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リノリアの街と紅茶の買い付け

今月の売り上げは大体金貨90枚。

メニューが増えたことや、レイラを雇ったことで経費が増えて、金貨35枚使う。

アルバイトの子を一人雇ったので、その子の給料が金貨8枚。

貯金に金貨30枚。

レイラとリネットの給料が金貨6枚ずつ。アルバイトの子よりも少ないが、衣食住をこっちで面倒見ているので、我慢してもらう。

 そして、残りの金貨5枚が俺の自由に出来る金だ。とは言っても、あまり無駄遣いするつもりは無い。商人から外の町で売っている者を購入したりして、メニューへの導入を検討したりするのに使う。ま、趣味と実益を兼ねてってところかな。


 この大躍進には、リネットの新メニューが一役以上買っている。

 リネットの生み出した新メニューは、日本ではクリームシチューに属するものだ。

 リネットなりにいろいろ考えて、パンに一番合って、且つ大量に作れるものを考案したのだ。これが大ヒットして、クリームシチューの他にビーフシチューも作るようになった。

 これら2つの商品のお蔭で、俺の喫茶店は晩飯にも使えるという認識をされるようになった。その分営業時間が夜まで伸びてしまったが、バイトの子を雇ってそこはカバーだ。

 こうして、俺達の店は順調に貯金を増やしていった。


***


「紅茶をうちで扱ってみませんか?」


 リネットがいきなりこんなことを言い出した。


「いきなりどうしたんだい? 紅茶ならすでに扱っているじゃないか?」


 俺がそう言うと、リネットは首を振った。


「違うんです。私が言いたいのは、紅茶の葉っぱ自体を販売しませんかってことです。

 最近よく言われるんですよ。『自宅でもこんな紅茶が飲みたい』って」

「それはリネットの紅茶を淹れる腕があっての事だろう」

「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、それだけじゃない部分もあります。うちで使っているのはいい茶葉ですし」


 確かに、うちで使うのはリネットが吟味に吟味を重ねた逸品である。しかし、それだけに人気が高く、大量入荷は厳しい。


「ハルイチ。確か、リネットが使う茶葉はリノリアから仕入れているんだったな?」


 リノリアとは、シリスタ近辺では一番大きい街である。その人口は4万人にも上る。シリスタの20倍ですよ! 20倍!

 当然経済の規模も大きく、色々な茶葉も取り扱っている。

 恒例の北海道に例えると、シリスタが名寄市。リノリアは旭川市である。まあ、名寄市はシリスタほど田舎じゃないけどな。


「リノリアに直接出向いて契約を結んでみてはどうだ? 定期的に仕入れることを約束すれば、いい茶葉であっても毎月定量を届けてくれるぞ?」

「ふむ……」


 茶葉は乳製品などに比べれば、寿命が長い。見込みより売れなかったとしても、大損はしないだろう。まず試しに数か月契約してみるというのは悪くない。

 店を数日締めることになるが、悪くないな。


「リネット、少しばかり長い旅になるが、いいか?」

「勿論です! 私が言い出したことですから!」

「決まりだな」


 こうして、俺達三人はリノリアの町を目指して出発した。


***


 リノリアとシリスタを結ぶ道は大きく分けて二つある。

 整備された道と、あまり整備されていない山道である。

 当然歩きやすさでは前者が圧倒的だが、所々に関所があって、通行料を取られる。

 リネットを連れていることもあり、俺達は安全な道を選んだ。当然金を支払うことになったわけだが。

まあ、道を整備するのにも金は掛かるからな。金をとられること自体は仕方ない。だが、少々吹っかけすぎなような気もした。

一人頭、金貨1枚。合計で3枚も取られた。帰りも3枚か。頭が痛い……。

俺には基準が分からなかったのだが、旅慣れているらしいレイラは憤慨していた。曰く、


「相場は銀貨3,4枚だ。高くても銀貨5枚。金貨1枚は吹っかけすぎにもほどがある!」


 との事。そう言った問題はあったものの、やっぱり流石は整備された道。途中で二回宿屋でに泊まりながらの道筋は、何の問題も無く完了した。


***


 さあ、やって来ましたリノリアの街。

 やっぱりすごいな、ここは。人口4万人と言うと、日本では別に大都市でも何でもないが、ロルカ村からスタートした身としては随分と遠くにやってきたような気がする。

 まず、活気が違う。そこかしこで露天商が市を広げており、食べ物を売っている屋台もいくつもある。のみならず吟遊詩人が歌を詠んでいたり、踊り子が躍っていたり、道化師が芸を披露していたりする。

