初めての戦い VSただの盗賊
俺はアナベルさんから簡単な地図を貰い、リネットの家を出た。
俺は転生する際に身に着けていた物以外持ってくることは出来なかったので、持ち物は服と携帯電話、腕時計位である。
流石にそれでは心もとないと思ったのか、アナベルさんは3食分のパンもくれた。
「パンは腐りやすいから、出来るだけ早く食べるんだよ」
「はい、有難うございます」
やはり、この世界は保存技術もあまり発達していないようだった。
そして、いざ出発しようかと思ったのだが……。
「リネット? どうしてついて来るんだ?」
何故か、俺の後ろからリネットが付いて来た。
「おや、言ってなかったかい? リネットも街に行くから、連れて行ってあげておくれよ」
「そうなのか?」
「はい。買い出しの仕事があるんです。いつもはお父さんについて来てもらうんだけど、腰の調子が悪いみたいで……」
とはいうものの、マラカイさんは偉く不満げな表情だ。
「おい、母さん。やっぱり俺が行く。何処の馬の骨ともわからん男に、リネットを任せられるか」
「何言ってんだい! こんな腰で!」
アナベルさんが、バン! と言う音が鳴る程の勢いで、マラカイさんの腰を叩く。
すると、彼は可哀想に、腰を抑えてしゃがみこんでしまった。
……成程。これでは長距離の移動はきついかも知れないな。
「そう言う訳です。道中では特に危険は無いと思うけれど、万が一という事もあるので。ハルイチさん、よろしくお願いします」
「……わかった。アナベルさん、マラカイさん。短い間でしたが、お世話になりました」
俺は二人にお礼を告げて、ロルカ村を後にした。
***
地図を見てわかったのだが、ロルカ村はラオネル公国の中でも最もはずれにある僻地も僻地である。
これから俺達が向かうのは、シリスタと言う町だが、ロルカ村から歩いていける程度の距離なので、やっぱり僻地には変わりない。
だが、それでも人口が2千人ぐらい居るらしく、近隣にある8の村を纏める地方の中心地である。
まあ、ラオネル公国を日本に例えるなら、ロルカ村は北海道音威子府村。シリスタは名寄市と言うところだろうか。道民過ぎる例えですいません。黙ってたけど、俺、生まれは北海道なんです。
まあ、それは兎も角。将来的にはワールドワイドでクリエイティブな仕事に就くことを目標とする俺である。いつかはラオネル公国の首都を目指さなかければいけない。
千里の道も一歩から、まずはそのシリスタとやらで金を溜めなければ。
高い志を語ってみたのはいいが、目の前に広がるのはそんなものとは無縁の牧歌的過ぎる光景である。
歩く道は当然整備などされてはいない。人間が長い間何度も通ることで、土が踏みしめられていく。そうして自然につくられた道で、そこから少しでも外れたら草が生い茂る芝生である。
隣を歩くのは、可愛らしいが垢抜けしない村娘のリネット。
ハイソな生活を謳歌していた昨日まで辛は考えられない落差である。
「どうかしました?」
「いや、何でもないんだが……」
可愛らしい笑顔を向けるリネットには悪いが、俺は早くシリスタの街に付きたかった。
そのせいか、自然と歩く速さは少し上がっていた。
***
ロルカ村とシリスタは、歩いて往復が出来るとは言うものの、流石に一日で辿り着けるわけでは無い。そこまで近かったら自治体として別れる意味が無いからな。
俺達は、途中にある旅人用の宿に泊まった。
そこは一階が酒場になっているファンタジーの定番のような宿屋で、俺達はそこで夕飯を取った。席に座って適当に料理を注文する。
「おや、リネットちゃん。久しぶりだね」
顔なじみなのか、給仕のおばさんがリネットに声を掛けて来た。
「お久しぶりです。おばさん」
「隣の男前は誰だい? 恋人?」
「や、やですよ! 恋人だなんて!」
そう力いっぱい否定されると悲しい……。
取り敢えず俺は「ハルイチです」とだけ言って頭を下げた。
「まあ、男の人が一緒なら、一人よりはましかねえ」
「『まし』? 何かあったんですか?」
おばさんの呟きが気になり、俺は聞いてみた。
「今ね、シリスタの近辺には盗賊が出るらしいんだよ。昨日内に来た客もね。襲われたから金品を全て置いて命からがら逃げて来たって言っててさ」
「ええ! 怖いですね……」
リネットが青ざめる。
いや、俺だって平気なわけじゃない。盗賊がどういう連中か具体的な想像が出来ないだけだ。でも、危険な奴らだってのはわかる。
「兎に角、気をつけなよ。もし襲われたら、金品を差し出しても逃げるんだよ」
……そんなことにならないのを祈るしかないな。
***
翌日。宿屋で一泊した俺達は、シリスタの町を目指して出発した。
本来なら夕方ごろに着く予定なのだが、盗賊に襲われる危険性を考慮して、俺達は早足で移動していた。
この分だと、日が暮れる前には着きそうだ。
道中は何もなく進み、遂にシリスタの町が見えて来た。
「良かった……このままだと安全に着きそう……」
リネットが安堵の溜息を零す。
だが、その隣で俺は戦々恐々としていた。今の台詞、とてもフラグ臭い。
「貴様ら! 金を出せ!」
ああ、やっぱり……。
いつの間に出現したのか、俺達はいつの間にか五人の男に囲まれていた。
「きゃあああ!」
リネットが俺にしがみついて来る。俺も悲鳴を上げたい気分だが、彼女の為にぐっと我慢だ。
「おい、こいつ女を連れてるぜ」
「しかも、中々の上玉だ」
盗賊どもは一様にガラの悪い若者だった。みすぼらしい布きれを身に着け、これ見よがしにナイフをこっちに向けている。
口から出てくる言葉もテンプレばかり。盗賊の教科書があるなら、掲載できそうなぐらいのテンプレっぷりだ。
と、地の文ではいくらでも強がれるが内心はガクブルである。何せ、盗賊だよ?
