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ガレル金山

 ここはガリアスの郊外。

 今、俺達5人は、件の……『犬車』とでもいうべき発明の試験運転をしようとしていた。

 5人の他には、6匹の狼に似た魔物……じゃなくて、動物を連れて来ている。

 姿形は狼なのだが、全身に泥でも浴びたみたいな毛の色をした、ちょっと不気味な連中だ。

 学名なのかどうかは知らないが、ミミカは『ダルウルフ』と呼んでいた。

 こいつらはミミカに調教されているので、人間に危害を加えたりはしないだろう。

 だが、それでもやっぱりに街の人間が怖がるだろうと配慮し、俺達は夜明け前に郊外に遠征した。

 俺達は狼を連れて、あらかじめ車を運んでおいた場所に到達した。

 ノアとリネットが作った車は、馬車を狼用にアレンジしたものだ。

 狼は馬ほど身長が高くないので、全体的に低めの構造。

 車輪は小さくする代わりに数を増やしている。

 最初は重くなるのを懸念して壁なども作らなかったのだが、意外と狼が力強いので、木材で全体を覆うような使用になった。

 分かりやすく言うと、犬ぞりに車輪と壁、それに御者の席をつけたような物である。

 その御者の席に座るのは勿論ミミカである。レイラも座りたかったらしいが、流石にいきなりは任せられない。……今回の一連の流れでは本当に不憫だな。

 そして、後ろの席には俺達4人が乗る。座り心地は正直悪いが、仕方ない。


「それじゃあ、行くよ!」


 ミミカが手綱を取り、狼たちを走らせる。

 最初はあまりスピードが出なかったのだが、勢いがついて来るとなかなかの速さで走り出した。


「うん。悪くないね」

「頑張ったかいがありましたね」


 ノアとリネットは自分たちの成果に満足みたいだ。

 俺も良いと思う。速度も出るし、バランスもいい。


「……これと比べるなら、仕方ないか」


 レイラも、渋渋納得している様だ。

 俺達はそれから1時間ほど試運転をこなし、ガリアスに戻った。


 試運転は成功だ。これならば、商品としても通用するだろう。

 だが、車の出来栄え以前に、俺は驚いていることがあった。

 ダルウルフの事だ。幾らなんでも、力が強すぎる。たった6匹で、5人もの人間を引っ張れるものか?

 犬ぞりなんかは、もっと多くの犬で、もっと少ない人間を引っ張るぞ?

