メリリースの誘い
俺は『バー』なんて洒落た言い方をしているが、この世界にそんな言葉は流通していない。行ってしまえば『お洒落な居酒屋』である。
メリリースさんが連れて行ってくれたのも、正しくそんな『お洒落な居酒屋』の一つ。
緑色を基調とした店内は、何だか森の中のような雰囲気でも醸し出そうとしているのか。
メリリースさん曰く、
「『冬のリナリア』という物語を想起する店にしているのよ」
とのことだが、俺はその物語が何だかわからないので「そうですか」としか言えない。あと、『冬』って言う割には春みたいなデザインだし。
ラオネルの文化はよくわからない。まあ、話を聞く限り女性向けの店づくりみたいだし、あんまり学ぶべきところは無いかな。
俺達二人はカウンターのような席に並んで座り、適当に酒を頼んだ。
俺はそんなに強くないという自覚があるので、弱い酒だ。
しかし、『飲み足りない』と言っていた割に、メリリースさんの頼んだ酒も弱いものだった。
やっぱりあれは口実で、俺に何か話したい事が有るんだろうか。
「取り敢えず乾杯しましょう?」
「そうですね。えっと『ラオネル公国の更なる……』」
「あはは。そんな堅苦しい音頭じゃなくていいのに」
それもそうだ。今いるのは若い男女2人。そこまで畏まる必要も無いだろう。
「『二人の出会いに』とかそんなので良いのよ」
ちょっと意味深な響きにも聞こえるが、意識しすぎるのも癪である。
「じゃあ、メリリースさんとの出会いに……」
「ハルイチ君との出会いに……」
『乾杯』
俺達は杯を口に運んだ。
そして、少し落ち着いてからメリリースさんが切り出す。
「大体、あの音頭もちょっと胡散臭いわよね」
「『ラオネル公国の』ってやつですか?」
「そうそう。あの中に、本気で国を思いやっている人がどれだけいるのやら」
「随分と攻撃的ですね」
「そう聞こえた? 商人にとっては当たり前のことだと思うけどね、私は」
それはそうかもしれないが、改めてそう言われると何か疑問を覚える。
「で? 実際に『黒猫の集い』に参加してみて、どうだった?」
「やはり、全員立場に違わぬ実力者って感じですか。商売に対する物の考え方や、先見の明が凄い」
別にお世辞では無い。少し話しただけだが、全員俺の商売が成功している理由などを的確に見抜いていると感じた。もし彼らが本気で俺の商売を真似しようと思ったら、すぐにでも出来るのではないかとさえ感じた。
「あの人たちはビルヒジスタの頂点だからね。生まれと才能両方に恵まれているわ。……私は少し違ったけど」
その意味を尋ねるのは、流石に躊躇われた。どう考えても失礼の無い様に切り抜けるのは無理だからだ。かわりに俺は話題を変えることにした。
「だから、正直驚きですよ。何で俺があの集会に呼ばれたのか」
「ああ。私が推薦したのよ」
「そうなんですか!?」
「ええ。『推薦』って程じゃないけどね。私はアーノルドさんに『こんな男がいる』ってさりげなく紹介しただけ。好奇心旺盛な彼なら飛びつくと思ったしね」
「何でそんな回りくどいことを」
「他の参加者に気取られたくなかったから。貴方に興味があることを」
何だか話が飛躍して来た。
「率直に言うと、私は貴方を随分と評価しているのよ。貴方がどういう経緯でこのビルヒジスタまでやって来たか、私は全て調べ上げている。
全部知ってるのよ。ロルカ村からシリスタ、ガリアスを経てきたこと。ガリアスまではどんなことをしていたから知らないけど、ガリアスでは随分と派手にやったみたいね。魔物の売買に、金山の復活。はっきり言って、並みの商人の仕事ではないわ」
随分と本気で調べたんだな。
「私はね。貴方みたいな人こそ商人としては一流だと思うの」
「俺みたいな?」
「貴方、稼ぎを出す為には手段を選ばないでしょう?」
「何でそうなるんですか」
「だって、普通の商人なら危険を感じて避けるような事ばかりじゃない。それを平然とやってのけ、儲けに転じる。よっぽどお金に執着があるんじゃない?」
ガリアスでの一件はリットン商会との勝負があったからな。わざわざそれを伝える気も無いが、メリリースさんのイメージだけは否定しておこう。
「俺はそこまで金に執着はありませんよ。そりゃもちろん金儲けが嫌いとは言いませんが、手段は選んでます。成算の無いことはしない。仲間を傷つけるようなことも極力しない」
金山の一件は微妙だったので、少し表現が弱くなった。
「ふうん……」
メリリースさんは少し面白くなさそうな声を出した。
「まあ、貴方がそう言うのならそうかもしれないわね。でも、貴方の考え方がどうであれ、貴方は事実として危険な橋を渡り、生き延びて来ている。私がこれを評価するのは変わらないわ」
「そりゃどうも」
この人は俺にそんなことを伝えてどうしたいのだろうか?
疑問に思ったが、その答えはすぐに本人の口からきけた。
「貴方、私と手を組む気はない?」
「手を組む? 勿論、商売に置いてですよね?」
「そうよ。私は軍事に関わる事なら何だって扱う。魔物の調教が出来る人材なんて、喉から手が出るほど欲しいのよ。別に引き抜こうっていうんじゃないわ。ただ、方法を伝授してもらうとかで良いの。
代わりに、私も貴方に武器と言う商品の扱い方や、傭兵の使い方なんかを教えてあげられる」
商売人としては魅力的な提案だ。
だが、何だろう。俺はそれを飲む気にならなかった。やっぱりそれが軍事産業だからか。
ミミカは確かに魔物の調教が出来るが、それを戦争の道具として使うのは好まないだろう。リネットは、レイラは、そしてノアは俺がこの話を受けたらどう思うだろうか。特に、ノアは兵器に並々ならぬ嫌悪感を抱いている様だし。
だが、俺自身が軍事産業と言うのを理解出来ていないのも確かだった。誰かに求められなければ商売は成り立たない。需要があって行われるものを、一言で悪だと決めるのも、それはそれで傲慢である。
「……俺にはまだ、貴方の仕事がよく分からない。答えは保留させてほしいです」
「いいわ。それなら、近いうちにまた会いましょう。今度は私の職場に招待するわ」
「よろしくお願いします」
それから俺達は、差しさわりの無い話をしながら酒を飲みかわし、別れた。
俺は帰り路を歩きながらメリリースさんの話を考える。
軍需産業か。日本にもそれに関わる企業が無いわけじゃないが、あまり一般的じゃなかったからな。まるでイメージがわかない。
一般的にはあまりいい印象がなさそうな仕事だけど……。
いや、考えても仕方ない。すべてはこの目で確かめてからだ。メリリースさんも明日明後日に誘いをかけてくるわけでもないだろうし、その間に仲間とも少し話してみよう。
何にしても決断を急ぐ話じゃない。もう少し長い目で考えてみよう。
一応断っておきますが、筆者は現実世界での軍需産業の是非を問うことは目標としてはおりません。
あくまで小説の題材の一部と取っていただければと思います。




