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謁見

状況はまさに『謁見』と言う体である。向こうが上、こちらが下だ。

 ジェフリー卿は一際値を張りそうな椅子に、堂々とした態度で座っている。

 こちらは座る物すら準備されず、4人とも立ったままである。

 せめてミミカにぐらい配慮してほしかったのだが、そこは流石貴族。平民に払う敬意など微塵も無いようだった。


「貴様、ハルイチと言ったな」


 前置きも無しに、ジェフリー卿は口を開いた。

 頭に来ること甚だしい言い様だが、相手がその無礼を『許される』身分であることはさすがに俺だってわかる。怒りを抑え、出来るだけ丁寧に答えよう。


「はい」

「レイラと婚姻を結ぶつもりと言うのは本当か」


 流石に『嘘です』とは言えない。ここは本当に婚約者であると偽り、まずはレイラを俺の店に繋ぎとめる。そして、ジェフリー卿に物申せるぐらいの力を手に入れてから婚約を破棄する。これが正答だ。


「はい。私は卑しい身分の出身ですが、レイラさんを愛する気持ちはだれにも負けません。彼女との婚姻を心から望んでいます」


 レイラが顔を赤らめて、俺から視線をそらす。ナイス演戯。


「貴様のような一商人が、侯爵の令嬢と釣り合うと本気で思っているのか?」

「確かに私は今は一商人でございます。しかし、1年も頂ければこのアルバーンで指折りの商人に成って見せるとお約束いたします」


 はっきり言って、意味があるのかわからない言い草だ。常識で考えれば、いくら裕福な商人であっても、貴族を娶るような真似は出来ないだろう。

 しかし、ジェフリー卿は意外な反応を見せた。


「もし貴様が、アルバーン一の商人にでもなったのなら考えないでもないが……。私には到底そんな器には見えんがな」


 虚仮にされたのは頭に来るが、可能性が見えたのはありがたい。

 いや、話としては大幅に脱線しているんだけど。人身売買を止めさせるのが目的だったわけで……。

だが、それはこの場で告発することじゃないな。ようは、この場はレイラを俺の店に留めさせる許可さえ引き出せればいいのだ。

 俺がそんなことを考えている間に、ジェフリー卿は話を進めていた。


「レイラ。お前もお前だ。本当にこんな男がアルバーン一の商人に成れると思っているのか?」

「私は確信しています。現在権勢を誇るリットン商会を、引き摺り降ろすことが出来るのはこの男を置いて他にはいません」

「お前も随分と目が曇ったものだ」

「その言葉、そっくりそのままお返しいたします」


 何やら水掛け論になって来た。


「ハルイチよ。貴様がもしリットン商会を凌ぐ商人に成ったら、その時はレイラとの婚姻を許そう。ただし、もしも叶わなかったなら、娘に二度と会うことは許さん」


 結局、ジェフリー卿はそんな結論を出した。


「加えて、結果が出るまでの1年間も、娘と会うことは許さん」


 それは困るな……。レイラがいるのといないのとでは、経営でも戦いでも大きな差がある。


「考え直してはいただけませんか? レイラさんの力は、今の私には必要です」

「娘の力を借りねば目標を達成できないような軟弱者に用は無い」


 にべもねえな……。

 しかし、その時機転を利かせたレイラが口を開いた。


「父上、それはあまりにもハルイチにとって不利な条件です」

「そんなことはあるまい」

「いえ、実は申し上げなかったのですが、私はハルイチに借金があるのです」


 もちろん嘘だ。しかし、ここからどう展開するつもりなのか。


「私はそこの娘、竜使いのミミカをサーカスから買い取りました」


 ミミカが空気を読んで一礼する。


「何故そんな真似をした」

「居た堪れなかったからです。彼女は幼いときにサーカスに売られました。これは、父上が人身売買を禁止しなかったら起こった事。その責任の一端が私にもあると思い、罪悪感に負けて彼女を買いました」


 レイラは皮肉たっぷりに言う。直接的に、借金はジェフリー卿のせいであると言わんばかりだ。


「甘い娘だ」

「性分ですので。それで私は、金貨250枚をハルイチから借りました」


 実際は逆なんだけどな。


「私のせいで、ハルイチは損を被ったのです。もし彼を公平な条件で試したいのなら、借金のかたに私を働かせるべきです。それがお嫌なら、今すぐ彼に250枚の金貨を払って下さい」


成程。上手いな。これならレイラは俺の下で働く口実が出来る。そうでなくても、俺は金貨250枚が手に入る。どっちにしろ損は無い。

 ジェフリー卿はプライドの高い男だ。娘の不始末を、そのまま見過ごせるような人間じゃない。

 彼は暫く黙り込んだ後。


「それならば、お前自身が働いて返せ。アルバーン家では自分の失敗は自分で償うのが家訓だ」

「承知いたしました」


 こうして、何とか俺とレイラは一緒に居る許可を得たのである。


***


 俺達は屋敷を出るなり、思い思いに背伸びをした。


「何とか離れ離れにならずに済んだね!」

「本当に、良かったです……」

「実際は問題を先延ばしにしただけなんだけどな……」


 これから1年の間に、俺はアルバーン一の商人に成らなくてはいけない。いつかはそうなるつもりだったが、期限付きとは……頭が痛い。


「ハルイチ、逆に考えよう。もしこの戦いで勝ったら、きっと父上はお前を無碍には出来ない。何せ、地方一の商人ともなれば、その治める税も莫大だ。何としてもお前をこの地域に留めようと懇願して来るだろう」

「で、俺が『人身売買を禁止にすればここに居てやる』って言えば良いってか?」

「そうだな」


 一貴族がそこまで商人に媚を売るか? ……とは言え、もうやらなくちゃあならないんだよな……。


「まあ、いいさ。やる事はもう決まっている。今日は帰ったら、すぐに経営会議だ!」

「はい!」

「任せろ!」

「わかったよ!」


 こうして、俺達の、新しい戦いが始まった。

今までとはちょっと変わった展開になりましたね。

そろそろ新しいヒロインも出てくる頃です。

お楽しみに。

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