異世界での朝
目が覚めたら、見知らぬ部屋にいた。壁も床もドアも木製の、ロハスを感じる部屋である。
俺が寝ていたベッドも、何と言うか飾り気のない、えらく質素なものだ。
窓から差し込む光などから感じるに、恐らく朝なのだろう。
……参ったな。まったく記憶が無い。それに頭も痛い。
大体ここは何処だ? 少なくとも自分の家では無いな。
いろいろ考えていたら、コンコンと扉がノックされる音が聞こえて来た。
「あ、はい」
俺が返事をすると、扉を開けて一人の少女が入って来た。
「良かった! 気が付いたんですね!」
そう言って、少女は笑顔で俺のベッドに走り寄る。
年の頃は16歳ぐらいだろうか。少し地味だが、綺麗な女性だった。
西洋系とも東洋系ともつかない、少し分類の難しい顔立ちだが、大きく開いた瞳や少し厚ぼったい唇はとても魅力的。茶色の髪を三つ編みにしているのも良く似合っている。
少女はまるでファンタジーの村娘のような上着やスカートを身に着けており、それが余計に地味さを演出している。
「お早うございます! なかなか目を覚まさないから、心配していたんですよ?」
「えっと……」
俺の動揺をどう受け取ったのか、少女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「あ! いきなり済みません! 私、リネットって言います! もしよろしければ、貴方も名前を教えてくださいませんか?」
「俺は……矢澤春一」
そう答えると、少女は目を丸くした。
「ヤワザハルイチさん? 珍しい……そして長い名前ですね」
何だか誤解を受けている気がする。
「あ、えっと、ハルイチ。ヤザワはファミリーネームっていうか……ちょっと違うんで気にしないで」
「そうですか? じゃあ、ハルイチさん!」
そう言って少女は再び笑顔を見せた。何というか、子犬を思わせるとても人懐っこい笑顔だ。
「えっと、それで俺はどうして……?」
「ハルイチさんは、村の近くの草原で倒れてたんですよ!」
「倒れてた? 俺が?」
「はい!」
参ったな。まったく記憶にない。スピリタスを飲んだことだけは覚えてるんだが……。
いや、それよりも確認しなければいけない事が有る。
「あのー、つかぬ事を伺いますが、ここは何処でしょうか?」
「ここは『ロルカ村』です!」
ろ、ロルカ村……? まったく聞いたことの無い地名だ。
「と、都道府県で言うと?」
「トドウフケン?」
駄目だ、全く通じていない。
「こ、ここは日本だよね?」
「ニホン?」
「国の名前だよ。ここは日本と言う国だよね?」
しかし、リネットはにっこりと笑顔を浮かべてこう答えたのだった。
「あはは! いやだ、ここはラオネル公国ですよお! ニホンってどこの国ですか?」
ら、ラオネル公国……? 聞いたことの無い名前だ……。
マジで何処なんだここは……。余計に頭が痛くなりそうだ……。
「ああ、大丈夫ですか! ハルイチさん!」
頭を抱える俺を見て、リネットが気遣わしげに言ってくれる。
「少し顔でも洗ってさっぱりして来ると良いですよ! 井戸は家を出て真っ直ぐ行ったところですから」
「……有難う。そうさせてもらう」
『井戸』。随分と時代錯誤な単語だ。だが、いつまでも驚いてはいられない。
俺はベッドの横に置いてあった靴を履いて、部屋を出た。
部屋の外も、相変わらずロハスだった。木造の廊下、木造の階段。
俺は階段を下りて、玄関らしき扉から外に出た。
「うわ……」
ついつい声が出てしまった。
まるでファンタジー映画のセットのような光景だ。舗装されていない道や、そこかしこを行きかう時代錯誤な格好の人々。7,8世紀程タイムスリップしてしまったような感覚を覚える。
そして、リネットの言った通り、家を出てすぐのところに井戸があった。
周りに人がいなかったので、すぐに使うことが出来そうだ。
井戸なんて使ったことは無いが、何となくやり方はわかる。備え付けの桶を下までおろし、縄を引いて水を汲むのだ。
俺は桶を手に持って顔を洗おうとして……、
「な、なんじゃこりゃあああああ!?」
思わず声をあげてしまった。
いや、驚くのも無理はないだろう。何せ、桶に移った俺の顔は、まるで別人のものだったのだから。