ルーウェイの悲劇
「ボクはルーウェイっていう、ラオネルとの国境付近の町で生まれたんだ。近くの鉱山を採掘したり、畑を耕したりして生計を立てていた。
あんまり豊かな町とは言えなかったけど……平和で長閑な……いい町だったと思う」
ノアは、どこか遠くを見るような目で話している。幸せだった時間を思い出すかのように。
「ボクの母さんは……一言で説明するのは難しいけど、発明家みたいなことをしていたんだ。炭鉱で使う道具とか、畑を耕す為に使う農具とか。色々な物を新しく生み出して、その技術を売り物にしていた。
ボクが今、色々な物を作れるのは母さんの影響なんだ。馬車だったり、瓶だったり、爆弾なんかもそうなんだ」
きっと優秀な母親だったんだろうな。娘のノアも凄い技術を持っているし。
「町の中では、母さんの発明品の世話になっていない人の方が少ないぐらいだったよ。だから母さんは町じゃ人気者だったし、みんなに尊敬されていた。ボクの、自慢の母さんだったんだよ……」
『だった』という言葉が悲しく響く。
続く話が楽しい内容じゃないのは傍目にも想像がついたが、ノアは意を決して口を開いた。
「でもそんな関係も、全部壊されてしまった。6年前のあの日、ラオネルとの紛争が起こった日に……」
「『紛争』か」
「うん。あれは『戦争』って呼べるほど大規模な物じゃなかったから。あくまで、ブリンドルとラオネルの一部地域が暴走しただけの話なんだ」
ノアは俺を見上げるようにして問う。
「ハルイチさんはアルバーン地方出身みたいだけど、それでも知ってるんでしょ?
ブリンドルとラオネルの戦争は20年近く前に終わった。だけど、未だに憎しみ合う地域があることぐらい」
俺の出身については一々訂正したりしないで良いだろうな。
「話で聞いたぐらいだ。何処まで酷いものなのか、実感を伴ってるわけじゃない」
「そう……まあ、大部分の人はそうなんだろうね。ブリンドルも、ラオネルも」
ノアの言葉は、少し恨みがこもっているようにも思えた。
「実態は、多分ハルイチさんの想像を上回ってるよ。中には国境線が『川一つ』なんて町もあるんだよ。 想像できる? 『川の魚を獲った』と言うだけの理由で、殺し合いにまで発展する地域があることを」
勿論、直接の原因は魚ではないのだろう。戦争において自分の家族を殺されたとか、家を壊されたとか、そう言うバックグラウンドがあるから、相手のやる事成す事全てが気に入らないのだ。
「ボクの町は国境から少しだけ離れていたから、普段はそこまで酷くも無かった。でも、無関係で居られる程に遠くも無かった。
ある日、突然ラオネルの一部の軍隊がブリンドルに侵攻を始めたんだ」
「そんなことが許されるのか? ラオネルとブリンドルは停戦中だったんだろう?」
「ラオネルはあくまでも『軍隊ではなく、暴徒である。本国とは関係ない』って言い張ってるからね」
「そんなこと言い始めたら何だってありだろう」
「うーん、どうかな? 侵攻してきた相手が正規軍か、唯の暴徒かって違いはあるけど、本国の指示じゃない、暴走だったってのは確からしいし。
それに、暴徒が国境を侵すのはブリンドル側だってやったことはある。はっきり言って、どちらが悪いかなんて問題じゃない。
……話を戻すよ。ラオネルがブリンドルに侵攻して来たってところまでは話したね?」
「ああ」
ついつい横槍を入れてしまったが、大事なのはそこじゃなかったな。
「ラオネル軍は国境を越えて、ルーウェイにまで接近して来た。だけど、ブリンドル軍の一部もその動きはある程度予測していたらしく、ルーウェイの守備についたんだ。
そして軍の連中は……母さんに協力を要請した」
「ノアの母親に?」
「うん。ボクの母さんは、近隣にも名前が知られていたからね。ラオネル軍を殲滅する為、爆弾を作る様に命令されたんだ。
最初、母さんは命令を拒否した。『人を殺す道具なんて作りたくない』って。でも、軍は剣を抜いて脅して来た。爆弾を作らないとどうなるか、子供のボクにだって想像がついたよ。
でも、母さんは精一杯抵抗した。結果、『道を封鎖して侵攻を止める』という使い方しかしないことを条件に、爆弾を作ったんだ」
……そんなこと言ったって、軍がそんな約束を守るとは到底思えない。
「……わかってるみたいだね。そうさ、軍はそんな約束、最初から守るつもりなんてなかった。連中は鉱山に軍を誘導して生き埋めにしたり、無理やり川の流れを変えてラオネル軍を押し流したりした。……戦果としては上々だったんだろうね。ラオネル軍はほぼ壊滅してブリンドルの国境線は守られた。
でも……ルーウェイは壊滅的な状況になってしまったんだ。鉱山は埋められてしまった。川の流れは変えられてしまった。今まで主要な産業としてやってきたものが、両方奪われてしまったんだ。それだけじゃない、軍が計画を十分に説明しなかったせいで、爆発に巻き込まれて死亡した人もいるんだ」
それは……本当に悲惨な状況だな……。
「勿論、ルーウェイの住人は軍に抗議した。でも、軍っていうのは結局、国と同じだ。一つの町が国に抗議したって簡単に黙殺されるに決まってる。
そして、溜まりに溜まった住民の不満は、一人の人物に向けられた」
「まさか……」
「そうだよ。ボクの母さんだ。町の住人は皆、口々に母さんを罵った。『お前のせいで町が滅ぶ』『この人殺し』って。家の窓が割られたり、火がつけられたりしたこともあった」
あまりにも酷い。唯の八つ当たりじゃないか……。
「そんな状況で、ボクの父親はボク達二人を捨てて逃げ出した。だから、ボクと母さんは二人で迫害に耐えてながら生きて来たんだ。
でも、ボクが近所の男性に殴られて傷を負った時、母さんはついに町を出る決意を決めたんだ。きっとブリンドルにいる限り、迫害は続く。そう考えた母さんは、ラオネルに亡命することに決めた。そして、住民が寝静まった夜、街をこっそり抜け出そうとしたんだけど……見つかってしまった。
僕達は必死で逃げた。でもまだ子供だったボクは足が遅くて……追いつかれそうになった。ボク達を追っていた連中は、完全にボク達を殺すつもりだったんだろうね。刃物を振りかざして、迷いなく突き出して来た。
その時、母さんはボクを庇って……」
ノアの声が震える。
「もういい。もういいんだ。ノア」
俺は彼女の背に手を回し、その細い体をそっと抱きしめた。
ノアは、嗚咽を零しながら続ける。
「ねえ、ハルイチさん。ボクの母さんは悪い人なのかな? 殺されても仕方がない、そんな人だったのかな?」
「そんなはずないだろう。君の母親は、脅されて命令に従っただけだ。悪いことなんてない。そして、最後まで娘を守りぬいた、立派な母親だ」
「ハルイチさん……」
俺はノアの母親に会った事は無い。でも、ノアを見ればわかる。
ノアは多少捻くれたところはあるけれど、真っ直ぐな心と責任感を持った、優しい女の子だ。きっと、立派な母親に育てられたんだろう。
ノアは今一度、俺の腕の中で、大声を上げて、泣いた。
やっとノアの過去話が書けました。
これで、ガリアス篇における彼女の言動の真意が大体理解できるようになったのではないかと。