 家の造りも豪華なものが多く、道も石で舗装されている。いやはや、都会ですな。

 リネットはさっきから「ふわあ……」と感嘆の声をあげ、右に左にと目移りしきりだ。

対してレイラの方は都会に慣れているのか、大して感動はなさそうだ。

 すぐに商人の下に向かってもいいのだが、折角だ。


「二人共、少し食事をしていこうか?」

「いいんですか?」

「勿論さ。こんなにいっぱい屋台があるんだ。味わわないのはもったいない」

「じゃ、じゃあ行きましょう!」


 リネットは俺の手を引いて、リノリアの街を歩き出した。よっぽど都会に来られたのが嬉しいらしいな。

 レイラの方は大してテンションの上がらない様子だが。

 それから1時間近く、俺達はリノリアの街を堪能した。

 シリスタでは見られなかった、鶏や豚を串にさして焼いた料理、豊富な野菜を使ったシチュー、果実を絞った飲み物など。うーん、うちの店で扱いたいものばかり。

 だが、今回の目的は紅茶だ。残念だが、今回は舌鼓を打つだけに留める。

 俺達は好きなだけ食べて満足すると、早速予定した商人に会うことにした。

 因みに、今回会う商人はウィリーの推薦だ。俺達の店は普段ウィリーから茶葉を仕入れているが、そのウィリーが茶葉を買っているのが今回会うファニーと言う女性だ。

 簡単に言うと、茶葉の卸売みたいなものらしい。

 その店はリノリアの中心街近く、経済の発展している地域にあった。

 赤い屋根をした豪華な建物で、かなり潤っていることが感じられる。

 緊張した面持ちのリネットを促し、俺達は店に入った。


「いらっしゃいませ」


 店に入ると、丁寧な挨拶で迎えられた。ぴっちりした黒服に身を包んだ中年のダンディさんだ。この店の店主は女性らしいから、授業員の一人だろう。

 しかし、挨拶の仕方一つから見ても中々教育が行き届いている。良い店と言うのは入り口でわかるものだな。

 この店は卸だけでなく、小売りもやっている。店に入ると一番最初に目につくのは、茶葉がいくつも並べられている棚だ。

 そうだな。交渉に入る前に、どの銘柄を買うか考えておかなければ。


「失礼します。俺はシリスタの村で喫茶店を経営するハルイチと言うものです」

「おや、貴方がハルイチ様ですか。お噂はかねがね。何でも、紅茶を提供する新しい形を考案したとか。我が主のファニーも、一度会ってみたいと言っていたものです」


 知らなかった。俺はそれなりに噂になっていたらしい。光栄なことだな。


「ご存知ならば話が早い。俺達は今日、茶葉の買い付けに来たのです。交渉に入る前に、商品を見せてもらっても?」

「勿論、構いません」


 俺達は言われるままに棚に近づき、茶葉を手に取ったり、匂いを嗅いだりして見る。

 だが、俺もレイラも茶葉の事は正直よく分からん。

 ぶっちゃけ、リネット任せである。俺達二人は突っ立っているのが格好悪いから、真剣な顔を作って茶葉の選定をする振りをした。

 そっちの方が見っともないとか思わないことだ。経営者にはブラフも必要なのだ。

 それから約30分。演戯するのに飽きてきたころ、リネットは、


「もう結構です。買いたい茶葉は決まりました」


 と言った。やっと終わった……とため息を吐きたいのを堪え、毅然とした態度をつくろう。

 

