蒼の輝き
最近、俺は実際に店で働くことは少なくなっていた。それは俺の仲間にしても同様である。
ビルヒジスタに来てから雇った従業員たちは全員優秀で、彼らだけでも店は十分に回せるようになっていた。
そのおかげで俺は他の戦略を練る事、リネットとノアは商品開発、レイラは芸術品などの買い付け、ミミカは頼まれた魔物の調教にそれぞれ精を出せるようになっていた。
やっていることはばらばらだが、ガリアスにいた頃と違って全員が全く顔を合わせないような状況にはならない。大体一緒に住んでるわけだし。
それに、給仕や調理師としての働きは無くても全員一回ぐらいは毎日店に顔を出していたし、基本的に俺達は昼食を店で取るのでそこで顔を合わせることも少なくなかった。
今日も全員揃って、スタッフ用の食堂でランチタイムである。
ガリアスの時と違って誰と競っているわけでもないので、比較的仕事と関係ない話も多く、良い息抜きの時間になっている。
だが今日は、そんな和やかな時間に訪問して来る者の姿があった。
「お食事中失礼いたします。店長にお会いしたいという男性がいらっしゃっています」
従業員の一人がそんなことを告げに来たのだ。
「誰かな?」
「バッドと名乗る男性で、宝石商を自称しております。身なりはそれなりに整っており、一定の信憑性はあるかと思われます」
「わかった。応接室で待ってもらってくれ」
「畏まりました」
礼をして、従業員は退室した。
俺は残り少しだったので、一気に昼食を平らげた。
「じゃあ、ちょっと会って来るか。リネット、レイラ、一緒に来てくれ」
俺は既に食事を終えていた二人に声を掛けた。
「わかりました」
「ああ」
「ミミカは? ミミカは?」
「お呼びじゃないんでしょ。座ってなよ」
言い方はきついが、何時はノアと同意見だ。
「ミミカ。多分今回はあんまりおもしろい話じゃないぞ。売り込みに対する対応だからな」
「でも、宝石見てみたい……」
「もし買い取ったら後でいっぱい見せてやるから」
「ほんと? 約束だよ?」
そんな問答もありながら、俺達は食堂を後にして応接室に入った。
そこには聞いていた通り、それなりに整った身なりの男が待っていた。
30代ぐらいの、妙に色白な男だった。
「お待たせして申し訳ない。私が店長のハルイチです」
俺が挨拶をすると、男も椅子から立ち上がって応える。
「こちらこそお時間を作っていただいてありがとうございます。私はバッド。宝石商です」
俺は彼の向かいに腰を下ろす。そして、俺の両隣にレイラとリネットも座る。
「そちらのお二人は?」
「この2人はうちの従業員です。ちょっと理由があって同席してもらってます」
リネットとレイラが黙って礼をする。
「そうですか。いや、羨ましい限りですな。このような美しい女性を2人も……」
「ええ。私は幸せ者ですよ。それより、そろそろ本題に」
ビルヒジスタに来てから、こんな美辞麗句に彩られた会話が増えた気がする。悪いとは思わないが、無意味なので俺は引き伸ばさないようにしていた。
「はい。今日は、私の商品である宝石を一目見て頂けないかと思いまして……」
そうだろうな。俺の店が宝石商に売る物は無い。ならば、俺に売るのが目的だろう。
しかし、今まではずっと売り込みをする立場だったからな。何というか、逆になるのは新鮮だ。
「こちらでございます」
バッドが俺に見せたのは、サファイアの様な宝石だった。
「では、失礼」
俺は部屋にあった手袋をはめて、その宝石を受け取った。
俺は自分で見るだけでなく、レイラやリネットにも見てもらった。
「蒼玉か。見事なものだな」
「ええ。綺麗ですね」
「しかし、これはラオネルではあまり取れない類いの宝石だ。お前、何処で手に入れた?」
どうにも尊大な態度が抜けないレイラだが、バッドは不愉快な顔一つせずに答える。
「ブリンドル王国からの輸入品でございます。王国の宝石商から直接買い付けました」
ブリンドル……ラオネルの隣国だ。それは結構金がかかってそうだな。
「金貨70枚ほどで如何ですか?」
バッドの提示した金額が妥当かどうかわからないな。
「リネット。どう思う?」
「加工して販売すれば、十分利益は出るかと」
「リネットの腕ならば、かなりの利益になると思うぞ」
2人も今回の話は好意的に受け取っている様だ。
利益が出るのは嬉しいし、それ以上に商品の幅が増えるのが俺には好ましい。だが、少し気になる事も有る。
