それぞれの変化
大きな夢を語ってみたのはいいが、急にそれが実現できるわけでもない。
結局俺達の足場と言うのは喫茶店に支えられているわけで、中央部に土地を買ってからも一月程はシリスタとそう変わらない日々を送った。
今回はシリスタでの反省を活かし、あらかじめ『喫茶店と言う店が新しくできる事』をガリアスに広めておいた。ガリアスでも顔が広いファニーさんに協力を頼んだので、効果は抜群。俺達は好調な出足を記録した。
そして、ファニーさんから仕入れた茶葉の販売も引き続き行っており、こちらの方も好調。
一月で金貨100枚と言う高収益を叩きだしたのである。
このうち貯金に回せるのは20枚ほどだ。
一応俺の全財産を明記しておこう。この土地と設備、そしてバイトの子を雇ったりするので金貨300枚ほど掛かったので、ガリアスで商売を始めた段階での貯金は金貨100枚。
今月で20枚溜まったので、金貨120枚ってところだ。
差あたっての目標は、金貨1000枚。それだけ貯まれば次の街に行けるとは思うが……先は長そうだな。
***
ガリアスでの生活を始めてから一月ほどたった時。夕食の席で、リネットが突然こんなことを言い始めた。
「ハルイチさん! お願いがあります!」
いつになくエネルギッシュな表情だ。
「何だい?」
「私、錬金術を習いたいんです!」
錬金術。そのような存在がこの世界にもある事は話ぐらい聞いていた。
しかし、シリスタみたいな田舎ではあまり縁のある話では無かった。
ここは魔法も存在する世界だ。錬金術の形も地球とはまた違ったものになるのだろう。
「俺は錬金術には詳しくないが……教室みたいなのがあるのか?」
「いえ、そう言うのではないんです。ただ、研究をしている人のお手伝いをして、そうしながら学んでいく形になると思います」
「研究のお手伝いねえ……給料は出るのかな?」
「それは期待できないかと……。何せ、錬金術と言うのはあまり儲かる技術でもありませんから。本人の生活もカツカツのはずです」
まあ、だろうな。錬金術なんて大層な名前を付けているが、本当に金を錬成できた例は無いし。
「つまり、当面必要な物はリネットの時間だけか」
「はい」
バイトを増やせば、それぐらいの時間は捻出できなくもない。ただ、やっぱり出費になるのは当然だ。
「理由を聞いてもいいかな? 何で突然そんなことを言い出したんだ?」
「私、このままじゃ駄目だって思ったんです」
「唐突だな。リネットが駄目なことなんて一つも無いと思うけど」
「いえ。やっぱり駄目です。だってハルイチさん、いつかは喫茶店以外を主力に据えるつもりなんでしょう?」
「それはそうだが……」
「そしたら、私がお役に立てる事が減ってしまいます!」
……もしかして、この間俺が言ったことを気にしていたのか?
確かに俺は喫茶店以外に手を広げると言ったが……。だが、考えてみれば、今リネットが一番活躍しているのは喫茶店での調理や紅茶を淹れることだ。
俺の発言は『いつかリネットを主力から外す』と言っているのと同じかもしれなかった。
……失言だったな。だが、今更撤回したところでリネットの気分は晴れないだろう。
「いいのではないか? リネット本人がやると言っているのだし」
「ミミカも賛成! 錬金術って見たこと無いから楽しみ!」
二人もこう言っていることだし。
「わかった。じゃあ、何処に弟子入りするか、いつから始めるか、決まったら教えてくれ。店の予定と調整していこう」
「はい!」
この会話から2週間後、リネットは街の錬金術師に弟子入りした。
***
店を閉めた後、俺は帳簿を眺めながら考え事をしていた。
リネットが弟子入りを始めてから、店の売り上げは少し落ちるようになった。
やはり店にとって彼女の存在は大きかった。彼女の入れる紅茶が目当てで来る客、彼女に会うこと自体を目的とする客は多かったからな。
リネットが出られない日は、露骨に客足が遠のいたりする。
別に赤字が出ているわけでは無いが、芳しい事態ではない。俺としてはリネットに早く戻ってきてもらいたいが、リネットが錬金術を習う事によって得られるメリットも無視できない。中々難しいな……。
「ねー、ハルイチ」
クイクイッと服の袖を引っ張られた。見ると、ミミカとアルが俺のことを見上げている。考え事に集中しすぎて気付かなかった。
「どうしたんだい?」
「なんか最近、お客さん少なくなってない?」
「ああ……」
やっぱりミミカも気が付くよな……。
現在、ミミカはウエイトレスみたいな仕事をしてもらっている。
彼女はまだ12歳だが、この世界では十分仕事をしてもいい年齢だ。俺は無理に働かせるつもりは無かったが、彼女たっての希望で仕事してもらっている。
元がサーカスにいたという事も有って、彼女の仕事ぶりは見事だった。
誰にでも笑顔で、元気よく接客してくれるのに加えて、彼女は顔立ちがとても可愛い。リネットとは層が違うが、すぐに店の人気者になった。