大学のDQNどもでさえも怖かった俺に、盗賊って……。
「金を出すから、見逃してくれませんか?」
一応交渉してみようと思ったのだが……。
「金だけじゃねえ。女ももらう」
「これだけの上玉だ。暫く俺達が遊んでやるぜ」
「ひっ!」
盗賊たちの好色な目に、リネットが引き攣った声をあげる。
成程……こいつら、恐らく本当の狙いはリネットだな……。
もしこいつらの手に渡ったら、リネットがどんな目に遭うのか。火を見るよりも明らかだ。
金とリネットを差し出せは俺は助かるかもしれないが、流石にそこまで男として終わるつもりは無い。
勝てるとも思えないが、リネットが逃げる時間ぐらいは稼がなくてはいけない。
「リネット。逃げろ」
「え、でも……」
「ここは俺がなんとかする。いいから」
「ハルイチさん……」
「早く!」
「は、はい!」
リネットは俺の指示に従って、包囲網の隙間に向かって走り出した。
「へへ……逃がすかよお!」
当然盗賊はリネットに向かって手を伸ばす。
「させるか!」
「うお!」
俺はその盗賊に思いっきりタックルをし掛け、転倒させた。
不意打ちだからこそ効いた一撃だ。同じことは出来ないだろうが、これで何とかリネットを逃がすことは出来た。
「てめえ!」
他の盗賊が、俺に向かって短剣を振るって来る。
俺には避ける術も無い。ああ、死んだか。短い人生だった……。
と、人生を諦めかけたのだが、そこで妙なことに気が付いた。
(盗賊の動き、何か遅くないか?)
盗賊どもは必死の形相でナイフを振るって来るのだが、なんだかその動きが遅く感じられる。
避けるのは間に合わなかったが、俺はそのナイフを持つ手を掴んで止めることが出来た。
「くっ! 離せ!」
俺より体格がいい盗賊なのに、俺に掴まれるだけで動けなくなる。
「ふんっ!」
「ぐああ!」
ちょっと手に力を入れてやると、盗賊はすぐにナイフを取り落した。
……何だか知らんが、俺強くなってる?
「この野郎!」
他の四人の盗賊が再びナイフを振るって来るが、やはり遅い。
俺は身をかわし、盗賊の腹に蹴りを叩き込む。
「ぐはっ!」
対して強く蹴ってもいないのに、そいつは吹っ飛んで動かなくなった。
「な、何だこいつ……」
二人やられたせいか、盗賊の瞳に恐怖の色が宿る。
だが、ここまで優勢なら見逃してやる事も無い。
「おら! おら!」
俺は一側で距離を詰め、二人の盗賊を殴り倒した。
「み、見逃してくれ……」
最後の一人は、哀れなほどにガタガタ震えていた。
「見逃すわけないだろう。リネットに怖い思いをさせたこと、後悔させてやる!」
俺は最後の一人まで、簡単に殴り倒すことが出来た。
「ふう」
全員をぶったおし、俺はその場で息をついた。
その後しばらくすると、リネットが二人の男を連れて戻ってきた。
「ハルイチさん! 助けを呼んできました……あれ?」
リネットは俺達を見て目を丸くする。
「あー、ごめん、リネット。盗賊、全部退治しちゃった」
「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」