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聖女フォリアナの生誕祭

「そう言えば、そろそろ生誕祭の時期だな」


 ビルヒジスタに来てから約4か月。そろそろ秋になろうかと言う時節、夕食の席で唐突にレイラが言った。


「生誕祭? 何だそれ?」

「……ハルイチ。お前の記憶喪失は重傷だな」


 この世界では常識的な物なんだろうか。


「でもレイラさん、仕方ないと思いますよ。生誕祭なんて、ビルヒジスタみたいな大きな都市でしか大々的にはしないですし」

「ふむ……そう言うものなのか?」

「そうだよ。ガリアスでやるのだって結構こじんまりした物だったでしょ?」

「……済まん。私はいつも、生誕祭の時はビルヒジスタに派遣されていたので、よく知らないのだ」

「自分の領地の事でしょうに……」


 三人の会話に少々置いてけぼりにされたが、大体わかった。

 つまり生誕祭と言うのは何かの祭りで、その名前自体はラオネルでは常識。でも、実際にはビルヒジスタでしか大々的には行われないので、実感を伴う人は少ない。そんな感じか。

 ガリアスでもやっていたらしいが、あの時はデリックとの勝負の事以外考える余裕が無かったからなあ……。


「で、その生誕祭ってのは具体的には誰の生誕を祝うんだ?」

「それは当然、聖女フォリアナだ」


 聖女フォリアナ。詳しくは知らないが、確かフォリアナ教における信仰の対象だよな。

 ってことは、宗教的な祭りなんだろうか? と思ったが、


「すっごい楽しんだよ! もう町中が大騒ぎって感じで!」


 ミミカが満面の笑顔で言っているところを見ると、どうもそんなにお堅いものでもないらしい。


「へえ。ミミカはビルヒジスタの生誕祭に参加したことがあるの?」

「え? 毎年参加してたよ? だって、サーカスにとっては稼ぎ時だもん」

「ああ、そう言う理屈ね」


 サーカスにとって稼ぎ時って……随分とフランクな祭りだな。


「私はビルヒジスタの生誕祭は見たことも無いんですけど……そんなにすごいんですか?」


 リネットがレイラとミミカに尋ねる。どうやら、この中で参加したことあるのはこの二人だけらしいからな。


「ああ、凄いな。ビルヒジスタ市民だけじゃなく、他の地域からも多くの人が集まって来る」

「それも、色々な人が来るんだよ! 観光客だけじゃなく、商人も、芸人も、聖職者も!」

「そして、町もその色々な人々を受け入れる態勢をとる。普段はただ食事所のような店も寝床を提供するようになったり、屋台を出店する許可が普段より断然おりやすくなったりな」

「それに、中央部の一部が解放されるんだよ! その時だけは、どんな身分の人でも入れるようになるんだ!」


 二人の話を聞いているだけでも、それがどれ程大々的な祭りなのかが感じられた。


「それは凄いね。ガリアスじゃあ、ちょっと屋台が出る程度なのに」

「ロルカ村では、そもそも収穫祭のおまけみたいなものです……」


 多分、ビルヒジスタに人が集まるせいで、他の町の祭りは盛り上がらないんだろう。

 宗教的な祭りである以上日程をずらすわけにもいかないしな……。


「だが、そこまでビルヒジスタに集中するってことは、かなり金が動くんだろうな」

「ミミカ達も何かやろうよ!」


 俺の呟きをそう言う意味にとったらしいミミカは、だいぶやる気になっていた。


「何かって言ってもなあ……。屋台を出すとか、そう言うのはちょっとやる気が起きないな」

「ええ~なんで~?」

「単価が安いからだ」


 確か、中央部が解放されるんだよな。つまり、祭りには中産階級及び労働者階級がかなり多く参加するという事。もし屋台を出すのなら、メインターゲットはそれらの人々になる。

 だが、そうなるとあまり高い単価は付けられなくなる。

 最近『金持ち相手の商売しかしてない』という風になって来つつあるが、従業員に払う給料が高くなったことを考えると仕方がない部分がある。

 祭りに参加するにしても、従業員に屋台を開かせたりすると当然赤字になる。

 俺らが直接屋台をやれば少なくとも赤字にはならないが、それ以外の仕事をする方が確実に利益が出せる。例えば、いつも通りに店を営業するとか。 


「でも、宣伝になるよ! 屋台でこのお店の事を知ってもらったら、生誕祭が終わっても店に来てくれるかも!」

「無理だろ。生誕祭が終わったら、殆どの人間は中央部に入る事すらできなくなる」

「あう……。でもでも、折角の生誕祭だよ? 何かして参加しなきゃ、詰まらないよ!」


 ミミカの言いたいことはわかるんだけどなあ……。


「そんなに何かやりたいなら、ミミカ一人でやったら?」


 ノアがちょっと意地の悪いことを言う。


「ミミカならアルもいるし、一人でも商売できるでしょ?」

「え~、それはちょっと詰まらないかも……。だって、それじゃサーカスにいた頃とやってること一緒なんだもん」


 ミミカの反論を受け、ノアはうんざりしたように肩をすくめた。


「もう。我儘だなあ。一人で客を呼べるのはミミカの数少ない長所の一つなんだから、それを活かしなよ」

「『数少ない長所』……? ま、まあ。少なくともノアにはできない事だね。ノアは根暗だから一人で客を呼んだりできないでしょ?」

「『根暗』……? 言ってくれるね……。ボクだって本気を出せば、ミミカ以上の売り上げを出すぐらい容易いことなんだけどね」

「あはは、強がっちゃって。ノアに出来るわけないじゃん」

「話聞いてた? ボクは『売上』って言ったんだよ。ミミカみたいに安っぽい芸じゃ客を呼べてもお金にならない。その点、ボクはちゃんとお金になる商売ができるよ?」

「ちょっと待てお前ら。何をそんなに熱くなっている」


 何だか話が変な方向に進みそうだ。


「ねえハルイチ。ハルイチはどう思う? ノアよりミミカの方がきっとお客さん呼べるよね?」

「だからそんなの意味が無いんだって。ちゃんと売り上げを出せるボクの方が役に立つよ。ね? ハルイチさん」

「いや、そう言われても……」

『どっち!?』


 二人に詰め寄られるが、何とも言いようが無い。二人の長所は別個のものだし、優劣をつけるのは難しい。……って言っても、納得しないんだろうなあ……。


「それなら実際に二人で勝負してみたらどうだ」


 レイラが、助け船か横槍か分からない物を入れて来た。


「生誕祭のうち、期間を定めて二人で商売をし、売り上げの多い方が勝ち。それでいいだろう」


 ……本当は二人には通常業務を行って欲しいのだが。

 だが、この二人がここまでやる気になっている以上、止めるのは野暮かもしれない。それに、自分一人で商売をするというのもいい経験になるかもしれないな。


「じゃあ、それでいいよ。具体的な日程はもう少し後に決める。その間抜けるぐらいの許可は出すから、思いっきり二人で勝負してくれ」


 俺がそう言うと、二人は不敵に笑った。


「ふふふ……ノアも可哀想に。このミミカと勝負することになるなんてね」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」


 ……ただ祭りの話をしていただけなのに、どうしてこうなったんだろうか。

諸事情により、投稿が遅くなりました。

申し訳ありませんでした。


本編の方は生誕祭に焦点を当てて話を展開していきます。

これを機に、『フォリアナ教』について少し掘り下げられればと思います。

それにしても、架空の文明を考えるのって本当に面白いですね。

少なくとも、私は大好きです。

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