工房にて
「あ、そこ踏まないで! ……そっちはいいや、ガラクタだから」
俺とレイラは、足の踏み場所一つまでノアに指示されながら工房に入った。
ノアには悪いが、どれもこれもガラクタにしか見えない。
「適当に座ってよ」
「座れったって……どこに腰を下ろせばいいんだよ?」
足の踏み場にさえ難儀するのだ。座る場所など有るはずもない。
「その四角い箱みたいなのとか、円柱型の木細工はお勧めだよ。頑丈なんだ」
指定された物は、偉くバランスが悪そうだった。これなら立っている方がましだろう。
「私は立っていようかと思う」
「俺もだ」
「そう? 変わってるね」
お前に言われたくない。
「ちょっと待ってて。今、飲み物準備するから」
ほう。もてなしの心はあるのか。
感心しかけた俺だが、ノアが持ってきたものを見て目が点になった。
「何だ、これ」
「水だよ」
そうだよな。コップに注がれた液体は無色透明無味無臭。水以外の何物でもない。
「催促するわけでは無いが……こういう時は茶でも出すのが普通ではないのか」
俺がレイラに同意するように頷くと、ノアは不満げに頬を膨らませた。
「何だよ、折角出してあげたのに! それは今ボクの家で一番高級な飲み物なんだよ! 嫌なら飲まなくていいよ!」
……何なんだこいつは。
だが、こっちは一応頼み事をしに来た立場だ。あまり機嫌を損ねるのも良くないだろう。
「あ、有難く頂くよ……」
「私ももらおう……」
なんでわざわざ他人の家で水を飲まなきゃいけないのかわからないが、俺達は出来るだけ美味しそうに水を飲んだ。
「ご馳走様。美味しい水だったよ」
「私もだ。こんなに美味しい水は久しぶりに飲んだ」
「ふうん。変わってるね。それ汲んだの三日前なのに」
ブッ! と同時に吹き出す俺とレイラ。
「ハルイチ……一回ぐらい殴り倒してもいいだろうか?」
「全力で同意したいが、もう少し堪えろ」
耳打ちしてくるレイラに、小声で返す。
俺達はコップをノアに返し、本題に入る。まずは自己紹介から。
「俺はハルイチ。22歳のお兄さんだ」
「私はレイラ。20歳のお姉さんだ」
決して『おじさん』と言われたのを気にしているのではない。
「まあ年齢なんてどうでもいいけど……ボクに何の用?」
いちいち発言が癪に障るガキだな。だが、俺は大人の余裕を見せつつ対応する。
「君は爆発するのが得意だと聞いて来たんだが」
「好きで爆発してるわけじゃないよ……」
それはそうだろうけども。
「そこで、君にお願いがあるんだ。爆弾を作って欲しいんだ」
「断る」
にべも無く、ノアは背を向けた。
「時間使って損した。すぐ帰ってくれ。ボクは戦争の道具を作るなんて御免だ」
何やら勝手に誤解されている様だ。
「待ってくれ。俺は別に人殺しの為に爆弾が欲しいんじゃない」
「じゃあ、何のために使うのさ?」
「道の整備だ。俺達は事情があって、リノリアとの流通路を確保しなければいけないんだ」
興味を惹かれるものがあったのか、ノアは再びこっちを向いた。
「本当だろうね?」
「嘘はつかない」
「じゃあ、その事情っていうのを説明してよ」
俺はレイラの方に視線を向ける。彼女は頷きで返してくれた。
話してもいい。そう言うサインだろう。
「それには、まずここにいるレイラの身分から話さなきゃいけないな」
俺はノアに、レイラが貴族の娘であること。彼女は今のアルバーンの政治を変えたくて闘っていること。そして、その為にリットン商会に勝たなければいけないことを話した。
「また随分と突飛な話だね」
「だが、私が貴族アルバーン侯爵家の娘であることは証明できるぞ」
そう言ってレイラは、何処からかブローチのような物を取り出してノアに渡した。
「アルバーン侯爵家の家紋……。これ自体は模倣できないことも無いだろうけど……随分と高価な材料を使ってるね。少なくとも、レイラさんが高貴な生まれってのは確かみたいだ」
ノアは俺達の話を信じたみたいだった。
「事情は分かった。それならボクだって協力するのはやぶさかじゃないよ。勿論、金は貰えるんだろ?」
ちゃっかりした奴だな。
「材料費はこちらで持つ。後は成功報酬だな」
「駄目だ。少しは前金を貰いたい。ボクはあんたたちを完全に信用したわけじゃない」
それはこっちだって同じなのだが、どちらかが折れねばならない話ではあった。
俺は金貨を5枚取り出した。
「これでどうだ?」
「そんなにもらえるの?」
……しまった。もう少し数を減らすべきだった。しかし、ここで下げるとノアのやる気を奪うだけだ。
「無事成功したら、後5枚払う、いいな?」
「成功報酬はもう少しあげるべきだと思うけどなあ、ボクは」
「……何枚欲しいんだ」
「8枚は欲しいな。構わないだろ? 流通経路が出来たら、それぐらいすぐに取り戻せるはずだよ?」
「……わかった」
こいつ。リネットより年下だろうに、随分とちゃっかりしてるな。
「さて、それじゃ早速、制作に取り掛かるよ。どれくらいの規模の爆弾が欲しいの?」
「この工房の半分くらいの大きさの岩。それを壊せるぐらいの威力の物だ」
「……本気で言ってるの?」
ノアが怪訝な顔をする。
「仕方がないだろう。それぐらいの大きさなんだ。……もしかして、出来そうにないか?」
「出来るとは思う、思うけど……やったことは無い」
結構不安になる話だった。
「あー、こんな大仕事になるなら、もう少しお金要求するんだった」
ノアが愚痴るように呟く。
俺はそれを聞かない振りをして話を続ける。
「どれくらい時間が掛かるんだ?」
「明日までには仕上げるよ。こんな仕事に時間使いたくないし」
頼んできた本人に『こんな仕事』とか言うなよ。
「じゃあ、頼むぞ」
俺とレイラは、背を向けて工房を出ようとした。
「ちょっと待って、どこ行くの?」
「どこ行くって……帰るんだが?」
「駄目だよ。材料買って来てよ」
「何で俺達がそんなことをせにゃならん」
ノアはむしろ、『俺がそんなことを言い出すのが不思議』と言う感じだ。
「材料費はそっち持ちでしょ?」
「前金から出せよ。後で払うから」
「駄目だ。後から『こんなにかかるわけない』とか難癖付けて、値切るつもりだろ」
こいつ……どこまで人の事信用してないんだよ。
だが、俺もいつまでもこいつに構っているわけにはいかない。
「わかった。買って来てやるから、必要なものを紙かなんかに書いて渡してくれ」
「ちょっと待ってて」
ノアは、ガラクタの山から紙と筆記用具を取り出し、これまたガラクタを机代わりにして書き始めた。
「はいこれ」
……字が汚すぎる。
「読めない」
「私もだ」
「二人共、字も読めないの? 本当に身分高いの?」
「お前、少しは自分に非が無いか考えろよ!」
「何のこと?」
こいつ、本当に全く分かっていないのか?
「もういい。俺が書く。口で伝えろ」
「そう?」
こうして、酷く不毛な時間を越えてやっと俺達は買出しに出た。
本当はもう少し話が進む予定だったのですが、ノアが変人すぎて話が長引きました。




