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ミミカとアル

 俺と女の子は、人混みに紛れる様にして走った。

 女の子のペースに合わせたせいでそれほど速度は出なかったが、人通りの多い道に入ることが出来たので、追っ手は撒けたと思う。


「はあ……はあ……ハルイチさん……待って下さい」


 後ろから乱れた呼吸で俺を呼ぶのは……、


「リネット……済まん。無我夢中だったせいで……」


 リネットをあの場において来てしまったが、ちゃんとついて来てくれたらしい。


「誰? このおねーさん」


 少女がリネットを見上げるようにして問う。


「彼女は俺の仲間で……まあ、立ち話も難だ。何処か店に入って落ち着こう」


***


 リノリアは発展した街だが、やはり喫茶店は無い。

 俺らは宿屋と兼用でやっている酒場に入った。女子供を連れて入るような店でもないかもしれないが、まだ日が高いので大丈夫だろう。

 俺達三人は円形のテーブルに座った。ドラゴンは、身を隠すように少女の膝に座っている。


「こうなったのも成り行きだ。この場は俺が奢ってあげるから、好きなものを注文するといい」

「ほんと!? じゃあ、牛肉のステーキと、白身魚のムニエルと、ミルクシチューと、今流行りの林檎のパイと……」

「待て待て! そんなに食べるのか!?」

「うん。それに、アルもいるし」


 アル……ドラゴンの事か? こいつの存在を忘れていた。

 手痛い出費になりそうだが、一度言ってしまった言葉を下げるのも格好悪い。経営者には見栄も必要なのだ。……俺の今月のお小遣い、カットだな……。

 俺とリネットも適当に料理と飲み物を注文した。


 料理が来るまでの間、簡単な挨拶でもしておこう。


「まずは自己紹介から、いいかな? 俺はハルイチ。シリスタの町で店をやっている」

「ふーん? 変な名前だね!」


 ……我慢だ。ハルイチ。


「こっちはリネット。俺の店で一緒に働く仲間だ」

「よろしくね」

「はい! こちらこそ」


 笑顔で挨拶を交わす二人。何だこの差は。


「それで、君は?」

「えっと、名前はミミカ! そして、こっちのドラゴンの子供がアルだよ!」


 ミミカはドラゴンを持ち上げて、無理やりお辞儀させた。ドラゴンは心底迷惑そうな顔をしていたが、抵抗はしない。かなり懐いてるみたいだな。

 改めてミミカを見てみる。

 身長や顔立ちから判断すると、年の頃は12歳ぐらいだろうか。

 茶色い髪を両側でアップにしている髪型が良く似合う、活発で可愛らしい少女だ。

若干浅黒い肌や青色の瞳はとてもエキゾチックな魅力を発揮している。

 もしかしたら、ラオネル公国の外から来たのかもしれないな。

 挨拶が一通り済んだところで、料理が運ばれてきた。


「まあ、突っ込んだ話は後だ。まずは食事をいただこう」

「はい! いただきます!」


 ミミカは礼儀正しく手を合わせてから食べ始めた。

 ……何と言うか、凄い勢いだ。兎に引っ切り無しに料理を口に運んでおり、食事の手を止めるのはアルに餌をあげる時ぐらい。


「ご馳走様!」


 あれだけ大量に注文したというのに、料理は瞬く間に彼女達の胃袋に収まった。

 リネットなんかは、一皿しか注文していないのにミミカと同じぐらいに食べ終わったし。

 さて、食事も終わったことだし、そろそろ本題に入るか。


「ミミカ。言いにくいことかもしれないが、聞かせてもらおう。あの男たちは誰だ? 君とはどういう関係にある?」

「……あの人たちは、サーカスの団員」


 かなり歯切れ悪くではあるが、ミミカはぽつぽつと話し始めた。


「何かさ。昨日の公演を見に来ていた富豪のおじさんが、アルの事を買い取りたいとか言って来たんだって。なんか、金貨200枚払うとか何とか……」


 金貨200枚! それは凄いな。俺の総資産の5分の2ぐらいはあるぞ。


「それで、サーカスの団員達はアルの事を売ろうと考えたわけだ」

「うん。でも、ミミカそんなの嫌だったから……アルと別れたくなかったから……」


 それで抵抗していたわけだ。それに、これで今日の公演が中止になった理由もわかった。


「ミミカちゃんは、アル君ととっても仲良しなんだね」


 リネットが聞くと、ミミカは満面の笑みで頷く。


「うん! アルは世界で一番の友達!」


 アルもそれを肯定するようにギャオ! と鳴く。確かにこの二人の間には、強い絆があるみたいだな。


「ミミカはさ、3,4歳の時にあのサーカスに売られたんだ」


 しかし、次にミミカが話した内容は、その温かい気持ちを吹き飛ばすほどに衝撃だった。


