ちょっと変わった日常
ジョニー一味を撃退した後の俺達の経営はさらにその勢いを増した。
そもそも連中は町の鼻つまみ者だったのだ。連中を纏めて捕まえた俺達の評判は鰻上り。
東部は勿論、中央部からもどんどん客が集まるようになってきている。
最近面白いと感じたのは、さらに客層が多様化したことである。
元々は若い女性や子連れの母親なんかを対象にした喫茶店だったのだが、リネットの可憐な容姿に惹かれた男共も客として増えて来ていた。
それに加えて、今度はレイラだ。彼女は主に二つの層に大人気だった。
一つは少年たちだ。レイラの剣の腕前は折り紙付きだ。少年たちはこぞってレイラをしたい、その剣を学びたがった。最初はその扱いに困惑していたレイラだが、今では呆れつつも剣の指南をしてやるようになった。
そしてもう一つの層、それが若い女性だ。レイラは容姿端麗な女性だが、その姿を形容するなら『可愛い』よりも『凛々しい』が似合う。
その凛々しさは多くの女性を引き付け、彼女目当ての客まで出て来てしまうほどだ。
最初はその扱いに困惑していたレイラだが、こっちは未だに慣れていない。
俺目当ての客がいないのは何となく不満だが、俺は経営者だから。そういうドル売りしてないから。うん。そう言う事にしよう。悲しくなるから。
***
さて、あの一件以来変わったことがいくつかある。
その一つがリネットだ。
「ハルイチさん、私、料理を始めます!」
唐突にリネットがこんなことを言い始めた。
「料理を始めるってなんだよ? 普段からリネットは料理をしてくれているじゃないか」
「そうだな、リネットの料理はとても美味しいぞ。私が認める」
普段から俺達の食事はリネットが作ってくれているからな。
だが、そんな俺とレイラの賞賛の言葉を受けても、リネットは納得しなかった。
「違うんです! 私、喫茶店のメニューを増やしたいんです!」
今喫茶店のメニューと言えば、パンが12種類、紅茶が6種類である。
日本の喫茶店を基準にすれば少ないだろうが、この世界で考えるなら結構な高水準だと思うんだけどな。
だが、リネットはそんなことでは納得しない。
「私、もっとハルイチさんのお役に立ちたいんです!」
「何を言っているんだ。リネットは十分俺を支えてくれてるじゃないか。この店を持つことが出来たのだって、リネットの助けがあればこそだ」
「それじゃ足りないんです!」
リネットは今までの勢いはどこへやら、消沈した顔になってしまった。
「だってだって……この前私は二人に迷惑をかけてしまって……」
「迷惑だなんて思ってないよ」
「そうだ、リネット。ハルイチも私も、君が心配だから助けただけだ。それに悪いのはジョニーだ。リネットが気にかける事なんてないぞ」
「でも……お二人はあんなに強いのに、私はパンを焼くぐらいしかできないし……」
それで十分とは思うが、リネットがここまでやる気を出しているのなら、俺としても後押ししてやりたいとは思う。
「わかった。なら、リネットには新メニューの開発をしてもらおうか。材料なんかが必要なら申告してくれ。町の料理教室に通いたいなら、その資金も出す」
「……! いいんですか!?」
「当然さ。これも店の為の投資だ。それに、リネットなら確実に成果を出してくれると信じているからな」
「ありがとうございます!」
こうして、リネットの新メニュー開発が始まった。
***
そして、変わったことのあと一つ。それは、週に三回ほど行われる、俺とレイラの訓練である。
「ゆくぞ、ハルイチ!」
「来い、レイラ!」
レイラが練習用の木の剣で突きを繰り出してくる。
俺も練習用の槍でそれを弾き、逆に突きを繰り出す。
レイラは横に跳んでそれを避け、俺の足を薙ぐように剣を振るう。
これは誘いだ。跳んで避けたら、そこを狙われる。俺は慎重に槍を戻し、その剣を受ける。
そして、レイラに蹴りを繰り出す。
レイラは蹴りを避けるどころか、前転して俺に体当たりを仕掛けてきやがった。
「うわ!」
俺は片足が浮いていた不安定な体勢。レイラの体当たりを受け、そのまま後ろに転ぶ。
「終わりだな」
当然レイラはその隙を逃さず、俺の首筋に剣を当てる。
「……参ったよ。降参だ」
俺は槍を投げ捨て、両手を上げた。
「ふふ、途中までは良かったのだが、詰めが甘いぞ。自分から態勢を崩すような真似をしない方が良い」
「痛いほど学んだよ。今ね」
「お前は筋は良いのに、今一つ活かしきれていないな」
どうでも良いが、レイラの口調が前より少々ぞんざいになっている。俺の事なんか『お前』とか呼んでくるし。付き合いが深まるをフランクになるタイプ? よく分かんないけど。
それは兎も角、俺とレイラの訓練は大体こんな感じだ。
お互いが降参するまで、特に型を決めずに打ち合う。
この訓練を始めてわかったのだが、レイラは本当に強い。最初なんか、10試合中1回でも勝てればいいぐらいだった。今では流石に勝率も伸びて10試合中に3本ぐらいはとれるが、負け越しには変わりない。
「落ち込むな、ハルイチ。お前は上達が早い。驚くほどにな。このままだと、すぐに私なんかは並ばれてしまうだろう」
「謙遜として受け取っとくよ。……それは兎も角、君の助言通り、槍を使って正解だったみたいだな」
訓練を始める時、俺も一つの武器を選んで極めようと考えた。
最初は剣を使ってみたのだが、リーチが短くてしっくりこなかった。
そこでレイラに勧められたとおりに槍を使い始めたのだが、これが大当たりだ。
今では槍以外の武器など考えられないほどに手に馴染む。
「ふふふ……やはりそうだろう。槍は良いな。剣の次に良い」
「いや、槍の方が良いだろ。リーチ長いし」
「槍は重い。武器としては剣の方が優秀だ」
「剣は逆に軽くてだめだ。すぐ弾き飛ばされる」
「ならば、剣の素晴らしさを証明してやる!」
「こっちこそ、槍の良さを教えてやる!」
そうして俺達は再度打ち合いを始めた。
もはや何が発端だったのか忘れるほどに下らないが、俺達はこれでも結構充実していた。
と、俺の日常で大きく変わったのは、以上の二点である。
今回は箸休めですね。
次からは、また本筋が少し動きます。




