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夢への一歩

 さて、ここらへんで一応状況を確認しておこう。

 まず前提として、この世界の一か月は地球と大して変わらないので、四週間が一か月だと考えていい。

 俺はマラカイさんに『一か月で売り上げを二倍にする』と約束したが、結局それは果たせなかった。そして、三週間目に、『あと一か月期間を延長する』と約束してもらった。

 つまり、俺が貰った期間は八週間。三週間で商品開発、二週間で村人たちへの宣伝を終えた。つまり、残りは三週間。それ以内に、パン屋の売り上げを二倍にする必要がある。少しきついが、不可能ではない。

 俺はそれを達成する為、町にやってきた商人に売り込みに行った。

 商人は大体、村の広場で市を構える。そこで2日ほど商売をやってから、シリスタへと帰るのである。

この村には特筆すべき産物などないので、基本的には販売一方だ。そこへ売り込みに行くのだから、ハードルは低くない。だが、下準備は終わっているのだ。絶対に成功させる!

俺はリネットを伴い、商人へと近づいて行った。


「いらっしゃい! 何をお求めかね?」


 恰幅の良い中年の商人は、愛層の良い笑顔を浮かべた。


「いえ、今日はちょっと売り込みに来たんですよ」

「何だい? こう見えても私は目が高いよ? 言っちゃなんだが、ロルカ村に私の欲しがるような物があるとは思えないけどねえ」


 隣でリネットがムッとするのが分かる。まあ、俺としてはどちらの言い分もわかるので肩入れはしない。


「それは現物を見てから言ってもらいましょうか。リネット」

「はい。こちらのパンです」


 リネットが件の『葡萄酒パン』を差し出す。


「どうぞ、試食してみてください」

「タダっていうなら貰うけどねえ」


 商人はパンをちぎって、口に含んだ。


「何の変哲もないね。わざわざ売り出すような物じゃない」


 あからさまに期待外れだ、と言う表情の商人。


「ですが、その『何の変哲もない味』が2週間もの間変わらないとしたらどうです?」

「2週間? お兄ちゃん。馬鹿を言っちゃいけない。そんなパンが出来るかね?」


 商人は疑いの眼差しだ。

 だが、そこに偶然通りがかった村人の女性がフォローを入れてくれる。


「商人さん。この人の言ってることは本当だよ。この人は実際に2週間パンを他人に預けて、その上で食べて見せたんだ」


 その声につられて、次々と村人が集まって来る。


「本当だぜ! 凄い兄ちゃんなんだ!」

「2週間だぜ! ちゃんと持ったんだ!」

「この村の人間のほとんどが見たんだ!」


 商人に向かって、口々に力説する村人たち。

 そう、俺はこの状況を待っていたのだ。精々が3日程度しかここに滞在しない商人には、このパンの期限を実証するのは不可能。だったら、他の村人に証人になってもらうしかないのだ。


「ほ、本当なのか?」


 商人が興味を持ったのが分かる。さて、ここで一気に畳みかけるんだ。


「本当だとも。何なら、最初の一つは無料で送りますよ。リネット、新しいのを」

「はい」


 さっき商人に食べさせたのではない。新品のパンを俺達は商人に贈った。


「くれるというなら貰うがね……」


 これだけでもそれなりに効力を発揮するだろう。だが、まだ足りない。


「貴方に頼みがある。俺の言った通り、もしこのパンが2週間持ったなら、そのことをシリスタの町で宣伝してほしい。ロルカ村に面白いパンがあるという事をな。勿論タダでとは言わない」


 俺はこっそり、商人に銀貨を10枚渡した。


「こ、こんなにもらえるのか?」

「ああ。もし俺のパンが2週間持たなかったなら一切宣伝はしなくていい。その銀貨10枚は労せず貴方のものだ。悪い話じゃないでしょう?」

「わかった。いいだろう」


 こうして俺は、商人のおっさんを広告塔として利用することにした。

 そして、2週間後……。


***


「面白いパンがあるんだって? 俺に見せてくれないか?」


「件の『葡萄酒パン』? あたしにも見せて欲しいねえ」


「知り合いの商人に聞いたんだ。例のパンを100個ほど欲しいんだが」


 期限の最後の1週間。3人もの商人がロルカ村を訪れた。目的は勿論俺達のパンだ。

 これだけでも十分な売り上げになるのだが、俺はもう少し金を儲ける方法を編み出した。

 俺は、パンと一緒に燻製肉を売り出したのだ。とは言っても、これは肉屋の兄ちゃんの仕事を奪うものではない。

 俺は肉屋の兄ちゃんにこう提案したのだ。


「リネットの店にはこれから数週間、商人が多く訪れることになる。そこで、一緒に貴方の店の肉を売り出したい。『パンと合う』という宣伝の仕方をすれば、きっとよく売れるだろう。そして、売り上げに応じた手数料をもらえないだろうか」


 俺の読みは的中し、パンだけでなく、肉の売り上げも大幅に伸びた。

 これならば、リネットの懸念していた他の店の仕事を奪う事にはならない。むしろ、肉屋は売り上げは伸びる、販売する手間が減る。俺は手数料を受け取れる。WINーWINの関係である。


 大幅に伸びたパンの売り上げ。肉屋の兄ちゃんから受け取った手数料。そして、一種のお祭り騒ぎが生み出した、村人による特需。

 これらが合わさり、俺はついに売り上げ2倍を達成した。


***


「はっはっは! まさか、本当に達成しちまうとはな!」


 この結果を見て、マラカイさんは豪快に笑った。俺が初めて見た、心からの笑顔だった。


「マラカイさん……厚かましいお願いですが」

「いや、皆まで言わんでいい。俺も男だ、二言は無い。金を貸してやる。シリスタの町に、2号店を出してこい!」

「有難うございます!」


 俺はこうして、起業への第一歩を踏み出した。

ロルカ村編は後一編。ちょっとした幕間のような物を挟みます。

その後はついに、シリスタ編スタートです。

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