黒猫の集い
ビルヒジスタでの商売は上々だ。
今までのノウハウはビルヒジスタでも十分に活き、基盤となる喫茶店及び小物の販売は言うまでもない。
それに加えて、新しく始めたバーも当たった。時間帯的にミミカやノアを働かせられないが、ここでの主役はやっぱり俺だ。
ロルカ村からここまで出世した来た俺の話は多くの商人、貴族たちの興味を引いた。
別に商売のノウハウを教えるわけでもない。商売に対するものの考え方、今後どのような商売が伸びるだろうかと言う予測など、多分に冗談めかした会話ではあったが、みんな話が面白い。ビルヒジスタ中央部に居を構えるだけのことはある、先見の明を持った人ばかりだった。おかげで、俺も楽しんで仕事が出来ている。
その集まる客層の上質さが新しい客を呼ぶ。俺のバーは資産家たちの交流の場としての機能を持ち始めた。ここまでなると、暫くは安泰だな。
勿論、リネット作の男性用装飾も売っている。やっぱり男と言っても着飾りたい時はあるからな。女性用程ではないが、そこそこには売れている。
そして、もう一本の方針である、芸術家への投資。こちらはすぐに結果が出るような物ではないから、気長に待とうと思う。
それでも、店内に俺が出資している画家の絵を飾ってみたところ、『誰が描いたのか』『値段はどれくらいか』などの問い合わせが数件あった。この分で行けば、支出が利益に化けるのもそう遠くは無いかも知れない。
***
いつものように夜の営業を終え、店じまいの支度をしていた時、一人の初老の男性が俺の店を訪れた。
一目で執事だとわかりそうな上品な男性だ。その物腰から、間違いなく使えている主もかなり上品なんだろうことが伺える。
「何かご用でしょうか?」
多分酒を飲みに来たわけでは無いので、俺もこう言った対応を取る。
「不躾な訪問、お許しください。わたくしは、アーノルド・グラハム様にお仕えする執事でございます」
アーノルド・グラハム? 聞いたことが無い名前だ。多分有名人なんだろうけど……。
「本日はこのお店の店長であらせられる、ハルイチ・ヤザワ様に招待状をお渡ししたいと思い、参上仕りました」
男性は、綺麗な白い封筒を取り出した。
「これはどうもご丁寧に」
俺は名刺を受けとる要領で封筒を受け取った。マナーとしてあってるんだろうか?
「それでは、わたくしはこれにて」
そう言って執事の男性は帰って行った。
これだけの為に来るってのも凄いな。郵便と言う文化が無いこの時代では仕方ないんだろうけど……。
「招待って何のだろう?」
俺はペーパーナイフで封筒を開け、便箋を取り出した。
そこには、資産家特有の周りくどい挨拶から始まる長々とした文が書かれていた。
失礼ながら要約させてもらうとこんな感じだ。
『ビルヒジスタには、有力な商人が数人集まって開く「黒猫の集い」という会合がある。
貴方は短期間ながらこの街の発展に貢献したと認められたので、参加を許可する』
随分と上から目線だが、実際上の相手なんだから仕方がない。
別に参加する義務はないんだろうが、俺は勿論行くつもりだ。
これはチャンスである。商人にとって一番大事な物の一つ、人脈。
それが手に入る機会を不意にするような真似は出来ない。
俺は日付を確認し、その時間帯を空けるためのスケジュール調整に入った。
***
そして、いよいよ今日は『黒猫の集い』が開催される日だ。
一人で来いと言われたわけでは無いが、俺は誰も連れて行かないつもりだった。
そのような場に女性を連れて行くと、間違いなく俺の私生活でのパートナーと誤解されるはずだ。
流石に侯爵令嬢であるレイラを連れて行くとスキャンダルになる。ミミカとノアはまだ幼さが残る。リネットなら構わないのだろうが、緊張すると可哀想なので初回だけは俺で様子見だ。
俺の服装も勿論一流の仕立て屋にオーダーメイドした物ばかり。
上質な燕尾服に身を包んだ俺は、一段とイケているはず。
ノアとミミカには、