 そこで俺は、一つの仮定に行きついた。

 それは、この世界は地球に比べて動物が強いという事。

 人間同士を比較すると地球の方が強いのは俺が証明している。しかし、動物同士を比較すると、恐らくこの世界に軍配が上がる。

 詰まるところ、この世界にとって動物はかなりの脅威なのだ。だから『魔物』などと言う言葉が生まれたのだと俺は推測している。

 そして、それはこの世界の動物を利用すればもっと色々なことが出来ることを意味していた。今後は、商品開発にミミカにも参加してもらうべきかも知れなかった。


***


 そうは思ったものの、具体的に『これが作りたい』と言う物が無ければ、商品開発会議などよっぽど余裕があるときでなければできないものだ。

 少なくとも、リットン商会との勝負が終わるまではお預けだろう。

 肝心の勝負についてどうかと言えば、はっきり言って分が悪い。

 確かに俺達の店は利益を出している。シリスタにいた時なんかに比べれば、それはもう比較にならないほどの増益だ。

 まず第一に魔法瓶が売れている。これは俺の読み通り人気商品になり、且つ模倣して作ることが出来るものはいなかった。

 これに付随して、喫茶店では紅茶のテイクアウトサービスも始めた。魔法瓶を持っているお客さんに限るが、外でも熱い紅茶が飲めるサービスは好評だった。

 そして第二に、レイラのお蔭で流通網が増えていた。彼女は時にノアの爆弾を使い、時に肉体労働者を雇い、近隣の街に交通網を広げていた。

 とは言っても、そこに関所などを置けるわけでは無いので、直接金が儲かるわけでは無い。

 だが、近隣の商人は関所を通らなくていいルートのが出来たことに感謝し、俺達との取引を積極的に行うようになった。

 詰まる所、領主との結びつきが強いリットン商会は嫌われているのだ。もし他に取引する相手がいれば、すぐにそちらに移る程度には。

 こうしてリットン商会の勢力は弱まり、俺達は規模を広げた。

 第三に、公にはならないが、魔物の売り上げも馬鹿には出来ない。ミミカの言った通り一匹当たり金貨2,300枚で売れた。車を引かせる目的で買う人は5匹ぐらい同時に買うので、それだけで1500枚もの売り上げ。加えて車も売れるので、さらに500枚の売り上げ追加と言う具合だ。

