3つの方針
『彼を知り己を知れば百戦危うからず』。至言だな。これは。
己の事は割と十分知っていると思うので、まずは敵を知ることが最重要。
そう考えた俺は、経営会議での一番初めの議題として、『リットン商会』を知る事を選んだ。
「そもそも、リットン商会と言うのはどういう商会なんだ?」
この中で一番詳しいのは、当然レイラである。
「業務形態としては、卸売りになるのだろうな。アルバーン全土、ひいては他の地域からも商品を取り寄せ、それを小売店に売っている。自分たち自身も小売店を開いていて、そこでの収益も馬鹿に出来ない。すべて合わせると月に金貨2000枚以上は稼ぐようだ」
金貨2000枚……俺達達の20倍じゃないか。
だが、気持ちで負けるな。まずは兎に角相手を知るんだ。
「リットン商会はどんな商品を扱うんだ?」
「私の知る限り、殆ど何でも扱う。食品、衣料、薬品、武具、芸術、果ては、動物から……人間まで」
ミミカに考慮したのか、最後は少し小声になった。
「あ、思い出した。ミミカもリットン商会に買われたんだった」
とは言え、当の本人があっけらかんとしているので救われる。
「しかしこれはかなりの難敵だな」
分かりやすく纏めると、リットン商会は流通、小売りの機能も持った総合商社だな。
対する俺は、喫茶店で茶葉とアクセサリーを少し扱う程度。流通網も無い。
字面だけ見ると酷い戦力差だ。蟷螂が車に立ち向かうようなものだな。
「加えて言うなら」
まだ何かあるのか!?
「リットン商会の会長、デリックは父上と懇意だ。商会全体も父上の庇護下にある。例えば、関所などを通る時の金額は安くなっている」
「それって……不正じゃないんですか?」
「不正だよ。当然。父上は何とも思っていないようだがな」
レイラには悪いが、中々腐ってるな。
「これは、まともな手段で対抗しても勝ち目はないぞ……」
「じゃあ、邪道な手段を使う!? リットン商会の会長を誘拐するとか!」
笑顔で恐ろしいことを言うミミカ。
「ミミカ。それじゃあ何の解決にもならないんだ。仮に会長を誘拐できたとしてよう。それでリットン商会が無くなるわけじゃない。むしろ、俺達が犯罪の露見を恐れて、動きがとり辛くなるデメリットの方が大きい」
「そっかー……」
残念そうな顔を見るだに、結構本気だったのかもしれない。
「ですが、どうします? ハルイチさん」
「そうだな……俺は、3つの方針を同時に勧めることで対応しようと思う」
「3つの方針?」
リットン商会に立ち向かうには、地道なことは出来ない。かと言って、足元をおろそかにするのは愚の骨頂だ。
「そうだ。1つ目の方針。それは新商品の開発だ。これはリネットを中心に行う」
「私ですか?」
「ああ。リネットは錬金術に力を注いでくれ。もう少し上達したら、作ってもらいたいものがある」
「分かりました」
俺は次に、レイラに視線を向ける。
「2つ目の方針。それは、独自の流通網の開発だ。リノリアから紅茶を仕入れた時の様に、関所を通らなくてもいい道を開発する。これはレイラを中心に行う」
「確かに、外回りの仕事は私が適任だろう」
「理解が早くて助かる」
レイラは体力があり、近辺の土地に詳しい。まさに適役。
「3つ目の方針。これは今まで通り喫茶店を経営し、発展させることだ。これはミミカに中心になってもらう」
「ミミカが?」
「ああ。リネットはこれからできるだけ錬金術の開発に時間を割いてもらう。だから、店の中心はミミカだ」
「でも、ミミカに出来るかな……?」
「ミミカ以外には任せられないんだ。だが、努力は必要だろう。リネットからパンの焼き方や紅茶の入れ方をすぐにでも学んでくれ」
「わかった、頑張る!」
これが、今俺に出せる最善の答えだと思う。
俺達は、自分たちが利益を出すことと相手の利益を奪う事を同時にやるぐらいの覚悟でなければ勝てない。
自分たちの利益は、リネットの開発に期待する。商社に立ち向かうには、メーカーとしてヒット商品を出すのが有効だと思うからだ。
そして、相手を弱らせる。これは流通を発達させることで行う。俺達が関所を使わない道を築けたら、リットン商会から顧客を奪えるかもしれない。そうして、相手の収入を減らすのだ。
最後に、それらをなすための資金稼ぎ。これは今まで培ってきた喫茶店に頼る。
……今までより、遥かに複雑になって来たな。
「ここから1年。はっきり言うと、みんなにはかなり無理してもらうことになる。悪いが、俺に力を貸してくれ!」
「当然です!」
「全力を尽くす!」
「あったりまえだよ!」
俺達の士気は上々。
今回は絶対に負けられない戦いだ。俺も全力を尽くす!
次回。新ヒロイン登場です。
「このタイミングで!?」と思わるかもしれませんが、出ます。