「それでは、ファニーさんの下に案内して頂けますか?」


 男性に尋ねると、彼は笑顔で答えてくれた。


「喜んで。どうぞこちらです」


 男性に従って階段を上る。ファニーさんの部屋は二階の一番奥にあった。

男性は部屋をノックしてから言う。


「ファニー様。お客人です」

「誰だい?」


 ちょっと野太い女性の声だ。


「ハルイチ様、と仰っております」

「ハルイチ? シリスタの? いいだろう、通しな」


 執事の男性に促され、俺達は部屋に入った。


「失礼します」


 部屋の中は、建物の外身に違わず豪華だった。

 供えられているのは高そうないすや机、さらには壺なんかの嗜好品まで置かれている。

 そんな部屋で悠然と構えているのは、随分と恰幅の良い中年女性。

 何というか、貫録がある。


「まあ、座りなよ」

「はい」


 俺達三人は、ファニーさんの業務机を向き合う様に設置されて椅子に座る。座り心地が良いな。多分高いぞ、これ。


「私もあんたには興味があったんだ。何でも、紅茶をその場で淹れる店をやっているそうじゃないか?」

「はい。俺は喫茶店って呼んでます」

「喫茶店ねえ……何だってそんな店を思いついたんだい?」

「紅茶は、上手な人に淹れられてこそ真価を発揮します。紅茶の魅力を最大限に伝えるため、その場で提供できる形態をとりました」


 これは嘘では無い。勿論一番は売り上げが見込めるからだが、お客さんに美味しい紅茶を飲んでもらいたいというのは俺の心底の願いである。


「だがねえ。さっき私はあんたが紅茶を選ぶ所をこっそり見てたんだが、とても分かってるようには見えなかったよ?」


 ……見られてたのか。


「あんた、口から出まかせ言ってるんじゃないだろうね?」


 ファニーさんの目に疑いが宿る。返し方によっては、悪い印象を与えてしまう。

 取り繕うか? ……いや、ここは正直に答えよう。


「仰る通り。俺は茶葉には詳しいとは言えません。ですが、ここにいるリネットにはそれが分かります。彼女の入れる紅茶はとても美味しい。

 俺は正直、彼女に会うまでは紅茶なんて誰が淹れても同じだと思ってました。でも、彼女のお蔭で、紅茶も淹れ方一つで驚くほど変わるってことを知りました。

 俺はそのリネットの腕前をもっと多くの人に知ってもらいたい。そう思ったから商売を始めたんです」

「ふうん……そのリネットって娘はそんなに紅茶を淹れるの美味いのかい? なら、ここでちょっとその腕前を披露してもらいたいもんだね」


 リネットの方がビクッと震える。予想だにしない展開になって来た。


「リネット……、断ってもいいんだぞ?」

「いえ……」


 リネットは緊張した面持ちながらも、力強く頷いた。


「僭越ながら、振舞わせて頂きます」

「いい覚悟だよ。茶葉はにあるのを好きに使いな」

「ありがとうございます」


***


 俺とレイラはこういう時本当に無力である。

 ただただ何もせずに待つこと数分。ティーカップに紅茶を注いだリネットが戻って来た。


「どうぞ」


 リネットは、随分と自信がありげだった。


「頂くよ」


 ファニーさんは、熱いだろうに、冷やすことも無く紅茶を飲んだ。


「ふむ……悪くは無い。私ならもっと上手く淹れられるが……そこまで求めるのは酷かね」


 何だか癪に障る言い方だが、ファニーさんは合格点をくれたらしい。


「あんたの言っていることを信用しよう。私は商売人だが、紅茶を愛する気持ちの無い人間とは極力取引をしたくなくてね。試すような真似をして済まなかったよ」


 大して済まなそうには聞こえない言い方だったが、突っ込んでも仕方あるまい。


「良くやってくれた、リネット」

「えへへ……」


 俺が褒めると、リネットははにかむように笑う。

 しかし、本当によくやってくれた。おかげで交渉が出来る。……と言っても、今回の主役はやはりリネットである。

 購入する紅茶の銘柄や量などは、俺が口を出さない方がスマートに行くだろう。リネットとファニーさん二人で交渉するのをただ見守るだけだった。

 レイラも退屈とは思うのだが、身動き一つしないのは流石だ。

 

 とまあ、そんな感じで交渉は順調に進んだのだが最後の最後で問題が起きた。

 紅茶の料金までは良かったのだ。しかし……、


「そして最後に輸送料。毎月金貨10枚ってところだね」

「金貨10枚!?」


 思わず声をあげてしまった。

 声こそ出さなかったが、リネットとレイラも驚いている様だ。


「何でそんなに高いんですか?」


 俺が聞くと、ファニーさんは詰まらなそうに息を吐いた。


「関所の通行料が値上がりしたんだよ。馬車1台だと、金貨4枚とられる。往復で8枚。その他諸々。10枚で済むんだから、良心的だと思って欲しいもんだね」


 ……参ったな。これじゃあ、茶葉が売れてもほとんど利益が出ないぞ……。


「あの、少しよろしいか?」


 そんな時、レイラが声をあげた。


「何だい?」

「何故関所はそんなに金をとる? 相場より高すぎるだろう」

「それには事情があるんだよ。いいかい? リノリアとシリスタを結ぶ道は二つ。整備された道と、山道だ。山道は不便ではあるが、絶対に使えない程じゃない。私達だって今まではそっちを使っていた。でもね、最近山道に、大型の魔物が住むようになったんだよ」


魔物か……。流石は異世界。そう言うのも存在しているのか。


「あまりにも危険だから、もう山道は使えない。だが、領主もそんな事情を知っているんだろうね。ここぞとばかりに関所の値上げをしたのさ」


 ……馬鹿な領主だ。長期的な目で見れば、交通量が減ると経済の流通が鈍り、最終的な税収は減るというのに。だが、一商人の俺に現状を変えることは出来ないだろう。


「わかった。ならば魔物を退治すればいいのだな?」


 だが、レイラの出した答えは違った。


「本気かい? 危険だよ?」

「大丈夫だ。私は腕に自信があるし、何よりこのハルイチがいる。絶対に倒せる」


 ああ、やっぱり俺も数に含まれてるんだ……。

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