二度目の闘い そして、新しい仲間
俺は、指定されたらしい倉庫の扉をノックした。
「誰だ?」
中から聞こえて来たのは、忌まわしきジョニーの声。
「あの店の店主。ハルイチだ」
「入りや」
倉庫の中は暗かった。窓の外から差し込む月明かりだけが室内を照らしている。
何とか見える範囲で言うと、室内にいる男は6人。以前ぶっ倒してやった男が二人、そして同じようにガラが悪そうなのがさらに二人。もう一人は当然ジョニーで、こいつがリネットを人質にしている。最後に一人、ひときわ大きい男がいる。ジョニーを守るように立っている当り、恐らくこいつが一番この中では強い。
可哀想に、リネットは猿轡を噛まされ、言葉を発することが出来ないようだった。だが、衣服に乱れは無く、まだ何かをされたと言う訳でもなさそうだ。
「あんまり調子こいてるからこんなことになるんや。言われた通りのものは持ってきたか?」
「あんたの期待以上のものを持ってきたさ」
俺はそう言って、扉の外に待機させていたレイラを引き摺りこんだ。
レイラは全身を縄でぐるぐる巻きにされており、押すとすぐに倒れ込んだ。
「そいつは……」
「知ってるだろう? レイラって女剣士さ。確かあんたらはこいつに痛い目に遭わされてるんだったな?」
「そいつ、どうしたんじゃ?」
「さあな。俺に協力するとか抜かして来たから、ひっ捕まえてやったのさ。あんたらへの良い手土産になると思ってな。どうだ? こいつをやるから俺も仲間に入れてくれないか?」
「……本気で言うとるんか?」
「本気だとも。悪い話じゃないだろ? 俺の実力はあんただって知ってるはずだ。俺は使えるぜ」
「店は。寄越すんか?」
「当然。仲間に入れてくれるってんなら、共同の財産にしようぜ」
「……賢明な判断やな」
「了解と取っていいな。なら、この女はやる。好きにしな。今まで受けて来た屈辱、たっぷり返してやると良い」
俺がそう言うと、6人の男たちは地面に倒されたレイラに近づいて来る。まだ完全には警戒を解いていないらしく、リネットは依然としてジョニーに拘束されている。
「へへっ、いつかの恨み、晴らさせてもらおうやん」
好色な笑みを浮かべて男たちがレイラに手を伸ばした、その瞬間!
「かかったな!」
レイラが一瞬で縄を断ち切って自由の身になる。そして、隠し持っていたナイフでジョニーの手を突き刺した。
「うぎゃあああ!」
悲鳴を上げ、ジョニーはリネットを解放してしまった。その隙を逃さず、レイラはリネットを奪還する。
「良くやってくれたレイラ! あとは俺に任せて、リネットを連れて逃げてくれ!」
「任せろ!」
指示通り、レイラはリネットを連れて入口に駆ける。
ジョニーの部下が二人、その動きを止めようと追いすがるが、片手がふさがっていてもレイラの敵ではない。
レイラは近づいて来る二人の男の足を浅く斬った。
「ぐあっ!」
「うぐっ!」
致命傷には程遠いが、戦力にはならなくなっただろう。
そして、レイラとリネットは倉庫から脱出した。
俺は残された四人の男と向き合った。いつぞやぶっ倒した二人の男に、ジョニー。そして一番強そうな大男だ。
俺は服の中に隠し持っていた折り畳み式の長棒を取り出し、一振りして伸ばした。
「最初っからこうするつもりだったわけかい……」
「ああ。まさかこんなに簡単にひっかかるとは思わなかったけどな」
そう、ここまで全てが作戦だった。
***
あの時、焦る俺に対してレイラはこう提案したのだ。
「私を人質に見せかけるのはどうだろうか?」
「どういうことだよ?」
「あいつらは、私に恨みを持っている。だから、君が『レイラを捕まえた。こいつと人質を交換してくれ』とか何とか言えば、あいつらは乗って来るだろう」
「信じるか? あいつらはレイラの実力を知ってるんだろう?」
「だったら、縄で私の体を巻けばいい」
「それじゃあ、レイラが危ないだろう?」
しかし、レイラは不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「あくまで巻くだけさ。普通、拘束するときは最後に縄を結ばなきゃいけない。だが、結ぶ代わりに、縄の最後の部分を私が手に持っておけばいい。そうすれば、私は拘束されているように見えるが、実質的に自由だ。縄を離しさえすればいいのだからな」
