デリック・リットンと言う男
「しっかし、火薬ってどこにも売ってないな」
俺はレイラと共に街の中を探して回ったが、一向に見つからなかった。
それ以外の、ロープだとか布だとかは手に入ったんだが……。
「……」
そんな時、レイラが黙り込んで立ち止まった。
「どうした?」
「……一つだけ、火薬を売っている心当たりがあるんだ」
「何でもっと早く言わないんだよ?」
だが、レイラがそれを言わなかった理由はすぐにわかった。
「リットン商会だ」
「え?」
「リットン商会の小売店。そこでなら手に入る」
……リットン商会。
それって、俺達の敵の名前じゃないか。
「……どうする? 止めておくか?」
「そんなわけには行かないだろう」
「だが、リットン商会に金を払うことになる」
「仕方がないよ。何、気にするな。俺達が支払う金なんて、リットン商会から見れば微々たるものだよ。勝敗に与える影響はない」
「だが……」
感情的に嫌だと言うのはわかる。しかし、それよりも優先すべきこともある。
「いいんだ。最終的に勝つために必要なことなんだ。割り切ろう」
「……わかった」
俺達は、リットン商会へと向かった。
***
リットン商会は、腹が立つぐらい大きかった。
そもそも、ラオネル公国は土地が広く、地価が安い。だから建物は縦に伸ばす必要はあまり無い。俺が今まで見た一番高い建物はアルバーン侯爵家の3階建てだ。
そして、リットン商会の建物も、また3階建て。一つのフロアーの天井の高さが半端ではないので、実感としては5階くらい有りそうにすら感じる。
それに加えて横も広く、多分壁を全部取っ払ったら小学生が運動会ぐらいできる。
もちろん中は人に溢れかえっており、正しく異世界の大型ショッピングモールだ。
「これに勝てと言うのか……」
「父上は無理だと思って言ったのだろうな」
「まあ、普通に考えたら無理だな……」
だが、レイラの前で弱気な態度は見せられない。
「まあ、俺は普通じゃないから勝つけどね」
「……頼りにしている」
俺が強がりを言っているのはわかっているだろうが、レイラは頷いてくれた。どっちが気を遣っているのかわかった物じゃない。
「取り敢えず用事を済ませるか」
俺達は、ノアから言われた分量、火薬を購入した。金貨2枚。高いのか安いのか。
そうしてリットン商会から出ようとしたのだが……
「お嬢様! お嬢様ではありませんか!」
呼ばれた声にレイラが振り返ったので、俺もつられる。
そこには、がっしりした体格の中年男性が立っていた。
口ひげがダンディな、かなりのイケメンだ。多分、近所のマダムに超人気があるタイプ。
愛想の様い笑顔を浮かべながらも、その目には獰猛な色が宿っている。
「デリックか。久しいな」
デリック……。それって、リットン商会の会長の名前じゃないか!
ジェフリー卿とデリックは懇意らしいから、レイラと面識があっても不思議ではないが……。
「家を出られたとお聞きして、とても心配していたのですよ」
「そうか、それは余計な心配を掛けたな」
レイラは全く心のこもっていない態度で応える。
とは言え、デリックもデリックである。その態度は慇懃無礼と言うか面従腹背と言うか、丁寧でありながらも何処かレイラを見下した感じが出ている。
「ですが、まだお父様の下に戻られないのだとか」
「耳が早いな。父上から聞いたのか」
「はい」
俺との賭けの引き合いに出したのだ。この男に伝えるのは礼儀と言えば礼儀だが……。
「そして、こうも聞きました。何でも、ハルイチととか言う男と婚姻を結ぶつもりだとか……もしかして、そちらにいらっしゃるのが?」
「ハルイチだ」
デリックは、無遠慮な目線で俺を嘗め回すように眺めた。
そして、にっこりと笑顔を浮かべて右手を差し出した。
「お初にお目にかかります。わたくし、デリック・リットンと申します。お見知りおきを」
「ハルイチ・ヤザワです。こちらこそよろしく」
俺達は握手を交わした。
「聞きましたよ。何でも、一年以内に私共の商会の業績を抜くつもりなんだとか」
