錬金術の成果
「ふわあ……」
俺は、窓から差し込む朝陽を受けて目を覚ました。なにぶん目覚まし時計などない世界。目覚めはいつもこんな感じだ。不思議なもので、これに慣れると時計が無くても毎日決まった時間に起きられるのである。
だが、睡眠時間がいつも決まった分取れるわけじゃない。昨日は帳簿の計算を間違えて、やり直したりしていたせいで寝るのが遅くなった。
少し頭が重いが、気合を入れて体を起こす。
布きれを水差しの水で濡らし、顔を拭く。水道が無いので、顔を洗うのはこういう行為で代用しているのだ。
俺は着替えてから、一階に降りた。
今更ながら、俺達の店は二階建てである。二階が俺達四人の私室。一階が店と厨房、倉庫。それに俺達が使う簡易な食堂もある。
いつも通りなら、リネットが食事を準備しておいてくれるはずだ。俺は朝飯を貰いに食堂に向かった。
「出来ました!」
「わあー! 凄い!」
「見事なものだな……」
食堂からは、3人の声が聞こえて来た。
何だか料理をしているという雰囲気でもないな。
「お早う。どうかしたのか?」
俺が食堂に入るなり、ミミカが何かを手に持って駆け寄って来た。
「おはよー! ハルイチ! 今ね! リネットが錬金術を見せてくれたの!」
そう言ってミミカが差し出したのは、銅か何かで出来たような指輪だった。
割とシンプルなデザインながら、光沢があって中々綺麗だ。
「綺麗なもんだな。これをリネットが?」
「はい……」
リネットは照れたように笑った。
「これを道具も使わずにつくるのだから、リネットは凄い」
レイラが感心したように言うが……道具も使わない?
「本当なのか? リネット」
「はい。今やって見せますね……」
そう言ってリネットは、小さな金属片を取り出した。
「はああ……」
リネットが集中すると、金属片は少しずつ形を変え、遂にイヤリングみたいな形状に変化した。
「出来ました!」
「うわー! 凄い!」
「やるな、リネット」
テンションの高い三人とは対照的に、俺は呆気にとられていた。
「錬金術ってこんな学問だったっけ? これ、魔法とどう違うんだ?」
俺がそう聞くと、リネットはきょとんとした顔になった。
「嫌ですね、ハルイチさん。錬金術っていうのは元々こういう学問ですよ。そして、物質に働きかける錬金術は、四大元素や精霊に働きかける魔法とは全然別物です」
何だか急に俺の理解の範疇を越える話になって来た。
まあ、俺だってゲームを全くやらないわけじゃないから、アバウトな理解はできるが……。
少なくとも、地球に存在した錬金術と言う学問とは大幅な乖離があるように思う。
だが、これならリネットを修業に出した甲斐もあるというもの。
俺はリネットが作ったという指輪をもう一度眺める。
見事なものだ。この世界における装飾品の水準と比べても遜色ない。
「リネット。これ、売り物にしてみる気はないか?」
「ええ!? そんな! 私なんてまだまだ……」
「そうかな? リネットの指輪、ミミカは綺麗だと思うけど」
「そうだな。もっと自信を持て、リネット」
二人の励ましの言葉を受け、リネットも考えを改めたようだ。
「じゃ、じゃあ試しに。ほんのちょっとだけ、棚に置かせてください」
相変わらず控えめなリネットだったが、商品としておくのには承諾してくれた。
***
俺はその日の内からすぐにリネットの作った装飾品を売り物として棚に置き始めた。
最初はひっそりと置かれたその商品に気づかないお客さんも多かったが、徐々に『これ売り物なんですか?』と聞いて来る人も増えて来た。
俺達も、実際に身に着けてもらったりして購買意欲を煽るように売り込んだ。
商品の噂は恐らく口コミで広まったのだろう、徐々に人気を博していき、このアクセサリー目当てで訪れる客も増えて来た。
今回の新商品は成功と言って良いだろう。
正直なところを言うと、今の時点ではリネットが抜けた事による減収を補うほどの収益にはなっていない。
だが、焦ることは無い。リネットは錬金術に時間を割くだけの価値をしっかりと見せてくれたのだ。この調子で進歩を続ければ、きっと凄い成果となって返ってくるはずだ。
俺はそう信じている。
今回の話には簡単な補足があります。
それは『何故錬金術は便利なのに、儲からない学問なのか?』という事ですね。
簡単に言うと、宣伝不足です。現状、リネットより精巧なアクセサリーを作れる錬金術師は多くいます。ですが、皆アクセサリーを売るという発想が無かったり、自分の工房でひっそりと売ってたりするのです。
宣伝の大切さが認知されていない世界ならではの事情と言う訳です。