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旅立ち

「これをお前に貸してやる。いいか、貸すだけだ。絶対に返しに来い」

「はい。有難うございます」


 俺はマラカイさんから出店の資金を受け取った。

 金貨100枚。欲を言えばもう少し欲しかったが、他人である俺にこれだけの大金を貸してくれるのだ。文句など言えた義理ではない。


「ハルイチさん……シリスタに行っちゃうんですね……」


 リネットが寂しそうな顔になる。旅出ちは明日。

今日でリネットともお別れだ


「ああ。ロルカ村は良い所だが、俺はやっぱりもっと大きい世界で活躍したいんだ」

「……」


 少し沈んだ顔をしていたリネットだが、


「あの!」


 意を決したような声を出した。


「私も連れて行ってください!」


 リネットは真剣だった。


「私、パンを焼くことしかできないけど……それでも一生懸命働きますから! 私もシリスタの町に行きたいです!」

「駄目だ」


 リネットを制止したのは、マラカイさんだった。


「お前には、まだ早い」

「早いって何!? 私がこの村を出るには、今が絶好の機会じゃない!」

「この前だって盗賊に襲われただろう」

「ハルイチさんが助けてくれる!」

「この男だって、四六時中お前を守ってくれるわけじゃない」


 マラカイさんは、どうあってもリネットを許すつもりは無い様だった。


「あんた……せめて、少し位機会をやっても……」

「いかん。俺は許さんぞ。お前はロルカの女だ。ロルカに住むのが一番なんだ」

「意味わかんないよ! 私だって、広い世界に出てみたいの!」

「駄目なものは駄目だ!」


 マラカイさんは、肩をいからせて立ち去った。


「お父さんの……ばか……」


 残されたリネットは泣きそうな顔をしていた。

 アナベルさんがその肩を抱いて抱きしめているが、俺には何も言う事が出来なかった。

 確かに俺だってリネットが来てくれたら嬉しいが、これは家族の問題だ。俺が口を出していいことじゃない。

 結局、俺はその場を黙って立ち去った。


***


 夜。何だかわからないが目が覚めてしまった。

 明日旅立つという高揚感。自分の店を持つことへの緊張感。そして……リネットを置いていくことへの罪悪感。色々な感情がごちゃ混ぜになって、落ち着いていられない。

 少し外を散歩しようと思って、俺は一階に降りた。

 すると、食堂の明かりがついていることに気が付いた。まあ、明かりって言っても電気じゃなくて蝋燭なんだけどさ。

 覗いてみると、マラカイさんが一人で酒を飲んでいた。


「ハルイチか?」


 ……気が付かれてしまったか。このまま立ち去るのも感じが悪いし、俺も食堂に入ろう。


「済みません。中々寝付けなくて、ちょっと散歩でも行こうと思ってたんですけど……」

「構わん。座れ」


 俺は促されるままに、マラカイさんの正面に座った。


「お前も飲め」


 マラカイさんは、新しい杯を出して、酒を注いでくれた。


「いただきます」


 グイッと一息に飲む。

 ウイスキーのような酒だ。結構度が強そう。


 しばらくの間二人で黙って飲んでいたが、ぽつりとマラカイさんの口から言葉がこぼれた。


「リネットはな……」


 いつものいかつい表情とは違う、寂しそうな、嬉しそうな、不思議な表情だった。


「あいつは、優しい娘だ。

お前が村の外れで倒れていた時、村の連中は皆、お前を引き取るのを嫌がった。だが、リネットだけがお前を助けたいと言った」


 別に、他の村人が薄情なわけじゃないだろう。得体の知れない人間だ。怖がっても無理はない。


「本音を言うと俺だってお前なんぞ引き取りたくは無かったが、リネットがどうしてもと言うから押し切られた。まあ、結果としては悪くは無かったみたいだが……」


 マラカイさんは少し笑った。


「あいつは、口に出しては言わないが、ずっとロルカ村の外の世界を見たがっていた。元々、見た目に似合わずお転婆な娘だ。探求心も強い。

 俺だってそんなことはわかっていた。だが、俺はロルカ村を離れる度胸なんてなかったし、あいつにもずっとこの村に居てもらうつもりだったんだ」


 マラカイさんはそこで、ふーっと長い息を吐いた。


「ハルイチ。リネットを連れて行ってやってくれないか」

「ええ!?」


 昼の態度とは真逆だ。一体どういう事だろう。


「昼はああ言ってしまった。だが、あれは結局のところ俺の我儘だ。俺はただ、大切な娘を手放したくなかったんだ。その為に、娘自身の気持ちをないがしろにするところだった」

「我儘だなんてことは無いと思います。娘と一緒に暮らしたいのは、父親として当然です」

「そう言ってもらえるとありがたいがな。だが、やっぱり駄目だ。父親である俺が、あの娘の夢を奪ってはいけない」


 マラカイさんは、俺に向かって頭を下げた。


「頼む。リネットを連れて行ってくれ」

「か、顔を上げてくださいよ! 俺にとっても願ったり叶ったりなんですから!」

「本当か?」

「はい。今回売り上げを伸ばせたのは、半分リネットのお蔭みたいなものですから。これからだって、出来るならリネットの力を借りたいと思っていました」

「それなら……頼む。どうか、俺の大事な娘を預かってやってほしい」

「……わかりました」


***


 翌日、リネットはマラカイさんから直接家を出る許可をもらった。

 リネットは飛び上がらんばかりに喜び、すぐに旅の支度を始めた。

 それを待っていたために予定より少し遅れたが、昼過ぎごろには俺とリネットはロルカ村を出発することになった。

 今、俺とリネットは、マラカイさん、アナベルさんと最後の別れを交わしている。


「リネット……頑張って来るんだよ。しっかりハルイチさんを支えるんだ」

「うん。お母さん」


 二人は静かに抱き合う。


「お父さん。家を出る事、許可してくれてありがとう」

「……気にするな。……頑張ってこい」


 ちょっと言葉が足りないマラカイさんだが、その気持ちは十分リネットに伝わっている。

 俺も二人にはちゃんとお礼を言わなくちゃな。


「アナベルさん。短い間でしたが、お世話になりました」

「なんの。こちらこそ、リネットをよろしく頼んだよ」

「はい」


 今度は、マラカイさんだ。この人がリネットの事をそれほど大事に思っているかはよくわかっているつもりだ。だから心配ないように、しっかり約束していきたい。


「マラカイさん。リネットの事は心配しないでください。絶対に俺が守りますから」

「……頼んだぞ」


 俺はマラカイさんと強く握手を交わした。




「二人共、行ってきます!」

「店が軌道に乗ったら、いつか二人をシリスタに招待しますから!」


「ああ、頑張って来なよ!」

「……頑張れよ」


 俺達はロルカ村を出て、自分たちの店を持つために一歩を踏み出した。


ロルカ村編、終了です。次からはシリスタがメインの舞台になります。

そろそろヒロインも追加されますので、ご期待ください。

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