「ええ、そのつもりです」
俺は、出来るだけ何でもない事の様に答えた。
「本気でそんなことが出来ると思っていらっしゃるのですか?」
「ええ」
「はっはっは! 面白い冗談ですね!」
デリックは遠慮なく笑いやがった。
「俺は冗談のつもりは無いんですけどね」
「おやおや、本気で仰っているのですか? お嬢様、この者、気は確かなのですか?」
今度は、憐れみすらこもった視線を向けてきやがる。
何というか、根っこの部分が傲慢な男だよな。
「ハルイチならできる。私はそう思っている」
「……成程。ジェフリー卿がお嘆きになるもわかります。お嬢様が、こんな男に誑かされるとは」
「私は誑かされてなどいない。ハルイチと共に歩んできた、その道程から確信しているのだ。その資質を」
デリックは、嫌な笑みを浮かべた。
「ならばわたくしとも賭けをしませんか? もし、ハルイチさんが私に勝つことが出来なければ、わたくしと結婚して頂けませんか?」
「なっ!?」
流石に驚愕の声をあげるレイラ。
「身の程を弁えたらどうだ。一商人が侯爵の娘と……」
そこまで言ってレイラは気付いた。盛大なブーメランである。
「まあ、身分は関係ないな。だが、父上が許さんぞ、そんな事」
「それはありません。わたくしは、ジェフリー卿の信頼を受けていると自負がありますから」
本当なのか? だが、ジェフリー卿が『商人との婚姻』を完全に否定しなかったのは、もしかしたらそう言う事なのかもしれない。
「その賭けに何の意味がある。私に利が無い賭けなどしたくない」
「もし、お嬢様が勝ちましたら、私はお嬢様の言う事を何でもお聞きしますよ」
「何だと?」
「お嬢様が嫌がるような商売の仕方は絶対にしないとお約束しますよ」
随分と謙虚に見えるが。この賭けは受ける必要が無い。いずれにせよ、俺が勝ったら、色々な圧力をかけて止めさせることが出来る。
俺はレイラを止めようとしたのだが、そんな俺の動きなど読んでいたようにデリックは続けた。
「もし、受けてもらえないようなら。お嬢様はハルイチさんを信用していないという事になる。もし私がそれを報告したらどうなるでしょうね。ジェフリー卿はすぐにでもお嬢様を連れ戻すでしょう。借金の肩代わりをしてでもね」
こいつ……どこまで事情を知っていやがる……。
「わかった……その賭け、受けよう」
レイラはそう言うしかなかった。
このデリックと言う男……もしかしたら、ジェフリー卿すらも利用しようとしてるんじゃないのか?
俺にとってはジェフリー卿よりもこの中年男の方が数段恐ろしかった。
「有難う御座います、お嬢様。一年後、楽しみしておりますよ」
そう言うデリックの瞳は、やはり笑っていなかった。
***
デリックと言う男にあったせいで、やたらと疲れた。
俺達はノアに材料だけ渡し、すぐに店に帰って休んだ。
そして翌日、まだ町が起き出す前にノアの工房を訪問した。
なぜこんなに早いかと言うと、ノアがその時間を指定したからだ。曰く、『爆弾の売買なんて、あんまり人目に付かない方が良いよ』とのこと。御尤もだな。
目立ちたくないのと、二人もいらないという理由で、今日は俺一人だ。
「ノア? 起きてるか?」
俺とレイラは、控えめな声を出しながら工房に入った。
見ると、ノアは作業机に突っ伏して寝ていた。
徹夜で作業でもしていたのだろうか。
「ノア?」
再び声を掛けると、ノアは目を擦りながら体を起こした。
「何? こんな朝早くから?」
「お前がこの時間に来いって言ったんだろ……」
ぶっちゃけ俺だって眠いのだ。突っ込みにも力が無い。
「ああ、そうだった。爆弾ね、出来てるよ。はい」
ノアは、無造作にそこら辺に転がされていた黒い球体を差し出した。
爆発物なんだからもっと慎重に扱えよ……。
「確かに受け取った。爆破に成功したら、報酬を払いに来るから」
「待って……」
相変わらず目を擦りながら、ノアは立ち上がった。
「ボクも行く……」
「何でだよ?」
