夜の逃走劇
「どけえ!」
眼前に立ちはだかる男の足を、棒で払って転倒させる。
その後ろから飛び出て来た男には、鳩尾に一撃食らわせる。
「行くぞ!」
「う、うん!」
前方の脅威を排除したことを確認し、俺は再びノアの手を引いて走り出す。
俺達は夜の街を逃げ回っていた。
相手の数は予想以上に多く、2,30人はいそうだった。
恐らく、仲間が仲間を呼ぶようにして、どんどん数が増えているのだろう。
何人かは直接攻撃して倒しているが、殺すわけには行かないし、攻撃よりも逃走を優先しているせいで中々数が減らせない。
出来るだけ多く角を曲がるようにしているが、相手の数が多すぎて上手く撒けない。
そうこうするうちに、俺達は敵に囲まれてしまった。
「へっへっへ……手こずらせやがって」
定番の台詞を言いながら、最初に仲間を呼んだ男が近づいて来る。
俺達がいるのは四方に道が伸びた十字路の中心。それぞれの道を6、7人の男によって塞がれており突破は容易では無い。
俺はノアを庇うようにして立つ振りをして、耳打ちする。
「閃光弾の準備を」
「わかった」
ノアは怖がって身を縮めるふりをしながら、俺が指示した道具の準備にかかる。金山でリザードマン達に使った、マグネシウム製のあれだ。
その間、俺は男たちの注意を引き付けておこう。
「お前ら! 何でノアを狙う!?」
まあ、これは本当に疑問に思っている事でもあるが。
それに対し、男たちは蔑むような笑いで返した。
「決まってるだろう? その女に恨みがあるからさ」
「そいつと、そいつの親のせいで、俺達は散々な目に遭ったんだ」
「故郷を捨てる羽目になったのさ」
「家族を失った奴もいる……」
男達はあくまで蔑むような視線を崩さなかったが、その中には確かな怒りや悲しみが見て取れた。こいつら、本当にノアの事を憎んでいるのか……。
だが、未だにこいつらの主張は要領を得ない。それに、どんな理由があっても、俺はノアを渡すつもりは無かった。
「ハルイチさん。準備できたよ」
ノアはあくまで淡々と、表情一つ動かさずに行った。
彼女が何を考えているかはこの際後回しだ。まずはこの場を切り抜ける!
「じゃあ、やってくれ」
「わかった。目を瞑ってて」
ノアが閃光弾を放り投げた。
「おい、てめえら、なに二人で話して……」
男達が近づいて来るが、もう遅い。
閃光弾は強烈な光を放ちながら炸裂した。今が夜であるという事も相まって、その効果は絶大。
「ぐあああ!」
「ぎゃああ!」
悲鳴を上げながら、男たちは必死で目を抑えている。この至近距離であの閃光を受けるのはきついだろう。
目を瞑っていた俺だって少しくらくらするぐらいだ。
その間に俺はノアの手を取って、その場を離れた。
***
「あいつら何処行きやがった!」
「散らばれ! 見つけ次第、笛で連絡しろ!」
閃光のダメージから立ち直った男達が、三々五々と散らばっていく。
……なぜ俺がその様子がわかるかと言うと、勿論近くにいるからだ。
俺達はわざと大きな足音を立ててその場を一旦離れた。そのご、こっそりと戻って来て近くの空き家に忍び込んだのだ。
あいつらは俺達が何処かに逃げだしたと思って散らばっていく。まさかすぐ近くに残っているとは考えないだろう。
ほとぼりが冷めるまでここに身を隠して、後は中心部まで戻れば逃げ切るのは容易だ。
「ほっ……」
男たちが散らばって行ったのを確認し、俺は小さく息を吐いた。やっと少し休める。
だが、ノアの方はそうもいかないらしい。未だに緊張した様子で、縮こまっている。やはり、男たちに言われたことが原因だろうか?
……確かに俺だってノアの事は気になる。だが、そう気軽に聞いていい話ではないだろう。
ノアの体は、さっきから少し震えている。彼女を刺激するような真似はしたくなかった。
「ハルイチさん……」
ノアは自分から俺の方に近づいて来て、体重を預けて来た。
随分と軽い。今更ながら、ノアが華奢な少女であることを思い出す。
彼女は、俺のことを見上げるようにして続ける。
「聞かないの?」
『何を』とは言わない。分かっているから。
「聞かないよ。ノアが、自分から話してくれるまで、待つさ」
ノアは両眼に涙をいっぱいに溜めて、俺の胸に飛び込んできた。
「ハルイチさん! ハルイチさん!」
縋りつくようにして泣きじゃくるノア。
……こいつのこんな弱弱しい姿、ついぞ見たことが無い。
だが、呆けているわけにも行かない。俺は彼女を宥める様に、その頭をゆっくりと撫でる。
それでも彼女の激情は収まらず。暫くの間、嗚咽を零し続けた。
***
……どれくらい経っただろうか。
ノアは少し落ち着いたらしく、俺からちょっとだけ距離を取っている。
まだ少し顔が赤いが、もう涙は止まっている。
「ごめんね。みっともないとこ見せてさ」
「気にするなよ。誰にだって、辛いときはある」
後が続かず。言葉を探す。
何となく、黙っていてはいけないような気がしたから。
だが、言葉を見つけたのはノアの方が先だった。
「ねえ、ハルイチさん。聞いてくれる?」
この状況でノアが話そうとしている事なんて、一つしかないだろうな。
「いいのか?」
「うん」
ノアの瞳は、さっきのように揺れてはいない。
覚悟に満ち、俺のことをまっすぐに見据えている。
「あれは6年前。僕がまだ、10歳だったころの話」
ノアは過去に自分の身に起こった、忌まわしき出来事を話し始めた。
最近、展開が遅い気がして反省しています。