「あっはははは! ハルイチ全然似合ってないよ!」
「馬子は衣装を着ても馬子ってことだね」
などと言われたが、
「そ、そんなことありません! ハルイチさん! 素敵です!」
「そうだぞ、ハルイチ。最近はお前も服に負けない気品を身に着けている。……似合っているぞ」
と他の二人はフォローしてくれた。大人ゆえの社交辞令かもしれないが、本心だと信じる。じゃないと俺が辛いから。
まあ、それは兎も角、俺は万全の準備でもって『黒猫の集い』へと出席したのである。
***
集会はビルヒジスタ中央部、商人の住宅地の中心にある食事所で行われる。
地球にいる時はついぞ入ることが出きなかった超高級レストランと言う体で、何もかもが煌びやかだ。
入口でギャルソンに呼び止められたが、招待状を見せるとすぐに奥へと案内してくれた。
俺が入ったのはこの建物で一番奥にあるらしい一室。先程のエントランスよりも一際上品な内装が目立つ部屋だ。正しくVIP待遇ってやつかな。
そこには円形のテーブルが設置されており、7つの椅子が置かれている。
結構早く来たつもりだったのだが、その過半数はすでに埋まっていた。
俺が部屋に入ると、全員の視線が俺に集中した。
「申し訳ありません。新参者の身ながら、遅れてきてしまったようです」
俺は真っ先に頭を下げた。今この場で一番立場が弱いのは俺だ。下出に出て間違いはない。
「何、気にすることはありませんぞ」
「そうですよ。私達は早く貴方に会いたくて、気が急いてしまっていただけです」
二人の男女が俺をフォローしてくれた。
「有難うございます」
俺は礼を言って、自分の名前が書かれたプレートが置いてある席に座った。
「さて、主賓も到着しましたし……」
「そろそろ、始めてもよろしいですかな?」
先程俺をフォローしてくれた二人がそんなことを言い始めた。
「まだ空いている席がありますが」
俺は一応聞いてみた。
「恐らく二人とも来られないでしょう」
そう言われては仕方がない。
特に反対する者もおらず、『黒猫の集い』は始まった。
何をもって始まりとするかと言えば、やはり乾杯だろう。全員の手元に芳醇な香りの葡萄酒が配られる。そして、この場の中心らしい男性の温度に合わせてグラスを掲げる。
「ラオネル公国の更なる発展を祈り……乾杯!」
『乾杯!』
この音頭を街の酒場でやったら冗談にしか見えないだろうが、この場にいるメンバーは間違いなくラオネルの発展に多大な影響を与える人物だ。何だか気が引き締まる思い。
乾杯が終わると、ギャルソンが料理を運んでくる。スープから始まる本格派だ。
「さて。本日の主賓は皆さんご存知の通り、ハルイチ・ヤザワさんです。ハルイチさん。申し訳ないけれど、今一度ご挨拶願えますか?」
「分かりました」
老婦人に促され、俺はその場で立った。
「私はハルイチ・ヤザワ。中央部で喫茶店と言う形態で商売を営んでいる者です。紅茶やお菓子が楽しめる女性向けのお店ですが、夜には男子向けの店になってお酒も出します。他にも装飾品や魔法瓶などと言う別の商品も扱っています」
「他にも、魔物の調教とかもなさるのよねえ」
「え、ええ……」
そこを突っ込まれるのは意外だったが、俺の挨拶はこんな所だ。当り障りのない文言だし、何より全員そんなこと多分知っている。俺の口から言うのが重要だと言うだけだ。
俺の挨拶が終わると、他のメンバーが自己紹介を始めた。
最初は、俺にフォローを入れてくれた男性だ。50代ぐらいの白髪、白髭のおじさんだ。
「我輩は、アーノルド・グラハム。運送をやらせたらラオネルで右に出る者はおりませんぞ」
俺を招待してくれた人だ。俺は無言で頭を下げた。
次も、俺にフォローを入れてくれた人。こちらは痩せた老婦人だ。
「わたくしはモイラ・アクロイド。商品は……お金になるのでしょうかね」
「つまり、お金を集めたり、貸出たりして利益を出すという事ですか」
