その約束の行く末は
俺はデリックとの会話を終えて、割り当てられた部屋に戻った。
ジェフリー卿も俺の評価を改めたのか、与えられた部屋は非常に豪華だった。
一人で使うにはちょっと寂しさを感じるぐらいに広い部屋。店舗の賑やかさに慣れている俺にとっては、少々息苦しさを感じる。
かと言って、女性陣の部屋にお邪魔するわけにも行くまい。俺は簡単な部屋着に着替え、ベッドに横になった。ふかふかで気持ちいいな。
特に眠るわけでもなく、横になったまま背伸びなんかをしていたら、扉がノックされた。
「誰だ?」
「私だ」
声音で分かったが、名乗らないところが彼女らしいな。
「いいぞ、レイラ」
「失礼する」
俺は立ち上がって彼女を迎えた。
彼女はいつもの動きやすい格好では無く、上品なドレスに身を包んでいた。
実は晩餐会の頃からそうだったのだが、あの時は彼女に視線を向ける余裕なんてなかったからな。
改めて見る彼女の姿はとても美しかった。まるでレイラじゃないみたい……って言ったら失礼か。だが今のレイラの繊細な美しさは、いつもの活動的な凛々しさとは対照的だった。
彼女は手に葡萄酒とグラスを持っていた。すぐすむ話じゃないのかな。
「取りあえず座れよ」
「ああ」
俺は彼女に椅子を勧めた。円形のテーブルを挟んでもう一つ椅子がある、二人掛けの席だ。
レイラは2人分のグラスに葡萄酒を注いで、片方を俺に手渡した。
「じゃあ、乾杯だな。えっと、」
「勝利に、乾杯」
「か、乾杯」
まるで文言を考えて来たかのようなスムーズさでレイラは言った。
それから俺達はちびちびと葡萄酒を飲んだ。
会話は無いが、息苦しさは無い。やはり慣れた相手と飲む酒は美味い。
「あの連中は何処からやって来たのだろうな?」
レイラが唐突にそんなことを言った。
「あの連中とは?」
「金山の魔物さ」
ああ。リザードマンの事か。正式名称なんかは無いのだが、俺達は暫定的にそう呼ぶことにしていた。
「私が調べた文献では、いきなり何処かから湧いたと書いてあった」
「湧いたって……あれは裏の山から来たって結論が出ただろう」
「もし本当にそうなら、文献を書いた者だってそのぐらいわかるだろう」
……確かにそうだ。もしも裏に山があることが知られていて、そこに通じる道があったなら、そこから来たと考えるのが普通。『いきなり湧いた』なんて表現にはならない。
「裏山に通じる道があることが知られていなかったのか?」
「いや、いくら何でも、それぐらいの調査は最初にするだろう」
だよな。
「じゃあ、レイラはどう考えているんだ?」
「リザードマンの連中は、自分たちであの穴を掘ったのかもしれない」
「金山に侵入するために?」
「ああ」
そうなると、それはそれで疑問が出る。
「何のためにそんな面倒なことを?」
リザードマンが金を欲しがるとは思えない。
「それは私にもわからない」
「俺だってそうだよ」
だが、デリックにこのことは教えておこう。裏山からの道をしっかり工事して塞げと。
しかし、レイラは何だって突然こんなことを言い始めたんだ?
結論なんてでないとわかっているだろうに……。
レイラを見る。
俺から少し目線を逸らしている。頬も少し赤い。まるで緊張している様だ。
さっきの話は場を繋ぐための者か?