ぶっちゃけ、レイラより人気はあると思う。レイラは愛想無いから……。
それは兎も角、そんな彼女だからこそ店の変化には敏感なのだろう。
「ちょっとな。売り上げは落ちてる」
「大丈夫なの?」
「別に赤字が出てるわけじゃない。心配ない……と言いたいところだが、何か改善策は欲しいな……」
現状では何も思いつかないのだが。
頭を抱える俺を見て、ミミカはにこっと笑った。
「なら! ミミカに任せてよ!」
「任せるって……何をするつもりだ?」
「ミミカとアルで、ドドーンとお客を呼んじゃうから!」
一瞬何のことかわからなかったが、彼女の出身を思い出せば答えは一つしかない。
「つまり、ミミカとアルが曲芸をやってくれるってことか?」
「うん! これでも元サーカスの看板娘! 絶対お客さんが集まるよ!」
「でも、良いのか……?」
「何が?」
「何がって……君はサーカスに自分の希望で入ったわけじゃない。曲芸だってやりたくてやっていたわけじゃないだろう?」
そう言うと、ミミカは少し難しい顔になった。
「うーん、確かにサーカスに居る時はあんまりやる気なかったけど……。今はハルイチの為だから! ミミカ、きっと楽しんでできるよ!」
はあ……何ていい子なんだ。
俺はほぼ無意識に彼女の頭を撫でていた。
「わかった。ミミカ、お願いできるか?」
「えへへ……任せて!」
「でも、そう言うのは安売りしちゃだめだ。1日に1回とか2回とか、そのぐらいの頻度でやるから客が呼べるんだぞ」
「了解! よーし! 頑張るぞ!」
「ギャウ!」
アルもやる気十分だな。これは期待できそうだ。
***
翌日から、ミミカとアルは午前と午後に一回ずつ。店の開いたスペースを使って曲芸を披露するようになった。
と言っても、所詮は狭い店内でのこと。彼女達の全力を引き出すことは出来ない。
それでも、ミミカの卓越したジャグリングやマジック。アルの輪っかくぐりなどは驚くほど好評だった。
お客さんがアルの事を怖がるんじゃ……と言う心配は杞憂だったな。
ミミカとアルは一躍店の人気者となり、客足は一気に伸び出した。今までの減収を補って余りある程だ。
ミミカが仲間になってくれて、本当に良かった。やっぱり、こんな素晴らしい人材を金貨250枚ぽっちで売ったあの団長は阿呆だったな。
これなら、近いうちに金貨250枚貯めて、レイラに渡せるかもしれない。
レイラは自分で払ったつもりでいるみたいだが、俺はあの金は店の為の出資だと思っている。だから、いつか彼女に返すのが筋だと考えているのだ。
***
さて、そのレイラだが、どうにも元気が無い。
普段の仕事はちゃんとする。剣術の訓練もしている。だが、何か覇気がないのだ。
その変化はこの街に来てから起こったものだと思うのだが……。
彼女はいくら事情を聴いても話してくれない。
リネットとミミカも心配そうにしているのだが、やはり彼女自身が話したいと思うまで待つしかあるまいな。
***
店の売り上げも上々で、最近は枕を高くして眠れるぜ。
今日も充実感と心地よい疲労に身を委ね、ベッドに身を投げようとした、その時。
『久しぶりじゃな。ハルイチ』
本当に久しぶりの声を聴いた。そして、脳裏に浮かぶのはいつものちびっ子賢者の姿である。
「アルミリアか。俺の現状でも聞きたいのか?」
『まあ、の。お主は今どこにいるのじゃ?』
「俺は今、ガリアスで店を構えている」
『ガリアス……ああ、ラオネルのアルバーンか』
どうやら、やっとアルミリアも知っている土地に来たみたいだな。
『じゃが、まだちと遠いのう。会いに行くのは面倒じゃ』
「別に無理に来なくてもいいけど」
俺だって特別会いたいわけでもないし。
『やかましいわ。わらわはそもそも、主の世界の知識を得るために呼んだのじゃぞ? この世界に呼んでくれた大恩あるわらわの為、もう少し頑張れ』
「頑張れたって……そもそも、俺はアルミリアが何処に住んでいるのかもわからないし」
『それは気にせんでもよい。……どうせお主は、そこに永住する気も無いのじゃろう?』
「まあな。金が貯まったら、もっと都会に行くつもりだ」
『なら、次に行くのはビルヒジスタか……。よかろう、そこに店を構えるまでになったら、会いに行ってやろう。その時を楽しみに、頑張るがよい』
アルミリアは偉そうに言って、念話を切った。
相変わらず一方的な奴……。だがまあ、賢者と自称するアルミリアに合うのも面白いかも知れない。それを目的にするわけでは無いが、ビルヒジスタに行く楽しみが一つ増えた。
***
とまあ、以上の様に、ガリアスに来てから俺達にも少しずつ変化が訪れている。
俺は成長を実感できるし、仲間たちもどんどん頼もしくなっていく。
これから、さらにこの店はさらに発展していく。俺はそう確信できていた。
今回は割と淡々とした日常でした。
しばらく戦闘はお休みですが、少し波乱は起きるかもしれません。
お楽しみに。