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会社のその後と、ノアの変化

 関係ない所で別の苦労はあったものの、ブリンドルでの商談自体は上手くいった。

 ジョージさんの考え方もあり、保険会社は驚くようなスピードで設立された。

 大きな声では言えないが、この世界では『保険』というサービスが広く認知されていない為、最初から活発に利用されることは無いだろうと俺は踏んでいた。

 しかし、蓋を開けて見れば営業初日から捌き切れないほどの申し込みが殺到した。そのせいで予定よりも多くのスタッフを投入する羽目になった程だ。ま、嬉しい悲鳴ってやつかな。

 しかし、ここまで一気に流行ると言うのは予想外だったな。流石は国を代表する商人と言ったところか。

 恐らく、お客さんたちは設立者として名を連ねる「アーノルド」「ジョージ」「モイド」などと言う名前を信用しているから、深く考えずに申し込めるのだ。

 莫大な資産と言う後ろ盾があるにしても、『信用』は商人にとって最大の武器だと実感させられる事例だな。

 ああ、そうそう。今回の一件における俺の利益だが、実はそこまで大きいものは無い。

 当たり前と言えば当たり前だ。そもそも、俺は今回の会社の設立に対して、一円たりとも出資していない。

いや、別に出しても良かったんだけど、アーノルドさん達と持っている資産に差がありすぎて、俺が出せる分などほとんど意味が無いと言うだけだ。俺が金を出すことによって配当が面倒臭くなるという事を厭い、俺は結局出資を止めた。

 加えて言うなら『保険』と言うアイデアそのものに対して金が払われるという事も無かったが、当然だな。

結局アイデア自体には大して意味が無いからな。それを実行に移せる資産と人脈があって初めて発想は意味を持つ。

 まあ、アーノルドさんは『多少の謝礼を払う』とは言ってくれたんだけど、本当に『多少』だったので俺はこれを辞退。代わりに、ブリンドルからの輸入品をある程度優先的に俺に回してくれるように頼んだ。

 今回の一件で、アーノルドさんも俺に利用価値があることが分かったのだろう。彼は約束を守り、俺に色々な輸入品を売ってくれるようになった。

 代表的な品で言うと、まずサフラン、ローリエなどの香辛料。これは中々優秀な商品だ。まず用途が広い。店で出す料理に使ってもいいし、そのまま香辛料として売ってもいい。それに加えて、寿命が長い。

 余談だが、サフランやローリエは地球においては地中海沿岸で栽培されるハーブだ。どうも、ラオネルにはその栽培に適して地形が少ないらしく、消費量の殆どをブリンドルからの輸入に頼っている。そのような背景があるおかげで、結構高値を付けても売ることが出来た。

 これらの香辛料以外にもタラやホウボウなどの魚の類、オレンジなどの果物と料理の幅と商品棚を広げてくれる物が手に入った。

 だが、やはり一番の利益を叩きだしたのは蒼玉である。これはそのまま売っても良かったのだが、俺はリネットとノアに加工してもらったのを売っていた。

 これは主に俺の店の客層が理由だな。宝石の転売や自分で加工することを目的とする人はあまり来ないからな。

 俺の読みは当たったらしく、蒼玉のアクセサリーはどれも高値で売れた。

 やはり宝石はいい。スペースを全くとらない癖に、単価がとても高い。

 これを多く扱えるようになっただけでも、今回わざわざブリンドルまで足を伸ばした甲斐があったと言う者だろう。

 

***


 ブリンドルから帰って来て変わったことは、商売のスタイルだけでは無い。

 ノアだ。彼女の態度が、今までとは少し違うように感じる。

 ノアは普段から表情の変化に乏しいし、ともすればいつも不機嫌な顔を浮かべているように見える少女だ。その根本的なところは今だって大して変わっていない。

 だが、雰囲気……そう、雰囲気だな。そうとしか表現できない曖昧な感覚だが、それが丸くなっているように感じるのだ。

 例えば俺が失言なんかをした時。ノアの反応は

「馬鹿じゃないの? ハルイチさん」

 から、

「もう、馬鹿だなあ。ハルイチさんは」

 に変わった。

 文字に起こしてみると大差ないような気がしてくるが、実際に声を聴いてみるとその違いは瞭然なのだ。失笑から、自然な笑顔を浮かべつつの罵倒に変わったというか……。

 ただ、これは別に俺の自意識過剰とかそう言う事ではないぞ。

 他の三人の仲間も、ノアの微細な変化には敏感に気が付いていた。

 ノアがいない時、三人は揃って聞いて来たものだ。


「ハルイチさん。ノアさんと何かありました?」

「何かって何だよ?」

「『何か』は『何か』です。ノアさんに何か言ったとか、何かしたとか、そう言う話です」


 勿論、ノアの変化のきっかけについては当りが付いている。

 ブリンドルで起こった一件が理由だろう。俺はあの事件を通じて、ノアの過去を知った。俺の言葉がどれ程役に立ったかは知らないが、とにかく彼女は肩の荷を少し下ろすことが出来たはずだ。だから少し角が取れたんだろう。

 だが、それについて一から十まで馬鹿正直に話すつもりは無い。そうするとノアの過去について触れることになるし、それは俺が話すような内容じゃない。


「そう言われてもな……。ああ、そうだ。ブリンドルで少しチンピラに絡まれてな。その時ノアを守ったからかな。あいつも、俺が頼りになると思ったんじゃないか?」


 嘘は言っていないはずだ。だが、三人は納得しなかった。


「それぐらいであんなに変わる物だろうか?」

「あんなにっていうほど変わったか?」

「全っ然違うよ! 今のノアって、何か……女の子みたいなんだもん!」

「ミミカ……それは流石に失礼だと思うよ……」


 あまりと言えばあまりの言い分に、苦笑が漏れる。


「でも、ミミカちゃんの言いたいことも分からないではないです」

「リネットまで」

「だってそうじゃないですか。ノアさんがハルイチさんに向ける視線……熱っぽいっていうか、色っぽいっていうか……」

「まるで恋する少女の様、とでも言ったところか?」


 俺には、随分と飛躍した発想の様に思えた。


「考えすぎだと思うよ。ノアもようやく俺に少し心を開いてくれた。そのぐらいの変化だと思うけどな」

「ねえ、二人共。ハルイチは本気で言ってるの?」

「恐らくは。ハルイチさんはそう言う人です」

「喜ぶべきか、嘆くべきか判断に迷うところだな」


 三人は呆れるような視線を俺に向けて来た。


「ま、まあ、そんなに気にするような事じゃないさ。それにノアの変化自体は喜ばしいことじゃないか」

「それ自体はそうなんだけどね……」

「こっちはちょっと別の意味で心休まりません……」

「同感だ……」


 三人が何をそんなに悩んでいるのかは、結局よく分からなかった。

ハルイチは地球にいた時、全くモテなかったので、自分に向けられる好意に鈍感です。


それはともかく、これで保険会社編も一段落です。

ここからはまた新しいテーマについて書いていきます。

宗教、スポーツ、芸術、食文化等々、色々考えているテーマはあります。

ただ、それとは別にこの世界自体の特異性や伝説に関わることも書いていきたいので、まだまだやる事は一杯です。

それに合わせて、アルミリアも出さないといけないし……。

彼女のことは別に忘れてるわけじゃないです。ちゃんと、長い間出てこなかった理由と合わせて登場させる予定です。

少し先のことになると思いますが、よろしければ気長に待ってやってください。

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