「よく分からないけど、ミミカの故郷は竜使いを多く輩出する村だったんだって。でも、お金に困ったミミカの両親は、ミミカとアルをサーカスに売ったの」

「そんな……酷い……」


 まるで自分の事の様に落ち込むリネット。だが、ミミカは気丈にも笑顔を見せた。


「で、でもミミカ辛くなかったよ! アルがずっと一緒に居てくれたから!」


 アルがミミカの心の支えになったのは間違いないだろう。だが、それでも辛い境遇だったことは間違いないはずだ

 そして、今はその唯一の心の支えまでが奪われようとしている。彼女が必至で抵抗するのも当然だった。


「ハルイチさん……」


 リネットが期待を込めた視線を俺に向ける。

 だが、これは難しい問題だ。俺はこの国の法律に詳しくはないが、ミミカが簡単に『自分を売った』などと発言できる当り、この国では人を売ると言うのは必ずしも法に抵触するわけでは無いだろう。

 それに、今回サーカスが売ろうとしているのは、一匹のドラゴン。

 俺の感情を無視して考えるなら、別に悪どいことをしているわけでは無い。

 俺がドラゴンとミミカを買い取るという事も出来なくはないが、それならば金貨200枚以上を払わなければいけない。

 絶対に捻出できない金額ではないが、かなりの痛手だ。

 ミミカを見捨てたくはないが……おいそれと払える額じゃない。


「リネット。済まんが、少し時間をくれ」

「はい……」


 もちろんリネットだって、事の重大さはわかっている。俺がここでミミカを買い取っても責めないだろうが、買い取らなくても仕方がないことぐらいはわかるはずだ。

 ……駄目だな。座って考えるのは性に合わない。


「取り敢えず情報を集めよう。アルを買いたいという商人は何者なのか。絶対にアルじゃなきゃいけないのか、他の動物じゃ駄目なのか。探ってみよう。

 ミミカ、その商人の名前はわかるか?」

「うん。団長が話してるのを盗み聞きしたから……シムっていうんだって」

「わかった。この街には少し当てがある。まずは情報を集めよう」


***


 偉そうに言ってはみたものの、結局当てなんてファニーさんしかいないんだけどさ。

 ウィリーさんとの商談中かと思ったが、今は休憩でもしてるんだろうか。

 二人で紅茶片手に雑談なんてしていた。

 俺はもう顔パスできるので、そんな和んだ空気の中であっても通してもらえた。


「おや、あんちゃん」

「ハルイチじゃないか。町で遊んでくるんじゃなかったのかい?」

「済みません。少し、聞きたい事が有って来たんです」

「何だい?」


 説明に説得力を持たせるため、俺はミミカとアルを二人の前に出した。


「おや、ドラゴンじゃないか。珍しいねえ」

「それにそっちのお嬢ちゃんは?」

「ミミカって言います!」


 この二人相手にも堂々とした態度。流石はサーカスで働いているだけのことはあるな。

 俺はミミカの言葉を借りつつ、二人に事情を話した。


「そう言う訳で、俺は彼女に協力してやりたいと思いまして。その商人の情報を聞かせて欲しいんです」

「そいつの名前は?」

「シムと言うそうです」


 ファニーさんが露骨に眉をしかめた。


「ハルイチ。可哀想だけど、その嬢ちゃんに関わるのは止めといた方が良い」

「どういうことです?」

「シムっていうのは、ここよりもっと大きい都市、ガリアスっていう街の富豪なんだが……。こいつの評判は最悪さ。確かに商売は上手いのかもしれないが、やり方が悪どいって評判ばかりでね……。極め付きには、その趣味が酷い」

「趣味?」

「そいつはね。魔物が大好きなんだ。好きって言っても愛でるわけじゃない。魔物同士を殺し合いさせて、その様を眺めたり、賭けごとにしたりするのが好きなのさ」

「それじゃ、まさかアルを欲しがる理由は……!」

「そう言う事だろうね」


 ミミカがアルをぎゅっと抱きしめるのが分かる。そりゃ、こんな話を聞かされたら怖くなるよな。


「それに、そいつはその趣味にかける情熱が半端じゃない。気に入った魔物がいたら、絶対に手に入れる。手段を選ばないでね」

「それはもしかして、人殺しも……」

「しないとは限らない」


 何て奴だ……。


「……情報ありがとうございます。行こう、リネット、ミミカ」

 

 俺は一礼して、背を向けた。


「ハルイチ。もう一回言っとくよ。この件に首を突っ込むのは止めときな」

「ご忠告ありがとうございます。でも、それを決めるのはこの俺です」


 今度こそ、俺はファニーさんの部屋を退出した。

リノリアでの一幕、続きです。

ミミカとアルの物語は次回で一旦区切りがつくと思います。

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