「理解が早くて助かりますね」
つまりは、金融業か。どの程度発展しているのかわからないが、その理念を持っているのは中々すごい。
次はいかつい顔の、禿げ頭のおっさんだ。
「俺はバーン・マッカートニー。建築専門だ」
「ああ、その節はどうも」
この街における建設業の総元締めの人か。俺の店もマッカートニー社に作ってもらったんだった。
最後はこの中で最年長らしい、かなり歳を召した老人の男性だ。
「儂はザック・スタンプ。土地の管理などが得意じゃ」
バーンさんが具体的な建築なら、ザックさんはその土地の売買と言ったところか。多少被る部分はあろうが、全体的にばらけたメンバーだな。
全員が自己紹介を終えた時、一人の女性が部屋の中に入って来た。
「御免なさい。遅れたわ」
口では謝りつつも、女性は堂々とした態度で席に座った。因みに、俺の隣。
……綺麗な女性だった。きっちりまとめられた黒い髪に理知的な瞳。それに、この世界では初めて見た眼鏡をかけている。
そして、若い。俺よりは上だろうが、20代後半から30代前半と言ったところか。今まで年配の人しかいなかったから、驚いた。
「珍しいですな。メリリース女史が来られるとは」
「新入りの方がどうしても気になってね」
そう言ってその女性は俺の方を向いた。
「私はメリリース・オールディス。武器、兵隊。軍事に関するものなら何でも扱うわ」
……驚いた。この女性、武器商人か。綺麗な顔して、物騒な商材だな。
俺は少々気圧されて、黙って礼を返した。
「ともあれ、これで全員揃いましたな」
アーノルドさんが改めて宣言する。
水を差すようで悪いが、俺は気になったことを聞いてみた。
「あの、そこの空席はどなたなんですか?」
すると、何やら部屋の中に妙な空気が満ちた。
別に不穏な空気ではないが、賑やかでもない。何というか、『無知な新人をからかってやろうか』と言う感じだ。
「この席に座る男は『エドワード・ブラックマン』と言う名前でしてな」
「ですが、人は彼を呼ぶ時、畏敬を込めてこう呼ぶのです。『商王』と」
『商王』……。それだけで何というか、凄みが伝わるような異名だな。
「エドワードはこの会合には基本的は姿を見せねえ」
「『商王』様は儂ら暇人と違ってお忙しいのでのう」
自虐なんだか皮肉なんだかわからないが、冗談のネタに出来る程度には近しい間柄なのか。
『商王』。一体どんな人物なのか……俺は気になって仕方が無かった。
***
今日の会合は、俺の顔見世のような物である。
突っ込んだ話などは特になく、当り障りのない会話をするだけで終わった。
「ハルイチ殿。今日はお越しいただいて感謝いたしますぞ」
「こちらこそ、お招き頂いて有難うございます」
「お呼びしたのはわたくし共ですから、今回はこちらでお支払いいたします」
「あ、有難うございます!」
こんな感じで、和やかなうちに会合は幕を閉じた。
……だが、なんかちょっとよく分からないな。
『黒猫の集い』に参加できるのは、ビルヒジスタの商人の本当に上澄みだけだ。
俺以上の資産家はいくらでもいるし、何で俺が呼ばれたのか……。
そんな事を考えながら帰途についていると、
「失礼。少しいいかしら?」
後ろから声を掛けられた。
振り返るとそこにいたのは、メリリースさんだ。
「メリリースさん。どうかしましたか?」
「御免なさい。少し飲み足りないのよ。付き合っていただけないかしら?」
……言葉通りの意味ではあるまい。何を考えているのかわからないが、
「私で良ければ、喜んで」
「ありがとう」
取り敢えず話して見なければもっとわからない。
俺達は、メリリースさんの行きつけと言うバーに入った。
登場人物が一気に増えた感じがしますが、別に覚えなくて結構です。
今は顔見世程度で、メリリース以外の出番はもう少し先かと。
余談ですが、黒猫は国によっては幸運の象徴のようです。
『黒猫の集い』の名前の由来はそこにあります。




