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発明家ノア

「道は意外と平坦なんだな」

「ここまではな。だが、厳しいのはここから先だ」


 俺は、レイラに先導されてガリアス周辺の小山を歩いていた。

 目的は当然、新しい交通網を開発するためだ。

 ここは昨日レイラが視察に来た道で、使える見込みありと判断されたのだが、少しだけ問題があるらしかった。

 それは、土砂崩れによって道がふさがれてしまったという事。

 だから俺は、どれくらい深刻な被害なのか、撤去するのにどれだけの人と時間が必要か、採算を取れる見込みがあるか、などの調査に来たのだ。


「問題の場所はここだな」


 レイラにが指をさす先に広がる光景は、想像以上に酷かった。

 そこには無数の岩が転がっており、その中の大半は俺とレイラでも撤去できそうな大きさだった。

 だが、一つだけとんでもない大きさの岩が道を塞いでいた。

 間違いなく数トンありそうな大きさで、これは大の大人が10数人いても動かすのは不可能だ。

 動かせないならば破壊すればいいのだが、それにしたって道具と人が必要だ。


「なあ、レイラ。この岩さえ破壊できれば、この道は使えるようになるのかな?」

「だと思うぞ。登って岩の向こうを見てみたが、そちらは整備する必要も無いほど平坦な道だ。問題はすべて大岩のこちら側にある」

「確かに有望なルートではあるが……」


 この道が開ければ、リノリア及びその周辺に早く、安く行けるルートが出来上がる。


「ちょっと試算してみないと分からないな。いったん店に戻ろう」


***


 俺達が店に戻ったのは丁度昼休みの時間。

 リネットとミミカは既に昼食を食べ始めていた。


「ただいま」

「あ、お帰り! 思ったより早かったね!」

「いま準備しますね」


 俺とレイラは、リネットが準備してくれた食事を早速食べ始めた。

 最近ではみんながバラバラに行動することが多く、こうした機会は結構貴重。


「リネット。錬金術の調子はどうだい?」

「上達しているという自負はありますけど……まだ小物を作るのが限界です」

「そうか。まあ、焦ることは無い。地道でも、成長を実感できるならそれでいいよ。

ミミカは? 変わったことは無いかな?」

「お客さんが増えてるよ!」

「ミミカが頑張ってくれてるからな。いつもありがとうな」

「えへへ……」


 本当はもっと他愛も無い話をしたいのだが、ここ最近は気持ちも焦っていて、どうにも仕事に関する話になってしまう。


「お二人の方はどうでした? 新しい道を開拓する見込みはつきました?」

「何とも言い難いな。立地としては悪くないんだけど……」

「岩によって道が塞がれてしまっている」


 俺の後を継いでレイラが答える。

 しかし、岩っていうのは難敵だよなあ。リノリアの時みたいに魔物が問題だった方がまだましかもしれない。


「ダイナマイトでもあればなあ……」

「なんです? それ?」

「ああ、いや、済まない。爆薬の一種なんだけど」

「爆薬と言えば、戦場で使うあれか?」


 この世界でも爆薬自体は一般的なんだな。


「あれは、敵の馬を怯えさせたりするのに使うものだろう? そんなものをどうするつもりだ?」


 成程。でも、使い方まではそこまで発達しているわけでは無い、と。


「爆薬は作り方によっていろいろな使い方が出来る。威力を増せば、岩の撤去にも使えるんだ」

「そうなのか」

「ああ。……リネット。君、そう言うの作れないかな?」

「わ、私にはちょっと……。火薬自体扱ったこと無いですし……」

「そっか……無理言ってごめん」

「あ、いえ、そんな、私こそごめんなさい……」


 やっぱり今リネットが習っている錬金術とは少し畑が違うよな……。

 食卓に暗い空気が落ちる。


「あ、そ、そう言えばミミカ、お客さんから面白い話聞いたよ!」


