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侯爵の血筋

 リネットは小物作りを始めた。ミミカは曲芸を始めた。

彼女達の頑張りによって、俺の店は瞬く間にガリアスの人気店になった。

最初はどちらかと言うと中産階級の市民を中心に展開していたのだが、最近では稀に上流階級と思しき客が訪れるようになった。

流石に面と向かってそんなことを聞けるはずも無いので、俺の勘だが。立ち振る舞いや身につけている服飾などが周りから少し浮いているのでそう感じたのだ。

色々な層に人気が出るというのは嬉しいことだ。

 俺はそう楽観的に考えていたのだが、そのことが思わぬトラブルを呼ぶこととなった。


***


 俺達はいつものように午前中の仕事を終え、昼の休憩を取っていた。この国は日本程忙しなくないので、少し時間をずらせば店を閉めて全員で休憩を取ることも可能である。

 今日はバイトの子は来ていないので、店舗に居るのはいつもの4人と1匹のみ。

 俺達は店舗のテーブルに座り、少し遅い昼食を取っていた。

 そんな時、騒々しい音を立てて店の扉が開かれた。


「あ、済みません。今は昼の休憩中でして……」


 俺は対応しようとしたが、入って来た人物を見て言葉を止めた。

 何というか、明らかに身分が高そうな初老の男だった。

 オールバックに撫でつけられた髪や、ダンディに禿げた口ひげの色は白。結構年齢がいってそうだが、その立ち振る舞いはキリッとしていて、威圧感がある。

 物々しい表情と合わせて、気軽に声を掛けにくい雰囲気だ。

 それに、その男の後ろから5人の男が入って来た。いずれも簡易な鎧に身を包んだ屈強な男達で、帯刀までしている。

 どう見ても俺の店に紅茶を楽しみに来てくれたようには見えない。


「俺の店に何か御用ですか?」


 気迫で負けないよう、俺も出来るだけ力を込めて言葉を発する。

 しかし、その男は俺のことなど眼中にない様子で通り過ぎて行った。


「あ、ちょっと!」


 止める間もなく男はテーブルまで歩いて行き……レイラの手を掴んで立ち上がらせた。


「貴様こんなところに居たのか! さっさと屋敷に戻って来い!」


 屋敷? 何が何だかわからないが、レイラと知り合いなのは確かなようだ。

 しかしレイラは、うるさそうにその手を振りほどいた。


「離してください! 父上!」


 ちち……うえ?

 え? マジで? この人が、レイラの父親?

 リネットとミミカも驚愕の表情を浮かべている。しかし、そんな俺達のことなどまるっきり無視して、二人は怒鳴り合っている。


「いきなり飛び出したかと思ったらこんな所で油を売りおって! 恥を知れ!」

「父上に言われたくありません! 貴方の政策のせいでどれだけの市民が苦しんでいると思っているのです!」

「何も知らない小娘が偉そうに抜かすな! いいから来い!」

「うわっ!」


 レイラの父親らしき男は、レイラを無理やり引っ張って連れ出そうとした。

 理由はわからないが、看過は出来ない。

 俺は男の前に立ちはだかった。


「どけ」

「どきません。俺の大切な仲間を離してください」

「身の程を弁えろ! この女はこの私、ジェフリー・アルバーンの、この地を治める侯爵家の娘なのだぞ?」


 何……だと……?

 俺が視線を向けると、レイラは俯くようにして顔を逸らす。

 ……本当なんだな。

だが、いくら相手の身分が高かろうと、仲間をかってに連れて行かれるのは許せない。


「レイラが嫌がっています。離してください」

「この私に逆らうか?」


 背後に構える男が、剣を抜く気配を感じる。

 ……荒事になるか。

 俺も棒を構えようとしたのだが、


「やめろハルイチ!」


 とうのレイラに制止されてしまった。


「父上も、止めさせてください。私なら屋敷に戻りますから。この者達を傷つけないでください」


 レイラの言葉にその男、ジェフリーは頷いた。


「もうよい、剣を仕舞え」


 ジェフリーに従って、五人の男は剣を仕舞った。

 こうなっては、俺が棒を振るうわけにも行かない。


「では、来てもらおう」


 そう言ってジェフリーはレイラの手を引こうとしたのだが、


「待ってください、父上」


 レイラは、落ち着いた声でジェフリーを止めた。


「何だ?」

「この男も屋敷に連れて行ってください」

「何処の馬の骨ともわからんものを、連れて行くことは出来ん」

「馬の骨じゃありませんよ」


 レイラはジェフリーから離れ、俺にしな垂れかかる様に近寄って来た。


「この男は、私の婚約者です」


 ……凄いな。当事者の俺が初耳の情報だ。

久しぶりにレイラにスポットライトが当たります。

考えれば、彼女は素性とか全くわかりませんでしたからね。

この一編で少しフォローできればと思います。

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