再戦に向けて
リザードマンが追撃してこないことはわかっていたが、俺達はすぐに狼を走らせてガリアスの街に、自分たちの家に戻った。
誰が言い出したわけでもないが、俺達は自室に戻ることなく食堂に集まった。
食堂の椅子に座って、やっと一息つけたという感じだ。
ここまで極度の緊張状態でやって来たからな。俺も含めて、全員が疲れ切っていた。
「何なのだ……あいつらは」
前も起きも無しに、レイラが言った。
「あんな連中、見たこと無いよ……」
「私もです……」
「ミミカも……」
三人も俯いて答える。
「武器を持っていました……」
「それに、二足歩行もしてたよ……」
俺意外の四人はリザードマンを見るのが初めてなのだ。いや、俺だって実際に見るのは初めてだけど。
『初めて会った魔物』であること。そしてその魔物が『今までの魔物とは大きく違う』と言う事実。これが一番効いている。早い話、相手が何者か分からないのだ。
『自分の理解が及ばない事』。人は本能的にそれを恐れる。たとえ実際に何匹か倒すことが出来ていても、やはり恐怖の対象であることには変わらない。
これはまずい流れだ。あまり4人が恐怖心を持ってしまうと、金山にもう一度はいるのが難しくなる。
「取り敢えず、あの魔物について整理してみよう」
俺はさりげなく『魔物』と言う単語を強調する。出来るだけ、今までの魔物を変わらないという認識を持ってもらいたい。
「あいつらは武器を持っていた」
「そうですね……。もしかして、そんな技術まであるんでしょうか?」
リネットがそんなことを言い出す。やはり、混乱して冷静さを欠いているな。
「いや、それは無いよ。幾らなんでも、あの山の中であれだけの数の装備を作るのは不可能だ」
「じゃあ、どうやって……」
「遺品だ」
俺が答える前に、レイラが言った。
「あれは以前探索に出かけた冒険者の遺品だ。実際に斬り合った時にわかった。あの剣はラオネル公国では、特にアルバーン地方でよく使われる形だ」
どうやら、レイラは徐々に落ち着きを取り戻しているらしかった。
「じゃあ、あいつらには、武器をつくるほどの技術は無いってこと?」
「そうだろうな」
少しずつ情報を整理していくにしたがって、ノアも落ち着いて来た。
「それに、あいつらは身体能力が特に優れているわけでもない。そうだったよな? レイラ」
「ああ。少なくとも、ロープエイプの親玉なんかに比べれば遥かに対処しやすい」
そう、一匹一匹は大して脅威ではないのだ。
「でも、あいつら不意打ちしかけて来たよ?」
「そうです。こちらは全然相手の気配に気づけなかったのに……」
「そんなの当り前だよ。俺達は、カンテラを照らしていたんだから」
「あ、そう言えばそうですね」
そう。いわば、俺達は自分の居場所を教えながら歩いていたような物なのだ。
「そして、レイラのカンテラが壊された時、一度攻撃は止んだ。そして、俺が予備のカンテラに火をつけるまでの間、あいつらは攻撃してこなかった」
「つまり敵は、暗闇では目が見えないってだね!」
「そう言う事だ」
二つ目のカンテラをつけたのは俺の失敗だな。だが、そのおかげで敵の特徴が一つ分かったんだからよしとするか。
「つまり連中は、拾った武器を使う知能、二足歩行と言う特徴があるくらいで、普通の魔物と変わらないんだ」
かなり強引な結論で皆を勇気づけようとしたのだが、
「でもあいつら、待ち伏せする知恵もあるじゃん」
と、ノアに冷静な突っ込みを入れられた。
「あれは待ち伏せなのか? 偶然、あそこで出会っただけではないのか?」
「いや、待ち伏せだよ。そうじゃなきゃ、あの広い金山だ。どこかで一回くらい会ってなきゃおかしい」
レイラの問いかけにも冷静に答えていくノア。
やはり彼女の言う通り、『自分たちの有利な陣形で戦う知恵』も持っているのか……。
「じゃあ、やっぱりもう一回金山に入ったら……」
「同じ様に待ち伏せされるわけですね……」
確かにその事実は脅威かも知れない。
「逆に考えるんだ。戦場が固定されている分、対処しやすいと」
事実、俺は本当にそう考えていた。
「確かにそうだ。敵の陣形が分かっているなら、作戦も練れる」
「でも、あいつらが手を変える可能性は?」
「無いだろうな。あの金山で数の有利を活かすには、広い採掘場で戦うしかない。もしも手を変えて通路で待ちかまえられていたとしたら、そもそも脅威にならない」
レイラの言う通り。広い空間で迎え撃たれるからこそ、怖いのだ。
「今回の戦いについて、俺に作戦がある。だが、それには多大な準備が必要だ。みんな力を貸してくれ」
***
それから俺達は3週間、闘いの準備を整えた。
まずはリネット。彼女には、大量のマグネシウムを生成してもらう。
これまた癪なことだが、その為に俺達は再びリットン商会を利用した。
お目当ては苦灰石だ。これを大量に購入し、リネットがそこからマグネシウムを取り出す。
そして、次にノア。彼女の仕事は爆弾の生成だ。前回逃げ切れたのは、爆弾のお蔭と言っても過言ではない。今回はそれに頼るつもりは無いが、それでもあると安心する。
そして、リネットの手でマグネシウムが生成されるにしたがって、それを利用した道具の作成もしてもらう。
それだけでなく、小型のランプの生成も彼女にはしてもらった。今回の彼女ははっきり言ってかなりのオーバーワークだ。戦いが終わったらたっぷり休んでもらおう。
そしてミミカ。彼女には引き続き魔物の調教を行ってもらった。今回はダルウルフを先頭に使う。出来るだけ多くの数を準備してもらう為、店にもほとんど出ないでそっちに集中してもらう。
しかし、ダルウルフは結局チャールズさんの所有物だ。今回は借りる形になるので、料金の交渉、及び死なせてしまった際の補償額などの交渉も行ってもらう。
最後にレイラ。彼女は先頭に関する準備は特にない。しかし、デリックとの勝負は後3ヶ月も残っていないのだ。俺達がリザードマンを駆除したその日から、すぐに金の採掘を始めたいと思っていた。
その為彼女には3週間かけて、道の整備及び、鉱夫、御者、錬金術師の雇い入れをやってもらった。
***
3週間はあっという間に過ぎた。何せ、やる事があまりにも豊富だったのだ。全体に指示を出していただけの俺でも相当憑かれた。
まして、実務にあたってもらった彼女達はどれほど苦労したか。
だが、その甲斐あって俺達は全ての準備を終えた。
そして、闘いの前日、全員に一日の休養を与え、俺達は再び金山に向かった。
俺達は今度は、かなりの大所帯で金山に向かっている。
リザードマンを駆除するなり、すぐに金山での作業に移ってもらう為、鉱夫や御者を馬車に乗せて連れて来たからだ。
だが、彼らに戦うことは出来ない。俺は彼らに、『俺達が丸一日戻って来なかったら、街に帰っていい』と言い伝え、金山の中に入った。
戦いの準備及び、道の整備、大人数の動員。
これだけで、俺達は今まで稼いだ金の7割方を使ってしまっている。
もしこの戦いに負けたら、リットン商会との戦いにも負けることになる。
絶対に負けることのできない戦いが、始まる。
戦いは次で一段落する予定です。




