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いわゆるマーケティング

「と言う訳で、ここは一つ俺達に協力してもらえないでしょうか!?」

「お願いします! 村長!」


 マラカイさんのアドバイスに従って、俺達は村長に頼み込んでいた。

 ちなみに、村長はいかにも村長って感じの爺さんである。説明不足だが、フィーリングで理解してほしい。


「そう言われてものう……。そもそも、儂が何をすればいいのかがよく分からん」


 まあ、俺達の新商品の宣伝を手伝ってくれとしか言ってないからな、まだ。


「俺達の新商品は、2週間過ぎてもおいしく食べられるパンです。でも、そう口で説明するだけで信用してくれる人はいないでしょう? だから、この村で一番発言力のある村長に協力してほしいんです」

「嫌じゃ!」


 村長は露骨に首を振った。


「2週間過ぎたパンなど儂は食いとうない! もし食あたりしたらどうする!? この年だとそれで死にかねんのじゃぞ!」


 ……まあ、言いたいことはわかる。


「食べるのは俺がやりますよ。村長は、このパンが二週間前に焼き上げられたという事を証言してくれればいいんです」

「それぐらいなら協力しても良いが……果たして、儂の言葉だけで村の衆が納得するかのう?」


 村長は疑わしげな眼を俺に向けた。


「お前さんに直接言うのはちと躊躇われるがのう……。村人の中には、そもそもお前さん自身を疑っている者も多い。言葉は悪いが、お前さんは結局他所者じゃからな。わしが何か発言したところで、脅されているなどといらん想像を膨らませる奴もいるかもしれん」


 あんたのその発想こそ『いらん想像』ではないか……とも思ったが、俺が余所者であることは事実。もう少し確実な方法が欲しくはある。


「村長、何とかなりませんか?」

「ううむ……」


 が、やはりリネットに頼まれると無碍にはできないらしい。


「わかった。では、儂が村の衆を広場に集めよう。そこで皆に説明し、パンは村人が共同で管理する。その上でお前さんが口にしてみれば、皆信じるのではないか?」


 かなり面倒な方法だが、妥協点としては良い所だろう。


「じゃあ、お手数ですが、お願いできますか?」

「わかった。この村が発展するのは儂としても嬉しいことじゃ。その為なら、そのくらいの協力はさせてもらう」


 何のかんの言っても、村の事をちゃんと考えている、良い村長じゃないか。


***


 その一日後の昼過ぎごろ、村長は多くの村人を集めてくれた。

 流石に全員とはいかないが、50人はいる。村の半数近くだ。悪くない。

 俺は、恥ずかしがるリネットの手を引いて、村人たちの前に立った。

 『何する気だ?』『あいつ、マラカイさんのとこの余所者か』『まだ居たのか』

 そこかしこで囁かれる言葉は、あまり好意的な物とは思えない。

 この村が閉鎖的であることはよく分かっている。たった2、3か月程度では俺を住民と認めないであろうことも。

 だが、構わない。ここからは、目にものを見せるだけだ。


「本日は、貴重な時間を頂き、有難うございます」


 この辺りは就活なんかでよく使うフレーズである。


「本日お集まりいただいたのは、皆さんに証人になって欲しいからです」


 俺がそこまで言うと、今度はリネットが一歩前に踏み出す。

 その手には、俺達の努力の結晶、『葡萄酒パン』を持っている。


「わ、私のパン屋ではこの度、この『葡萄酒パン』を新商品として売り出すことにしました! これは、2週間もの間美味しく食べられるという画期的なパンです!」


『2週間?』『嘘だろ?』


 やはり、村人の多くは信じていない。

 ここは、俺の出番か。


「だから、それを俺が実証しようというんです。この中に、このパンを2週間預かってもいいと言う人はいませんか? その上で俺がそのパンを食べて見せます。そうすれば、みんな信じてくれるでしょう」


 俺がそう言うと、一人の若い男が聴衆の中から歩み出て来た。

 確か、肉屋の男だ。


「おい、あんた。何で俺達がそんなことに協力しなきゃいけないんだ。折角話があるからって来たのに、新商品の宣伝か? やってられねえぜ」


 その一言で、他の村人も『そうだそうだ』と言い始める。

 成程、気に入らないのはわかる。でも、もう少し合理的に考えてもらわなくちゃな。


「これは、貴方達にも利益になる話ですよ?」

「何だと?」

「俺はこのパンを、商人を通じてシリスタに売り出すつもりです」

「それがどうした?」

「もし、このパンが評判になれば、商人がこの村を訪れる頻度は上がる。そうすれば、この村はもっと潤う。それだけじゃない、このパンと一緒にこの村の特産品をシリスタに売り出すことだってできる」