 ここから、仲介をするサーカス団の団長に2割程度払っているが、それでも素晴らしい利益だ。数字だけ見るなら、リットン商会の一月の売り上げとそれだけで並んでいる。

 ……と、ここまで景気のいい話をしている癖に何故分が悪いのか。

 それは簡単だ、貯蓄の問題だ。

 たとえ一月の売り上げでリットン商会を上回ろうと、今までため込んできた資産が違う。

 俺の資産が金貨5000枚程度にしかならなかいのに対し、リットン商会は20000枚以上ある。

 もしリットン商会が本気で俺達を潰す気になれば、出来なくはないと思う。俺達と取引のある商人に何倍もの報酬を与えて、俺達から顧客を奪うとか。

 まあ、デリックも商人だ。勝負に勝つためとはいえ、そこまで無駄なことはしない。何せ、しなくても勝てるわけだし。

 残された期間はあと3か月。資産の差は4倍近く。絶望的な状況だった。


***


 俺はここ最近、夜になると毎日頭を抱えているように思う。 

 日中は仕事で忙しいのでそんなことをする暇はないが、夜になるとどうしても勝負の事ばかりにとらわれる。

 仲間たちも気を遣っているのか、あまり声を掛けて来なくなった。その気遣いはありがたいが、ある意味もっとへこむ。

 いかんな。マイナス思考にとらわれ過ぎている。……久しぶりに酒でも飲むか。

 頭の回転が鈍くなるので普段は控えているが、ちょっとぐらいならいいだろ。

 俺は自宅の方の食堂に行き、一人で晩酌を始めた。

 一人でちびちびと酒を飲んでいたら、


「帰ったぞ」


 レイラが戻って来た。

 随分と遅い帰りだが、今日は彼女は流通網の開発に行っていたのではない。

 アルバーン侯爵家に戻っていたのだ。ジェフリー卿は厳格そうに見えてもやはり娘のことが心配らしく、月に一回ぐらいはレイラを屋敷に呼んでいた。

 まあ、家出の前科があるからな。気にかけるのも当たり前か。

 レイラはその誘いを歓迎していないが、真面目な性格の彼女の事。家出したという負い目もあって、律儀に付き合っていた。

 屋敷に泊まってくることも珍しくはないが、今日は帰って来たんだな。

 食堂の明かりが灯されているのに気が付いたのか、レイラは真っ直ぐにここにやって来た。


「ハルイチ。今帰った」

「ああ、お帰り」

「飲んでいるのか?」


 俺は返事の代わりにグラスを掲げて見せる。

 それを見たレイラは、何とも言えない表情になる。

 彼女は荷物をおろし、俺の正面に座った。そのまま少し視線を泳がせていたが、


「……済まない」


 と言って頭を下げた。


「何だ、突然」

「私のせいで、いらない気苦労を掛けている」


 当然、リットン商会との勝負のことを言っているんだろう。


「いらない気苦労なんかじゃない。仲間の為なら、俺はどんな苦労でも喜んでするよ」

「だが……」


 レイラの心配そうな顔は変わらなかった。

 確かに、普段酒をあまり飲まない奴が、こんな時間に一人で酌をしていたら何かあったと思うかもしれない。

 ただ強がりを言うだけでも漢書は安心しないだろう。


「確かに状況は悪いよ。悩みも尽きない。でも、それはレイラのせいなんかじゃないし、頭を下げられる謂れも無い」

「ハルイチ……」

「それに、これは俺が好きでやっている部分もあるしね。未来のアントレプレナーはこんな所で負けるわけには行かないのだ」


 冗談めかして言ってやったのだが、レイラはクスリともしなかった。

 代わりに、少し瞳を潤ませて、


「ありがとう」


 とだけ言った。

 ……いつになくしおらしいな。調子が狂う。

 俺はこの妙な空気を取っ払うべく、話を無理矢理変えることにした。


「そ、それよりもさ! レイラも考えてくれよ! デリックを、リットン商会をぶっ潰す作戦をさ」


 これも冗談みたいなつもりだったのだが、レイラは真面目な顔をして頷いた。

 そして、荷物の中から一冊の本を取り出した。


「なんだ? それ」

「これは、アルバーン地方における政務の記録だ。今日、何か逆転の一手は無いかと、屋敷の書庫を漁っている最中に見つけた」

「勝手に持ち出していいのか?」

「いいわけないだろう。だが、事態が事態だ」


 ここの所、妙に柔軟になったな、レイラも。


「で? その本に何が書いてあるんだ?」

「このページを見てくれ」


 レイラは本を開いて俺に差し出した。

 そこに書かれていたのは、15年前の出来事についての記述。

ガリアス近辺には『ガレル金山』と言う金山があり、かなり大量の金が採掘されていた。しかし、強力な魔物がすみ着くようになり、金山は閉鎖された。

 簡単にまとめるとこんな所だ。


「まさか、レイラ……」

「ああ。この金山を復活させられれば、私達にも勝機がある」

「それはそうかもしれないが……。15年刊も閉鎖されている金山だぞ? そんな簡単にはいかないだろう」

「私だって簡単にいくとは思っていないぞ。15年の間には、私と同じことを考えた者もいたようだしな」


 そりゃそうだ。金が手に入ればまさしく一攫千金。むしろ、狙わない方がおかしい。


「だが、全員挫折した。

 20人の傭兵を雇って金山に入った男もいるが、半数近くが死亡して命からがら逃げ帰った。

 一時的に金を掘るところまでは成功した商人もいた。だが、長年放置されて荒れ果てていた道を馬車は通れず、禄に金を運べなかった。

 少しの金を手に入れて戻って来た男もいるらしいが、不純物が混じっていて碌な売り物にならなかった。しかも無断侵入で逮捕された」


 ……今レイラは、その金山を利用するにあたって大きな障害となることを教えてくれたのだ。


「まず、魔物を倒さなければいけない。そして、道を整備しなければいけない。そして、金を加工する技術を持っていなければいけないという事か」

「ああ。それに、今からリットン商会に勝つためには、あらかじめ道を整備し、鉱夫や御者を前もって雇うぐらいの準備が必要だ。それに、金を加工するためにリネットだけでは足りない。他にも錬金術師も雇わなければいけない」

「だが、もし魔物退治が失敗したら道の整備は無駄になる。そして、鉱夫や御者、錬金術師には最低でも待機させた時間ぐらいの賃金は払わなければいけないぞ」

「わかっている。だからこれは賭けだ」


 こうして話を詰めていると、見えて来た。

 詰まる所、金山を復活させるのは、恐ろしく金がかかるのだ。

 そんな大金を持つものは少ないし、持っている者は余計な賭けをする必要が無い。

 だから金山は放置されてきたのだ。


「父上に話を聞いたところ、金による売り上げの一部を税金として納めるのなら、金を採取すること自体は構わないらしい……もっとも、金山に行くことは強く止められたが」


 それはそうだろう。娘を危険な地域に行かせたがる親などいない。

 

「もう一度言うが、これは恐ろしいほどに危険な賭けだ。失敗したら貯蓄は殆ど無くなる。いや、命を落とす事さえある」


 ……これが、どれほど危険な賭けなのかはわかっている。

 だが、リットン商会に勝つためには、もうこれしか方法がない。


「やるぞ。レイラ。明日、朝一でリネット達に話して、了承を取る」

ガリアス編も終盤です。

金山の復活は、今までの仲間の成長を見せる集大成となるよう、頑張ります。

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