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さらなる高みへ

 リノリアでの紅茶の買い付けは結果的に大成功だった。

 リネットは紅茶の販売だけでなく、定期的に紅茶の入れ方を指南する教室を開いた。俺の提案で、その教室は無料で誰でも参加できるものにした。

 これは一つの宣伝だ。茶葉の購買意欲を煽る為、またもっと自分で練習したいと思わせるための戦略。その為に敢えて金はとらなかった。

 それが成功したらしく、茶葉の売り上げは上々。紅茶を淹れる為の道具も取り扱う様にしたら、さらに売り上げは伸びた。

 俺の理想とする多角経営に近づいていることに喜びを感じる日々だ。

だが、シリスタに店を構えて8か月が経っている。

 溜まった金は約金貨250枚。予定のペースよりは早いのだが……。

 こっちの世界に来てからで言うなら、既に1年が経とうとしている。特に誰と競争しているわけでもないが、妙な焦りが出てきてしまった。

 やっぱりリノリアの街を一度目にしたのが理由か。俺もあんな大きな街で、もっと大きな店を持ちたい。そんな欲求は抑えがたくある。

 そして、金貨250枚もあれば、リノリアへの移住は可能なはずだった。だが、せっかく育てたこの店を捨てるのももったいない。

 贅沢な悩みではあるが、俺はこれからどうするかを決めあぐねていた。


***


 俺が人知れずそんな悩みを抱えている時、商人のウィリーさんが訪ねて来た。


「よお、あんちゃん」

「ああ、ウィリーさん」


 この町に来てから、ウィリーさんとは懇意にしている。最初は商売上の付き合いであったが、最近ではたまに男二人で酒を酌み交わす事も有る。

 今日はわざわざ閉店した後の訪問だし、そっちの目的で来たんだろう。


「この後どうだい? 一杯」


 どうしようか。最近はいろいろ考え込んでいて、中々気分が晴れないのだが……。

 いや、やっぱりそんな時こそ酒だよな。たまにはパーッとやった方が良い。


「付き合いましょう」

「そうこなくっちゃな」


 俺は閉店を済ませ、リネットとレイラに外出する旨を伝える。そこまでしてからやっと、俺達は夜の街に繰り出した。

 俺の店だって最近では遅くまでやっているが、酒場に比べれば閉店は早い。まだまだ開いてる店はある。

 俺達は行きつけの酒場に入った。

 いつもは二人がけのテーブルに座るのだが、今日のウィリーさんは率先してカウンター席に座った。

 何だろう? 顔を合わせていたらしにくい話か?

 疑問に思うが、今突っ込むことじゃない。俺は素直にウィリーさんの隣に座った。

 俺達は葡萄酒と適当なつまみを頼んだ。

 品が出てくるまでは無言。そして、酒が届くなりすぐに乾杯だ。

 いつもは冗談めかして『商売繁盛に乾杯』『パンと紅茶に乾杯』とか訳の分からない音頭を交わすのだが、今日はただ『乾杯』と言っただけだった。

 どうしたのかな? 何かウィリーさんが暗い。


「あんちゃん。最近どうだい?」


 別にこれが本題ではないだろう。適当な世間話だ。


「お蔭様で。ぐんぐん売り上げは伸びてますよ」

「はは、羨ましいこった」

「ウィリーさんだって調子良いみたいじゃないですか。最近、羽振り良いって聞きますよ」

「まあ、な……」


 本当にどうしたんだ? いつもなら冗談の一つも言って来るというのに。


「なあ、あんちゃん」


 いつになく真面目なトーンでウィリーさんは言った。


「お前さん、何のために店をやってるんだ?」


 いつもなら冗談だと笑い飛ばすところだが、今日のウィリーさんにそんなことは出来ない。随分と難しい問いだが、真摯に答えよう。

 俺は少し考えて、こう返した。


「ありきたりな答えで済みませんが、第一にはやっぱり金の為です」

「まあ、そうだわな」


 ウィリーさんだってそれはわかってる。望むのは、その先の答えだ。


「特に俺は、リネットとレイラ、二人の女性を食べさせなきゃいけませんから。金はどうしたって必要ですよね」

「ああ、それはわかる。だが、それだけでもないだろう」

「はい。俺は金を貯めて、もっと大きな街で商売がしたいと思っています」

「何でだ?」


 今日はえらく突っ込んでくるな。しかし、もっと大きな商売がしたい理由か。これは中々言葉にするのは難しいな。


「何といいますかね。人って色々なことに挑戦して、それを乗り越えるのが生きがいになっていくと思うんです。武術家ならもっと強くなりたいと思うし、コックならもっと料理が上手くなりたいと思う。俺はそれが商売だってだけです」

