ラオネル公国の成り立ち
そもそも、『公国』という言葉の意味を考えれば、その答えは必然かも知れなかった。
『公国』とは貴族を君主として成り立つ国のことであり、『王』がいないから『王国』を名乗ることは出来ない。
では、何故王がいないような国が生まれ得るのか。その答えは簡単である。
独立だ。ブリンドルの国王の支配が及ばぬ地域の貴族達が反旗を翻し、完全なる自治を宣言したのである。
当然王国はそれを認めず戦争にまで発展したが、現ラオネル側の抵抗は想像を遥かに上回るほど苛烈だった。戦が長引くことを恐れたブリンドルは渋渋停戦条約に調印。結果、ラオネルは『公国』を名乗ることを許され、自治権を得たのである。
あくまで『公国』なのは誰かが『王』を勝手に名乗ることは出来ないからだ。その呼称を許可できるのは『教皇』だけである。
ラオネル公国とブリンドル王国は同じ『フォリアナ教』という宗教を国教にしており、その教皇の権威はある意味では国王や侯爵よりも強い。よって、『教皇』の許可を得ずに『国王』を名乗ることは、いくらラオネルの元首でも出来ない。
こうして、ラオネル公国は生まれたのである。
しかも、ラオネルが独立したのはここ20年以内の話であるという。俺は勝手に長い歴史があると思っていたのだが、意外と若い国だったのである。
「しかし、戦争をしていた割には、ブリンドルに対する悪評とか聞いたことが無かったな」
レイラからこの話を聞かされた俺は、そんな疑問を抱いた。
現在は戦争をしていないとはいえ、関係が良好とは言えない国家のはずである。もう少し悪口なんかが聞こえて来てもよさそうなものだ。
「それは、私達がアルバーン地方にいたからですよ」
「そうだ。アルバーン地方は、独立戦争の際に最も被害が少なかったからな。直接的な戦災に限っては皆無と言ってもいい」
ああ、そう言う事か。俺は頭の中で地図を思い描かく。
アルバーン地方は、ブリンドル王国から一番離れた地域なのである。
「でも、出兵を要請されたりはしなかったのか?」
「少しはあったらしいが、わざわざ遠方から大軍を派遣するのは無意味だ。父上から聞いた話では、物資による救援が主な仕事だったという」
自分達の領土が踏み荒らされなければ、敵愾心も抱かないか。それはそうだろうな。
最近感じたことなのだが、そもそもラオネル公国と言う国はそこまで国家と言う纏まりが強いわけじゃない。国と言う括りはむしろ便宜上の物のようですらあり、地方ごとの自治権が非常に強いのである。
もっとも、これは地球でも珍しいわけじゃないけどな。日本みたいに国土が狭い国であれば纏まりもあろうが、アメリカとか中国ぐらいまで広くなると全ての管理は難しいからな。
飛行機はおろか、機関車すらも無いこの国ではなおさらである。
そう言う訳で、ブリンドル王国に対する考え方も地域によって様々と言う訳か。
「戦争自体は国境線付近でごく短期間に行われたものだからな。その諸地域にはブリンドル王国に恨みを持っている者は多くいようが、ラオネルの多くの国民にとっては他人事だ。
むしろ、ブリンドルから入って来る物資が減少したことを嘆く者の方が多いくらいだ」
恐らくレイラの行っていることは正しい。ここ、ビルヒジスタでもブリンドルに強い恨みを持っているような人にあった事は無い。
「多くの国民は貿易の活発化を望んでいるが、重要な国境線付近の地域は互いに憎しみ合っている。中には、未だに小競り合いをしている場所まである。そんなものに巻き込まれてはたまらないと、中々貿易に手を出す商人はいない」
それはそうだろう。ブリンドルを憎んでいる地域で、ブリンドルとの貿易をしたいなどとは言えない。なかなか難しいな。
そう考えると、バッドの持ってきた蒼玉は本当に貴重な物だったのだろう。
これをもう少し仕入れることが出来ればもっといい商売になると思うのだが……。
***
俺は、再び『黒猫の集い』に参加していた。参加メンバーは以前と同じ。
メリリースさんも今回は最初から出席していた。
俺は、レイラから聞いた話をさりげなく振って見た。
即ち『ブリンドルとの貿易は活発化できないのかどうか』だ。
「我輩も現状は憂慮しておりますぞ」
いち早く答えてくれたのは、アーノルドさん。ビルヒジスタにおける流通の元締めだ。
「陸路を使うと、どうしてもブリンドルに反感を持っている地域を通らなければなりませんからな。そこで、『裏切り者』と称されて襲撃されることはありますぞ」
やはりそうか。実質的には『裏切り者』の粛清よりも物資を奪うことが目的なんだろうが、大義名分があれば人は凶暴になれる。厄介な相手と言えるな。
「無論、我輩とて何も手を打っていないわけではありませんぞ。今は、ノルシュナからの海運の方に力を入れておりますぞ」
『ノルシュナ』とはビルヒジスタの遥か北方にある港町である。ここから船を出せば、ブリンドルに入ることも出来る。
「ですが、それにも問題がありましてな」
「何です?」
「海運は陸路とは別の危険がありますからな。やりたがらない商人は多いのですぞ」
「別の危険……。天候の問題ですか?」
「それもありますが……」
「海賊よ」
言いよどむアーノルドさんに代わって、メリリースさんがはっきり言う。
「ラオネル北方の海域は、海賊が活動する地域になっているのよ。戦争の際に故郷を失ったものなどが族に身をやつしたのね」
戦争の弊害だな。
「メリリース女史の仰る通りですぞ。確かに天候の問題もありますが、一番の危険は海賊ですぞ。ですから、海運をする際はメリリース女史から傭兵団を借り入れて行っているのが現状ですぞ」
成程。軍需産業っていうのはそう言う風に使うわけだ。
「補足しておくけれど、海賊はそんなに活発ってわけじゃないわ。連中だっていつも航海できるほど蓄えがあるわけじゃないし。商船が襲われるのは10回に1回か、もしくはそれ以下か……」
「ですが、その1回が自分に当たったらたまったものではありませんからな。我輩も多くの商人に声を掛けておりますが、傭兵団を雇う金が無い商人は実質海運に手を出せないのが現状ですぞ」
つまり、やれば大体の場合は儲かる。でも、稀に大損することがあるから、手を出せる商人は少ない。そう言う事か。誰だって危険な博打は討ちたくないからな。
………………待てよ。ならば、博打じゃなくなれば、海運は活発化するのか?
「済みません。私から提案があるのですが」
俺は、全員の注目が集まったのを確認して、こう切り出した。
「私達で保険会社を作りませんか?」