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損して得とれ?

 唐突だが、アーノルドさんがどのようにして利益を出しているかを整理しておきたい。

 彼、と言うか彼の家系はビルヒジスタ近郊との行商で栄えた家系である。しかしいつまでも自分達で行商していたのでは、出せる利益に限界がある。そこで別の方向にシフトしたのである。

 まず彼らが行ったのは、道の整備。自分達が行商を行っていたノウハウから、何処の道を整備すれば便利になるかは分かっていた。だから、そこを使う商人たちから金を集め、道の整備に取り掛かったのだ。そして、その一部を取り分としてもらう。

 更にそこで培った人脈により、今度は商人自らがアーノルドさんのもとに売り込みに来るようになった。

 彼は他の商人から物を買い、それをさらに別の商人に売る。卸なんだか小売なんだかは微妙なところだが、所謂彼を中心にしたマーケットが広がりを見せる。

 金も物も一度集まってしまえばそこに集中するものである。彼のマーケットはどんどん広がり、遂にはビルヒジスタ中の商人が彼の下に物を運び、彼から物を買うようになった。

 だが、彼が本当に革新的だったのは別の所である。

 彼が新しく利益を出す方法として考案したのは、日本人に理解しやすい言葉で言い換えると『リース産業』という事になろうか。

 例えば近隣の村から何かを仕入れたい商人がいたとする。だが、その商人は馬車を持っていない。その時、アーノルドさんは馬車を購入し、その商人に貸すのだ。

 当然一定の割合の上納金は収めてもらうし、それは最終的には馬車を自分で買う場合の金額を上回る。しかし、そもそも馬車が無ければ一切の利益は出なかったはずなので、それぐらいの取り分は得てもいいだろう。

 そして、当然馬車は日を重ねる事に老朽化し、その価値を落とす。そして、商人でも買えるぐらいになった時にその馬車を買い取ってもらうのだ。これがリースの基本的な考え方……のはず。

 ただ、この商売は金融に近い所があり、発想自体はモイラさんが提言したらしい。

 アーノルドさんの仕事は、馬車を提供した際にちゃんと元が取れるか、支払いが滞らないかなどを、長年流通にかかわってきた経験から査定するのが主な仕事だ。

 そして、それは海の上。船についても変わらない。海運を始めたいと思う商人がいたら、アーノルドさんは船を貸してやり、上納金で利益を得る。

 勿論馬車と違って単価が洒落にならないので、慎重にする必要はあるが。

 ここまで踏まえたうえで、俺は発言したわけである。即ち、


「私達で保険会社を作りませんか?」


 と。


「『保険会社』ですかな?」

「『保険』というとあれですわね。商人が個人の資産家と契約を結んで、万が一荷物を紛失した際の危険を分散する」

 

 そう。元々の『保険』の成り立ちは、個人の契約である。

 商人が資産家と契約を結び、積み荷を紛失した場合は保証してもらう。代わりに、商売に成功したら利益を還元する。こう言うものだった。

 これは地球の例であり、この世界では別の進化を遂げた可能性があるかもしれないと思っていたが……大体同じようだな。

 それなら、話は早い。


「ええ。その契約の規模を広げるんです。保険を取り扱う大きな会社を一つ作り、その会社が多くの商人と契約を結べばいいんです」

「成程。10人から保険料を徴収したとして、そのうちの1人が被害に遭ったとする。それなら、集めたお金で補償すると言う訳ね」

「そう言う事です」


 勿論そんなに単純なことばかりでもないが、メリリースさんの発言は大きく外れているわけでもない。


「勿論、保証できる金額には限度があります。ですから、基本的にはあまり高価では無い積み荷を運搬する商人専門になるでしょう」

「だけど、それ以上に高価な商品を取り扱える商人は、私の傭兵を雇うことが出来る。だから問題にはならない。そう言う事ね?」

「そうです」


 この制度が成立すれば、海運のリスクはかなり減るはずだ。


「ですが、そう上手くいくでしょうか? 襲われる商船が少し予想を超えるだけで、その構想は破たんしますよ?」


 モイラさんの主張は尤もだ。しかし、それは全ての金額を商人から集める前提での話だ。


「確かに、一時的には誰かが補償の金を建て替える必要があるかもしれません」

「やはり。上手く行かないと思いますよ。誰もそんな無駄な出費、払いたくはありません」

「そうですかな?」


 アーノルドさんの意見は違うようだ。


「行き来する船が増える。それはそれだけで我輩にとっては利益になりますからな。多少の損を被っても、最終的に利益に転じることは出来ると思いますぞ」


 アーノルドさんの商売はリース産業だからな。これは、単純に客が増えるのと同義だ。


「船を買う奴がいるなら、俺もありがたい」


 バーンさんも同調する。彼は建築だけでなく造船も手掛けるので、当然彼の客も増える。


「それに、なにも儂らラオネルの商人だけが全ての損益を負担する必要はあるまい。ブリンドル側にも負担させればよいじゃろう」


 ザックさんも意見を出すようになる。

 かなりみんなが乗り気であることが伺える。

 今回の俺の提案は、保険によって利益を出すことでは無い。海運という事業に参入者を増やすことで、ラオネルの経済を活発化させることである。その目的が達せるのなら、一時の不利益は投資と割り切れるのだ。


「……皆様の仰ることはわかりました。本当に利益に転ずることが出来るかは落ち着いて計算しなおしますが、今のところは賛成しておきましょう」


 渋っていたモイラさんも、首を縦に振った。


「では、この一件は各自持ち帰り、という事ですかな」


 その日の集会はそれで終わった。


***


 その後1週間程。かなり短いスパンであったが、もう一度『黒猫の集い』は開催された。

 目的がわかりきっているので、今度も『商王』以外の全員は参加している。

 結論から言うと、全員が保険会社の設立には前向きな意見を出している。

 これで、後は金融が得意なモイラさんにシステムを構築してもらえば終わり……と思ったのだが、ここで予想外の仕事が俺に振って来た。


「実は、ハルイチ殿にお願いがあるのです」


 その話を振って来たのは、アーノルドさんだ。


「何ですか?」

「これから我輩は保険会社を設立するにあたり、ブリンドルに渡航することになりますな」


 そうだった。料金の一部はブリンドルにも払ってもらう計画だった。


「よろしければ、ご一緒にお越し頂けませんかな? やはり、発案者の方がいてくれると心強い」


 ……流石に、嫌とは言えなかった。

少し難しい話になりました。筆者にも難しいです。

突っ込みはお手柔らかにお願いします。

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