「なあ、レイ……」
「ハルイチ」
俺の言葉を遮るように、レイラは言った。
「父上との約束、覚えているか?」
「当然だろう」
それは1年前、この屋敷で交わした約束。
『デリックとの勝負に勝ったらレイラとの婚姻を許す』と言う物だ。
「安心しろ。時期を見て、ジェフリー卿には芝居だったと伝える」
レイラもそれを望んでいると思っていたのだが、何故かレイラは俯いてしまった。
「ハルイチ。芝居でなければ、いけないのだろうか?」
「え?」
「私では、駄目なのだろうか?」
レイラは顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめた。
その頬は赤く上気し、瞳は潤み、いつものレイラとは全く違う。色気に満ちた女がそこにいた。
「お前は勝負に勝った。お前との結婚なら父上だって許してくれるのだ」
レイラは堰を切ったように言葉を続けた。
「私は、決められた相手と結ばれるのだと思っていた。それは何処かの貴族かもしれないし、何処かの豪商かも知れないと思っていた。何にせよ、私は自分の愛する人と結ばれることは無いのだと思っていた。
だが、今は違う。私は、心底から自分の愛する人と結ばれる機会を得たのだ」
「レイラ……」
多少遠回りではあったが、それは愛の告白と同義だった。
「ハルイチ。私はお前が好きだ。今までずっと一緒に戦って来て、心の底からそう思う。
強く、優しく、何にでも一生懸命なお前を、どうしようもなく好きになったんだ」
レイラは俺の手を取った。
「お願いだ、ハルイチ。私と一緒に、このアルバーンを支えて欲しい」
……彼女の言葉はとても嬉しい。
俺だってレイラが好きだ。まるで戦友のように思うことも多かったが、彼女はやっぱり魅力的な女性なのだ。
そんなレイラに、ここまでストレートに求愛されたのだ。心が動かないはずがない。
……だが、俺は彼女の思いを受け取るわけには行かなかった。
「済まない、レイラ」
レイラの瞳から、一筋の涙が零れた。
「君の気持ちは素直に嬉しい。君と一緒にアルバーンを発展させていく未来も、とても魅力的だと思う。
でも、俺の夢はやっぱり商人なんだ。もっともっと大きい舞台で、自分の店を持つこと、発展させること。その夢を捨てることは、出来ないんだ」
俺がそう言うと、レイラは涙をぬぐい、気丈に笑った。
「お前らしいな」
レイラは立ち上がり、俺に背を向けた。
「だが、私は諦めないぞ、ハルイチ。いつかお前が夢を叶え、この国、いや、大陸一の商人になった時、改めて同じ言葉を言う。もっとも、その時は私程度の身分じゃ釣り合いが取れなくなっているかもしれないがな」
「……楽しみにしてるよ」
レイラは何も言わず、俺の部屋の扉を開けて外に出て行った……で終われば格好良かったんだけど……。
「きゃ!」
「うにゃ!」
「うわ!」
レイラが扉を開けるなり、部屋の中に倒れ込んできた3人の姿。
最早誰かは言うまでもないだろう。
「お前達……盗み聞きしていたのか……」
レイラが怒りに震え、拳を握る。
しかし、リネット達も負けてはいない。
「ぬ、抜け駆けは卑怯なんですからね!」
「そうだよ! 父親が吹っかけた約束を利用するなんてズルいよ!」
「それに侯爵令嬢と言う地位まで使ってさ。レイラさんって見た目によらず、狡猾だよね」
「だ、誰が狡猾だ! 私は正々堂々と告白をだな!」
「何が正々堂々ですか! 自分の家と言う有利な状況を利用しておいて!」
「ほんとだよ! 正々堂々と言うなら、店で、私達の前でやりなよ!」
「そんな恥ずかしい真似が出来るか!」
「なら、諦めるんだね!」
……何だか、凄い剣幕で喧嘩が始まってしまった。
さっきまでのしんみりした雰囲気は何処へやらだ。
……卑怯なのはわかっているが、俺は安心していた。
これで、明日からもいつも通りにレイラに接することが出来そうで。
突然ですけど、恋愛描写って苦手なんです。
今回も割と頭を悩ませて書きました。
この話に関する感想は、ちょっとマジで欲しいです。
宜しければお願いします。