「なぜ私に売り込みを掛けようと?」
他にも商人はいくらでもいる。その中でも俺を選んだ理由が知りたかった。
「この瀟洒なお店にこそ、私の宝石は相応しいと思ったからです」
何の意味も無い言葉だった。
「まあ、いいでしょう。取り敢えず、いくつか購入してみます。他の宝石も見せて頂けますか?」
「はい」
そう言ってバッドは、持っていた袋からいくつもの宝石を取り出した。
今回持ってきたのは全てサファイア……蒼玉のようだ。
このぐらいの数なら、まとめて買ってもいいか。
俺はそう思ったのだが……。
「お前、ふざけているのか?」
レイラがドスの利いた声をバッドに向けた。
「これは、いくら何でも杜撰すぎます」
リネットがレイラに同調するように言って、いくつかの石を手に取った。
「これは他の蒼玉に比べて、確実に価値で劣ります。恐らく、加熱処理をして他のものと似たような色合いにしているのでしょう」
リネットが手に持った石をよくよく見ると、確かにちょっと色が濃すぎるようにも見える。でも、言われないと俺は間違いなく分からなかった。
指摘されたバッドは緊張からか大量の汗を流している。どうやら、本当に偽物を混ぜて売るつもりだった。
だが、これで納得がいった。バッドは、俺がロルカ村出身であると聞いて宝石を売りつけに来たのだろう。田舎者には区別がつかないと思って。
だが、錬金術師のリネットや侯爵令嬢のレイラがいることは想定外だっただろうな。
「……申し開きがあるなら聞きましょう」
俺は出来るだけ声音を抑えてそう言った。
「こ、これは全て本物です!」
意外と往生際が悪いな。
「なら、その偽物も併せて頂きましょうか。ただし、私は他の商人に宣伝して回りますよ。この宝石はバッドから買ったものだと」
「ぐっ……!」
これは致命的な打撃になる。俺がこうすれば、バッドは偽物を扱っている商人だと認知されてしまう。たとえその中に本物が紛れていても、誰も相手にしてくれなくなるだろう。
「バッドさん。私は別にあなたを憲兵に突き出すつもりは無い」
大体、こんな詐欺行為はこの世界では珍しくないはずだ。かなりの部分が『騙される方が悪い』で処理され、憲兵も一々相手にはしていられない。
「貴方の悪評を広めるかどうかは、貴方の態度次第です。改めて聞きましょう。この宝石のお値段は?」
俺は、金貨70枚と提示された宝石を手に取った。
「……63枚で如何でしょうか」
「結構」
俺はそれから、宝石一つ一つをリネットとレイラに鑑定してもらいながら、値段を決めて行った。高価な宝石だったが、全体的に安く買い上げることが出来た。
***
「ありがとう。二人のお蔭で助かった」
「そうですね。今回はちょっと危なかったかもしれません」
「お前も、宝石の鑑定ぐらいできるようになるべきかも知れないな」
「ああ。……本当に、面目ない」
2人がいなかったら、偽物をつかまされるところだった。
一応宝石に詳しい二人に来てもらっておいてよかった。
「しかし、蒼玉か。珍しいな」
レイラが、買ったばかりの宝石を眺めながら言う。
「ラオネルでは殆ど取れませんもんね」
「ああ、それに、一時期ブリンドルから入ってこなかったからな。相当貴重な物になっている」
「へえ。何で入ってこなかったんだ?」
俺は素朴な疑問として聞いたのだが、レイラは『お前は何を言っているんだ?』とでも言いたげな、心底呆れた表情だ。
「ああ、そう言えばハルイチさんって記憶喪失だったんですよね」
そう言えば、そんな設定だった気がする。異世界から来たのを誤魔化す為に便利だったからそう言う事にしていたんだ。
「だからと言って、ラオネルの歴史に関わることを忘れるか?」
「よっぽど酷い記憶喪失だったんでしょう」
「うーむ……納得いかんが……本人がそう言うならそうなのかもしれんな」
レイラは気を取り直して俺の方を向いた。
「いいか、ハルイチ。何故ブリンドルから宝石が入って来なかったかだが……」
レイラはそこで言葉を切り、言いにくそうに続けた。
「戦争をしていたからだ。二つの国は」
ビルヒジスタ篇に入ってから、マルチタスクというか、いろいろなことが同時進行になってきました。
頭の中で整理しながら書くので、更新ペースがちょっと落ちそうです。
それでも毎日最低一回は更新できるよう頑張っていきたいと思います。