 

 俺は肉屋の兄ちゃんに視線を向けた。


「貴方が作る燻製だって、もっと売り場を広げることが出来るかもしれないんだ」

 

 俺は何度か食った事が有るが、この兄ちゃんの作る燻製は中々美味い。俺のパンと一緒に売り出せば、成功する見込みは十分にあると思っている。


「……もし嘘だったら承知しねえぞ」


 そう言いながら、兄ちゃんはリネットからパンをぶんどった。


「このパンは俺が預かる。お前に細工はさせねえ。2週間後、食ってもらうからな」

「望むところです」


 他の村人たちが見守る中、俺は肉屋の兄ちゃんにパンを預けた。


***


 それから2週間。村にはちょっと浮わついた雰囲気が漂っていた。

 元々刺激の少ない村である。新商品みたいな、ちょっとしたイベントでも盛り上がれるのである。それが、余所者の考案した物、それに賭けのような物まで行うときたらなおさらである。

 俺とリネット、それに肉屋の兄ちゃんは村中の注目の的であり、何処に行っても誰かには見られていたと思う。

 正直気分は良くないが、好都合だ。こんなに注目されていたら、パンに細工するのは不可能だとみんなが分かるからな。


 そして、2週間後。再び村の広場には多くの村人が集まった。

 やっぱり噂になっているらしく、今度は前より人が多い。70人近く入るな。

 まったく、暇な村だ……。


 俺とリネットがみんなの前に歩み出ると、肉屋の兄ちゃんも反対側から歩いて来る。

 兄ちゃんは村人たちの方を向いて、パンを掲げて見せた。


「これが預かっていたパンだ! 断言するが、この男もリネットも、マラカイさんもアナベルさんも何も細工はしてねえ!」


 村人たちがどよつく。なんだかんだ言って、俺が細工すると思っていたらしい。


「じゃあ、それを俺がもらおう」

「あ、私も食べます」

「そうか?」


 リネットが意外なほど積極的に参加して来た。

 このパンは彼女との共同開発だからな。やっぱり思い入れもあるのかな。

 俺は2人分パンをちぎり、片方をリネットに渡す。


「それでは」

「いただきます!」


 俺達はわざとらしく声をあげ、パンを口に含んだ。

 村人たちが見守る中、ゆっくりと咀嚼し……。


「美味い!」

「うん、やっぱり美味しいです!」


『嘘だろ?』『2週間だろ?』『『余所者だから……』『でも、リネットも食べてるぞ……』

村人たちはまだ半信半疑だ。ならば、最後の一押し!


「誰か、食べる人はいませんか? 味は保証しますよ!」


 俺はパンを掲げて、声を張り上げた。

 俺達が食べて実証して見せたとはいえ、やはり怖いと思う気持ちは捨て去れないだろう。


「俺が食おう」


 そんな中、肉屋の兄ちゃんが手を挙げた。


「どうぞ」


 俺はパンを小さくちぎって兄ちゃんに渡す。

 

「おう。いただくぜ」


 強い疑いの表情でパンを口に入れた兄ちゃんだが、その顔が次第に驚愕へと変わっていく。


「こいつは驚いた……本当に美味いじゃねえか」


 その一言が決め手となった。


「お、俺も食べてみたい!」

「私も一口欲しいわ!」

「わ、わしも……!」


 聴衆の中からいくつもの手が上がる。

 言ってしまえば、みんな味にはそれほど期待はしてないだろう。だが『新商品のパンを食べた』と言うのはこの小さな村の中では自慢できることだろう。だから、みんな欲しがるはずだ。俺はそう読んでいた。

 さあ、ここからは商売上の戦略だ。


「では、どうぞ!」


 俺は、わざと大きくパンをちぎり、近くにいた人間にだけ配る。

 大きくちぎったせいで、パンはすぐに無くなった。


「済みません! もう無くなってしまいました」


 『ええー!』と言う声がそこかしこで上がる。だが、ここまでも計算通り。

 俺はリネットに目配せする。


「ですが! パン自体はまだまだあります! 私の家で売っていますから! よろしけれお買い求めください!」


 リネットによる宣伝だ。普段なら少々いやらしく感じるかもしれないが、今村人たちは熱狂している。この機会に、出来るだけ多く売っておくんだ。


 その後数日、リネットのパン屋には『葡萄酒パン』を求める客が殺到した。

 これだけでもパン屋の売り上げは微増したのだが、それだけでは到底2倍には至らない。

 だが、これで下地は出来たのだ。ここからが本番だ!

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