しばしの別れ
「凄いです! ハルイチさんは本当に凄いです!」
「ははは……褒め過ぎだよ」
リネットは、さっきから何度も何度も俺にこんなことを言って来る。
俺が盗賊を素手で退治したことに、余程感動したらしい。
いや、俺自身だって驚いてるさ。確かアルミリアの奴は『俺の身体能力は変わっていない』と言う証言をしていたと思う。俺の前世での身体能力と言うと、特筆すべきことは無かった。
足も特別速くないし、力も特別強くない。格闘技を学んだこともないし、中高でちょっとバスケをやっていた位。それも地方大会で敗退するぐらいの弱小チームで、遊びみたいなものだった。
いつ俺はこんなに強い人間になったのだろうか? 今度アルミリアと話す事が有れば聞いてみよう。
因みに、倒した盗賊たちはリネットが連れて来た男達に引き取ってもらった。その男たちは兵隊で、近隣を荒らす盗賊には最近頭を悩ませていたとのこと。
そいつらを捕まえた俺は当然感謝され、何とお金まで貰ってしまった。
貰ったのは銀貨50枚。これがどれぐらいの価値なのかはわからないが、リネットに言わせると『うちの一月の売り上げの4分の1ぐらい』らしい。結構な大金じゃなかろうか?
とまあ、幸先のいいスタートを切ったわけだが、俺はすぐに求職をしたわけでは無かった。
何をしているかと言うと、リネットの買い物に付き合っているのである。
流石に街の中にまで盗賊が出るとは思わないが、あんな事が有ったばかりだから何となく心配だったのだ。
シリスタの町は大きい。ロルカ村と比較して、と言う程度ではあるが、やはり大きいものは大きい。
まず、町全体に柵がある上に大きい門もあった。相変わらず地面は整備されていないが、木造建築ばかりのロルカ村とは違って石造りの家などもちょくちょく見受けられる。
人も多く、そこかしこで露天商が声をあげていたり、子供が走り回っていたりと、何にしても活気がある。人口がロルカ村の20倍いるんだから当然と言えば当然だが。
さて、そしてリネットの買い出しの内容だが、酒の類や干し肉、野菜などの食品がメインだ。それに布や薬なども少々。ロルカ村の中だけでは手に入らないものも多いらしく、ひと月に一度ぐらいは買出しに出るのだと言う。
また、直接商品を買うだけでは無い。ロルカ村を定期的に訪れる商人もいるので、彼に『今度何を持ってきてほしい』と注文するなど。持ちきれない物はそうやって手に入れるのだそうだ。
文章にすると簡潔だが、これらが意外と時間が掛かった。全てが終わる事には夜になってしまったので、俺とリネットはシリスタの宿に泊まった。
***
翌日。朝食を取り終わったらすぐにリネットはロルカ村に帰ると言うので、俺はシリスタの門の近くまで見送りに来た。
「ハルイチさん……やっぱりこの町に残るんですか?」
リネットは、昨日からこんなことを言い出すようになっていた。どうやら、俺にロルカ村に戻って欲しいらしい。だが、残念ながら彼女の願いを聞くわけにはいかない。
「ごめんな、リネット。でも、やっぱり俺、ビッグな仕事がしたいんだ」
「そうですか……『びっぐ』の意味は分かりませんが、残念です……」
本当にしょぼんとした表情を浮かべるリネット。俺も世話になった彼女に何も恩返しが出来ないのは申し訳ない。
それに、盗賊がいるような道を彼女を一人で送り返す事にも不安はある……そうだ!
「なあ、リネット。ロルカ村には商人が時々来るんだよな?」
「はい。大体は馬車に乗って、色々な商品を持ってきてくれます」
「その馬車に乗せてもらって帰った方が良い。その方が安全だ」
俺は良い案だと思ったのだが。リネットは首を振った。
「それにはお金が銀貨10枚も掛かるんです。そんな贅沢は出来ません」
「それなら、俺が出す」
俺は、盗賊を捕まえたお礼でもらった銀貨を10枚、リネットに差し出した。
「そ、そんな、頂けません!」
「いいんだ。俺を拾って、助けてくれた礼さ。一宿一飯の恩義ってやつだ」
「それでもこんなに……」
「気にするなって」
俺は少し強引に、彼女に銀貨を渡した。
「有難うございます。ハルイチさん!」
リネットは勢いよく頭を下げた。礼儀正しい子だなあ。
「いいかい? 必ず馬車に乗せてもらうんだよ?」
「はい! またこの町に来た時は、必ずご連絡しますから!」
「うん。楽しみにしてるよ」
そうして、俺とリネットは別れた。