「だが、それでも縄から逃れるのには時間が掛かるだろう」
「剣で一気に断ち切ればいい。私は縄で撒かれるのだ。その縄の中に剣を隠すなど、容易いだろう」
確かに、レイラの案は上手くいきそうではあった。
「だが、良いのか? 危険なのは変わりない。殆ど他人同然の俺の為にそこまでしてもらって……」
「気にするな。私は不義が許せないのだ。ジョニーのような輩は野放しにしておいていい者ではない」
「……ありがとう」
「……本当に気にしないでくれ」
何故かレイラは、寂しそうに笑った。その笑みが何を意味するのかはよく分からなかったが。
「さて、もう少し具体的に作戦を詰めようか。私は君が人質に取られた少女を奪還し、すぐに逃げ出すつもりだ」
「そうしてもらえると助かる」
「少女を安全な場所まで誘導したら戻るが、その間は君が一人で連中の相手をしなければならないな」
「俺は武道の心得は無いが……何としてもやってやる」
「頼もしいな。君の実力ならばできる……と言いたいところだが、過信は禁物だ。せめて何か武器を持っておいた方が良いな」
「武器って言ったって……」
俺は武器に対する知識も無い。何が自分に合っているのかさえ分からない。
「ハルイチは武道の心得が無いと言ったな。では、初心者でも使いやすい武器が良いだろう」
「具体的に言えば?」
「私は槍を勧める。間合いが長いから、振り回しているだけでもそれなりに威嚇になるぞ」
「だが、槍なんか持ち込んだら闘う意思があるってすぐばれてしまう」
「それもそうだな。……ああ、そうだ。最近面白いものを手に入れたんだった。これを君に貸してやろう」
そう言ってレイラは、50センチぐらいの銀色の棒を差し出した。
「短すぎないか?」
「ふっふっふ……見ていろ!」
そう言ってレイラが棒を振るうと、その棒の両端からさらに棒が伸び、全長で1・5メールぐらいの長さになった。
「どうだ。これなら服の中に隠せる上に、武器としても申し分ない」
「……便利なもんだな。有り難く使わせてもらう」
これが、俺達が作戦を実行する前に行われた会話である。
***
そして、俺は今レイラから預かった棒を持って4人の男と対峙している。
「いてまえ! お前ら!」
最初に、ハゲの二人が襲い掛かってきた。
だが、こいつらが雑魚い事は十分に知っている。
別にこの数日間で強くなったなんてことも無いみたいだ。
俺は片方の男の足を棒で払って転ばし、もう一人の方も胴体に棒を叩き込んで黙らせる。
転ばせた方が起き上がろうとしているが、その隙をついて頭にもう一発棒を叩き込む。これで二人共沈黙だ。
「相変わらず碌な部下連れてないな、お前は」
「やかましわ! 舐めた態度取ってられんのも今の内だけやで! 行け! ベン!」
「うおお!」
例の一番デカい男が前に進み出て来た。
いや、しかし本当にデカいな。2メートルはあるぞ、こいつ。
流石に異世界補正が利いている俺でも、掴まれたらヤバいかも。
「うおお!」
ベンとかいう男の攻撃は単調だった。唯、両手を振り回して襲い掛かって来るだけ。
とはいっても、体がデカすぎる。十分な脅威だ。
俺は振り回される腕をかいくぐり、何とか一発胴体に棒を叩き込んだ!
「どうだ……?」
一瞬動きを止めた大男だが……、
「うおおお!」
またすぐに動き出しやがった!
「くそ!」
攻撃が効いていないのか?
「くっ! この!」
俺は隙を見て何度か攻撃を繰り返すが、大男は全く堪えた様子が無い。
「はっはっは! 流石のお前も年貢の納め時やの!」
ジョニーの煽り声は心底ムカつくが、答える余裕も無い。
そんな時、レイラを縛っていたロープが目についた。
これ、切られて少し短くなっているけど、それでも十分な長さがある……使える!
俺はそれを拾って、急いで先端を結んで輪っかをつくる。
後は、少しでも大男の動きを止められれば……。
「うおお!」
相変わらずの雄叫びが俺の心を焦らせるが……落ち着け。巨大な生物でも弱点はある、武蔵坊弁慶だって泣いた場所がある!
「そら!」
俺は大男の脛を思いっきり棒で引っ叩いた。
「うあ!」
大男の動きが一瞬止まる。本当に一瞬だが、十分だ!