聞くと、ノアは妙にはっきりした口調でこう答えた。
「作った以上、ボクには責任がある。あんたが悪用しない様に見張るんだ」
見た目に寄らず、プロ意識の高いこった。
「なら早く準備してくれ」
「うん……」
欠伸なんかをしながら、ノアは後ろの部屋に引っ込んだ。
それから約10分ほどして、ノアは準備を終えて出て来た。
流石に作業着ではないが、動きやすそうなパンツルックに、頑丈そうなジャケット。相変わらず色気は無く、少年みたいに見えなくもない。
そして、その手には何故かクロスボウが握られていた。
「何だそれは」
「見ての通り、クロスボウだよ」
「何でそんなものを持っている」
「だから、作り手の責任。もしあんたがそれで人を傷つけるような真似をするなら、躊躇なく撃ち殺すから」
ノアの目は真剣だった。
確か、こいつは最初も『兵器を作るなんてお断り』と言って来た。何か、余程兵器を作りたくない理由があるのだろう。
仕方がない。流石に持って来るなとは言えない。
「行くぞ」
「わかった」
俺は極力気にかけないように努力しつつ、工房を後にした。
***
「へえ、ここが言ってた岩場? あんたの話、本当だったみたいだね」
岩場に着いたあたりで、やっとノアは俺を信用したらしい。
「じゃあ、早速爆破するか」
俺は持ってきた道具の中から、弓を取り出した。これに弦を巻いて回転させて火をおこすのだ。こっちの世界に来てからできるようになった技術の一つだな
「手伝うよ」
ノアは爆弾を持って、俺の側にしゃがんだ。
「何だ? 投げる役目を任せていいのか?」
「うん。ハルイチさんよりは爆弾の扱いに慣れてるから」
「じゃあ、頼む」
俺は弓を回転させ、火を起こした。
爆弾の導火線に火がともる。
「じゃあ、置いて来る。下がって耳を塞いでいて」
俺は素直にノアの指示に従う。
ノアも爆弾を置くなり、こっちまで走って来て耳を塞いだ。
ドゴオン! と、耳を塞いでいても聞こえるほどの大音量。それと同時に起こる、視界を覆うほどの煙。
俺は爆音の余韻が消えるのを待って、大岩の合ったところに近づいた。
結果は……成功。大岩は爆散し、後は残骸を撤去さえすれば道として活用できそうだ。
「良かった。成功した」
隣でノアも安堵の表情を浮かべている。
「ありがとう。助かったよ」
「それじゃあ、報酬を」
「はいはい……」
せっかちな奴……。
俺は約束通り、金貨8枚を渡した。
「どうも。それじゃ、帰ろうか」
成功の余韻とかそう言うのは何も無く、ノアは歩き出した。
***
帰り道の途中、俺はどうしてもノア自身に興味がわいてしまったので、色々と質問していた。
「ノアはあの工房に一人で住んでいるのか?」
「そうだよ」
「何でまた?」
「あのさあ……ボクみたいな年齢の、それも女の子がだよ。一人暮らしする理由なんて一つしかないと思わない?」
一つしかないということは無いだろうが、予想は付いた。恐らくは、死別だろう。
「……悪い事聞いたな」
「ほんとだよ。もっと気を遣えるようになりなよ」
何とも容赦のない子だ。
俺は無理矢理話題を変えようと思った。
「そのクロスボウは自分で作ったのか?」
「そうだよ」
「闘いの道具は作りたくないんじゃないのか」
俺がそう言うと、ノアは先程よりもさらに沈んだ顔になった。
「……しょうがないじゃん。これが無かったら、自分の命すら守れなかったんだから」
……どうやら、また地雷を踏んだらしい。もう話しかけない方が良いかもな。
俺達は妙に気まずい沈黙の中、ガリアスへの道を歩いた。
ノアの正式な加入は、まだ少しだけ先です。
ここからは本編とは関係ありません。
この度やっと本編も10万字を突破いたしました。
ここまで私が書き続けられたのも、お読みくださる皆様、ブックマークして下さる皆様、評価・感想を下さる皆様のおかげです。
これから先、もっともっと面白い物語が掛けるように精進致しますので、どうか今しばらくお付き合いいただけますよう、お願い申し上げます。