 その空気を変える様に、ことさら明るくミミカが言った。ここは乗っておこう。


「どんな話だい?」

「えっとね、爆薬って聞いて思い出したんだけど、、東部に変な人が住んでるんだって」

「変な人?」

「うん。その人、東部に工房を構えてるんだけど、何かいっつも爆発してるんだって」


 ……何か物凄い話だな。


「それで『近所迷惑だー』って怒られても、『発明ってのは爆発の先にあるんだ』とか言って聞かない人らしいよ」

「そ、それは凄いね……」

「はた迷惑な奴だな……」


 リネットとレイラも引き気味だ。俺の感想も似たような感じだ。近所にそんな奴が住んでなくて……。


「あれ?」


 その時、俺は何か引っかかりを覚えた。妙な違和感。何だろうな、この感じ。

 俺はしばらく考え込んで、ようやく答えにたどり着いた。

 そうだ。俺の世界で言えば、『爆発する発明家』なんて凡そギャグマンガの登場人物である。しかし、この世界においては違う。

 この文化水準が少し低い世界においては『爆発できる』こと自体が結構すごいのだ。

 決して笑い話では済まないぐらいに。


「ミミカ」

「なに?」

「その人、何処に住んでるかわかるか?」

「東部ってことだけしか……でも、有名人らしいから、東部で聞き込みすればすぐわかると思うよ」

「分かった」

「おい、ハルイチ。まさか……」

「ああ。駄目で元々。そいつに会いに行く」


***


 俺とレイラは、その日の午後に早速その人物に会いに行った。

ミミカの言う通り、その人物の工房はすぐに見つかった。というか、探す手間すらほとんどなかった。

 俺達が東部を歩いていると、何処からか爆発音がしてきたのだ。その音を頼りにして探し回ると、入り口のドアがぶっ飛んで中から黒い煙が出ている工房が見つかった。


「おい、ハルイチ……本当に入るのか?」

「……確かに気が進まないが、仕方ないだろう」


 ドアがぶっ飛んでいるのでノックは出来ない。代わりに俺は大声を上げて工房に入る。

 中は煙が充満していて、視界が悪い。


「失礼します! 俺はハルイチと言うものなんですけど!」

「ああ、ちょっと待って!」


 中から慌てたような声が聞こえて来た。


「入らないで! ボクが行くまで!」


 言われた通りにその場で待機する。そのうちに、煙が晴れて来て工房の中が見渡せるようになった。

 ……入らないでと言われた意味が分かった。何というか、ごちゃごちゃし過ぎだ。

 そこかしこに何に使うかわからないガラクタのような物が散らばっており、足の踏み場もない。


「お待たせ」


 その場で少し待っていると、作業着を着た小柄な人柄が姿を現した。その顔は大きなゴーグルに覆われていてよく分からないが、その背丈は俺の肩ぐらいまでしかない。

 工房と言うから、厳ついおっさんが出てくると思っていたので驚いた。


「ええっと、少し話があって来たんだけど、いいかな?」

「別にいいけど……おじさん、誰?」

「おじ……!」


 この22歳になったばかりの俺をつかまえて『おじさん』だと……!?


「落ち着け、ハルイチ」

「こっちのおばさんは?」

「おば……! 

この20歳になったばかりの私をつかまえて『おばさん』だと……!?」

「落ち着け、レイラ! 剣を抜くな!」


 俺は何とかレイラを宥めて剣を収めさせた。少しは収まったが、レイラはまだ不満げだ。


「何というか、無礼な小僧だな」

「ちょっと、無礼なのはそっちでしょ」


 そいつは、顔を覆っている大きいゴーグルを外した。


「ボクはノア。『小僧』じゃなくて『小娘』だよ」


 ゴーグルの下から出て来たのは、多少中性的ではあるが……可愛らしい女の子の顔だった。

新ヒロイン登場です。

彼女の登場でハルイチたちのパーティは一層賑やかになるはずです。

お楽しみに。

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