俺は先程拾ったロープを振り回し、男に向かって投げつけた。
まるでカウボーイが馬を捕える時のような動きだ。縄は上手く飛び、男の首に巻き付いた。
何が起こったかわからないという顔の大男。だが、その迷いが命とりだ。
俺はロープを一気引っ張って、男の首を絞めた。
「グ……ア……」
お男も精一杯抵抗するが、状況が悪すぎる。
酸素が十分に確保できていない状況だ。その抵抗も先程よりも弱弱しかった。
それから数十秒首を絞め続けると、遂に男は気を失って倒れ伏した。
「ふー、流石に手が疲れたぜ……」
「ば、馬鹿な……ベンが負けるはずが……」
大男が負けるやいなや、ジョニーは真っ蒼になって震え始めた。
「ま、待て! 見逃してくれ! 金ならはら……」
「うるせえ!」
俺は祖顔を棒で全力でぶん殴り、黙らせた。
「リネットに怖い思いさせやがって。許すわけねえだろうが」
俺がジョニーを殴り倒したのとほぼ同時に、レイラが倉庫に戻って来た。
「加勢に戻ってきたつもりだが……」
「見ての通り。全部終わったよ」
「底知れないな。ハルイチは……」
レイラは呆れたような、感心したような声を出した。
「後は私に任せろ。こいつらは縛り上げておいてやる。君は早く、リネットの下へ向かうんだ。倉庫群の外に連れて行ったから」
「わかった。ありがとう」
俺はレイラの言う通り、倉庫群の外に向かった。
そこには、青ざめた顔のリネットが立っていた。
「ハルイチさん!」
リネットは、俺を見るなりこの胸に飛び込んできた。
「ハルイチさん! ハルイチさん……! 私、すごく怖かった……」
リネットは泣いていた。その可愛い声を震わせて。
「怖い思いをさせて悪かった。でももう大丈夫だ。もう悪い奴らはやっつけたから」
「はい……助けてくれて、ありがとうございました……」
リネットは俺を抱きしめる手に力を込めた。
「あー……お取込み中失礼する」
後ろからレイラの声がした。すると、リネットはバッと俺から急に距離を取る。
少し残念……。
「あいつらは縛り上げておいた。今回は誘拐と言うれっきとした犯罪を犯した以上、憲兵もしっかりと捕まえてくれるだろう。その為にリネットの証言が欲しいんだが、一緒に来てくれるか?」
「あ、はい! ……でも」
リネットは上目づかいで俺に視線を向けた。
「ハルイチさんも一緒に来てほしいです……」
はあ、こんな可愛い顔で頼まれたら、断れるはずもないだろう。
「分かった。俺も一緒に行くよ」
「ありがとうございます!」
***
それから数時間。俺達は憲兵の質問に答えた。その結果誘拐の事実は本当だとわかってもらえたらしく、ジョニーたちはめでたくお縄となった。
しかし、随分と時間が掛かった。全て終わったのは、もう夜が明けそうな時間帯だった。
「さて、今回は君達に協力してもらったおかげで、ジョニーたちを捕まえることが出来た。礼を言うよ」
「礼を言いたいのはこっちさ。レイラのお蔭でリネットが無事だった。本当にありがとう」
「ありがとうございます」
俺とリネットは揃って頭を下げた。
「気にするな。私にとっても益があったしな。
……そろそろ行くよ。いつか、君達の店にもお邪魔する。またな」
レイラは背を向けて去ろうとした。
「なあ!」
ほとんど無意識のうちに、俺はレイラを呼び止めていた。
「どうした?」
振り返ったレイラのきょとんとした顔。
ああ……そうか、俺は彼女と別れがたいんだ。いつか言われた、彼女の相棒になるという事、それを現実的な夢として見たんだ。
だが、今は俺も店を持つ身。傭兵にはなれない。だったら……、
「君を雇わせてくれないか?」
「ええ?」
「ええ?」
レイラとリネットが二人とも呆けた声を出す。
だが、俺は本気だった。
「もしかしたら、またこんなことは起こるかもしれない。だから店を、そしてリネットを守ってくれる腕の立つ護衛が欲しいんだ。レイラみたいな」
「私で良いのか?」
「レイラが良いんだ。リネット、どうだろう?」
リネットは頷きで返してくれた。
「わ、私もレイラさんが一緒に居てくれたら安心です」
レイラは少し考え込むそぶりを見せたが、次に顔を上げた時、そこには悪戯な笑みが浮かんでいた。
「一つ条件がある」
「なんだ?」
「ハルイチ。時々私の修行に付き合ってくれ。それさえ約束してくれたら、君達の護衛を引き受ける」
「そのぐらい、お安い御用だ」
「交渉成立だな」
こうして、俺達の店に新しい仲間が増えたのだった。
今回は久しぶりの戦いです。いかがでしたでしょうか。
普段から戦いが少ないのではないかと悩んでおります。
タイトル通り、企業に向かって経営する話をメインにすべきか。
それとももう少しバトルがあったほうが読みごたえがあるのか。
ご意見、ご感想、お待ちしてます