「挑戦、ね。俺も若い時はそうだったんだけどなあ……」


 何だか中年の哀愁を感じる。

ウィリーさんは今40代。俺の2倍は生きている。今の俺にはわからない、色々な悩みがあるのだろう。


「今は違うんですか?」

「わかんねえ。分かんなくなっちまった。だが、俺はもう挑戦とかそう言う年齢でもない気がするんだ」


挑戦なんてていくつになって初めてもいいと思うけどな。まあ、これも若いから言える言葉なのかもしれないけど。


「なあ、あんちゃん。俺は旅をしているじゃねえか?」


 そうだ。ウィリーさんは旅の商人。ロルカ村をはじめ、色々な村をシリスタを行き来して商いを行っている。


「俺はよお、疲れちまったんだ。旅ばかりの人生に。そろそろ、どこかに腰を落ち着けてエんだ。だが、これまで旅ばっかやって来たからよお。他の生き方が分からねえんだ……」


 成程。結局はそう言う悩みに行きつくのか。

 しかし、この悩みは随分と重いな。若造の俺に出来ることなど……いや、待て。


「ウィリーさん!」

「お、おう」

「また明日、この酒場で会いませんか?」

「何かあるのか?」

「もしかしたら、あなたの悩みを解決できるかもしれません」


***


 俺はその日店に帰るなり、リネットとレイラに話を持ち掛けた。


「この店を、売ろうと思う」

「ええ!?」

「何故だ!?」


 やはり二人共、否定的な声をあげた。

 俺は順序立てて説明する為、俺がここ数日考えていたことを二人に語った。

 金が十分貯まっていること。そして、もっと大きな街で商いをやってみたいこと。


「そこまではわかりますけど……」

「何故急に店を売るという話になる?」

「それも説明するよ」


 俺は先程までウィリーさんと話していた内容を二人に説明した。


「別に俺は善意や同情でウィリーさんに店を売ろうっていうんじゃない。しっかり金はもらう」

「確かに、見ず知らずの相手に売るよりは心配が少ないですけど……」

「それで愛着のあるこの店を手放すのか?」


 レイラの言う事ももっともだと思う。俺だってこの店には愛着があるし、離れがたい気持ちだってある。だが、逆を言えばだからこそだ。


「俺はこの町で一生を終えるつもりは無い。いつかはこの町を出るつもりだ。だが、このまま機会を逃せば、ズルズルと決断を先延ばしにしてしまう」


 偉そうに言ってはみたが、これは決定事項でも何でもない。


「と、言ってはみたが、これは結局俺の我儘さ。だから、俺はこうしたいという主張をさせてもらっただけ。もうこの店は俺一人の物じゃない。二人が嫌だっていうなら、考え直すよ」


 決定を二人に任せるようで嫌だったが、一人で決めるのはもっと嫌だった。


 たっぷり数十数分の沈黙。先に口を開いたのは、リネットだ。


「ハルイチさんがそう言うなら、私は反対しません」

「リネット……」

「ハルイチさんは、小さな町に収まる器じゃない。私、分かってますから」


 そう言ってリネットは冗談めかして笑った。


「ふ、そう言われると。私も反対できないな」

「レイラ。良いのか?」

「ああ。それに、実を言えば私もお前と同じ気持ちだ。もっと大きな舞台で、この剣を振るってみたい」


 二人とも色々と思うところはあろうが、賛成してくれた。

 もうこれ以上深く考えるのは止めよう。俺が言う言葉は、


「ありがとう」


 この一言でいい。


***


 翌日の夜。俺は約束通りの酒場でウィリーさんと会った。



「ウィリーさん。率直に言います、俺の店を買いませんか?」


 俺の大胆な提案にウィリーさんは驚き、呆れ、そして笑った。




 俺が半年以上手塩にかけて育てた店は、金貨250枚で売れた。

話が再び急激に展開していきますが、すぐに次の街に行くわけではありません。

かわりと言っては難ですが、次の話は新ヒロイン登場です。

お楽しみに。


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