですが、この道中は聖書で言うと200頁にもいたるので、割愛させて頂きます」


 助かります。

 

「知っておいていただきたいのは、フォリアナ様の旅路が決して平坦な物では無かったという事です。

 フォリアナ様は人を助ける度に不思議な力に目覚めて行きました。人の傷や病を治したり、天候を左右したりと言ったことですね。ですが、これらの力はやはり恐怖の対象となり、迫害されることも多くありました。

 それでもフォリアナ様は人々を救いたいという願いを捨てることなく、救世の旅を全うしたのです」


 『全うした』。妙な表現だな。


「聖女フォリアナはどのような最期を遂げたんですか」

「それは明らかになっておりません。フォリアナ様は、人々を救い、また力を与えました。

 そして『自分はもう世界に必要では無い』と判断したようで、ひっそりと姿を消しました。

 フォリアナ様が人々に与えて下さった力こそが『魔法』であり、その形で今現在もフォリアナ様の奇跡は続いている。フォリアナ教ではそのように教えられています」


 こうやって聞いてみると、随分と謎の多い人物だな。

 だが、この時代じゃあ宗教と言うのも発展途上か。これから時を重ねるにつれて、新たな解釈など生まれて行くのかもしれない。


「生誕祭では、最終日に大々的な劇が行われます。その内容は、フォリアナ様のご生誕と、旅の終わり、それに道中の様子が2,3行われます。

 ご生誕と旅の終わりは、毎年行われる話で、道中のお話が毎年変わりますね。

 もし劇を楽しみたいのなら、道中の有名なお話ぐらいは勉強しておくといいかも知れませんね」


 成程。じゃあ、商売に結び付けるなら、道中のエピソードになぞらえた商品を出すのが良いだろう。『生誕』と『旅の終わり』は多分マンネリだろうから。

 今までどんなエピソードが劇としてなされたのかを調べ、その上で今年演じられそうなエピソードになぞらえた商品を出す。戦略としてはこれでいこう。


「その、道中の話が纏まったような本は無いんですか?」

「あるにはありますけど……どちらかと言うと子供向けですよ?」

「構いません。頂けますか?」

「少々お待ちください……」


 カトリーヌは後ろの小部屋に入り、一冊の本を持ってきた。


「銀貨二枚です」


 意外と高い……。でもまあ、教会の運営にも金がかかるからな。仕方ないか。

 俺はその場で支払い、本を受け取った。


「感謝いたします。もし、何かお分かりにならない事が有りましたら、またお越しください」

「有難うございます」


 俺は子供向けの聖典を手に、教会を後にした。

フォリアナ教。この宗教は、これから先もいろいろな形でハルイチたちにかかわっていく予定です。

やはり、宗教と文化は切っても切れませんからね。

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